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どたん。
スガーナ師へ魔法について深く質問をしていると、突然、重い物を落とした音がした。驚いて振り返ると、あの豚が机に突っ伏してる。頭だけであの音か?どんだけ重いんだよ。ったく、良い所でモブが邪魔すんじゃねぇよ。
まあ、見るからに醜悪の極み。相撲取りみたいに筋肉がないから、全身がぜい肉でブヨブヨ。身体については言うに及ばず、机上に転がっているのも、肉でできたスライムみたいにダランとしている。起きている時だって、すぐに息切れするし、動きが全体的にトロいから走るどころか歩くのだってひどい。午前中のランニングだって歩くというよりも這い寄るって表現が思い浮かんだくらいだ。俺の何倍も遅いくせに、何十倍も汗をかいて大変そうに見せていた。
ミカもハナも奴の醜態を見て顔を顰めてる。そうだよな。あんな雑魚に俺たちの貴重な時間を使ったんだから。魔法だぜ!魔法!勇者なこともそうだけど、まるで夢のような体験をしてるんだ!俺達は、世界を救うために選ばれた人間なんだよ!
驚いて壁際にいた兵士が駆け寄るが、すぐに離れた。やっぱり顔を顰めている。騒がせた割に、単なる魔力切れによる気絶らしい。おいおい。俺達はまだまだ全然大丈夫だぜ?運動神経がないんだから魔法使いビルドかと思いきや、やっぱりお荷物なだけかよ。
運よく?顔が横を向いていたので息をしていることが分かったが、正直、そのまま死んでも良かったのに。
「ふむ。あやつは何度呪文を唱えたかな?」
「はっ。成功3回、失敗が5回です!ちなみに、成功したのはどれも自分への『キュア』であります。なお、最後の1回は数えておりません!」
「……ほう、そうか。残念だ。
誠に残念だ」
「何がですか?」
あいつの何が残念なんだ?そもそも存在が残念な豚にこれ以上残念に思える余地があるわけないだろうに。
あ、時間を使わされたことかな?あいつのせいで、俺達への教育の時間が今も削られてるもんな。
「あやつも、お前たち同様異世界から召喚された者だ。スキルという目に見えるもの以外にも見るべきところがあるかもしれん。過去の異世界人にはそういう者も居たらしい。例えば、魔力量が多いとかだ。
しかし、呪文を唱えた回数からすると、魔力はせいぜい10。多くても15はない。これではごく普通の平民とあまりかわらない。年も16だったか?この先どれほど鍛えたとしても、兵士並みだろう。
積極的に質問するなど向上心が見られたので少しは期待したのだがな……ステータスを計るのも簡単ではないのでな。あやつは除いた方が良いかもしれん。姫様に進言しておこう」
「そういうことでしたか。
確かに、魔力切れを繰り返せば魔力量が増えるとはいえ、時間は有限。元々の数値が高い方が有利とのことですね。そう考えると、ステータス計測をする必要がないほど、彼には有望な未来は望めないということでしょうか?
数少ない同郷の存在なので気になります。僕達と違い、この世界で生きていけるのかと」
「勇者らしい心遣いよな。
一般的な人間と言うことは、高望みしなければ普通に生きていけるだろうが……この体だ。できる仕事も限られよう。
なお、ステータスの計測とは言うが、明確な数値が出る魔力と違い、筋力や精神力、知力などは大まかにしかわからんし、潜在能力などを知ることはできない。ステータス計測は、使用する触媒の割にはあまり役に立たんのだが、戦力の確認のためにもDランク以上の冒険者はランクが上がる際に必ず行われる。お前たちには必要だろうが、あやつには、な。
半年後にでも行えば十分だろうな」
「僕たちほどではなくても、努力次第である程度の生活ができることを教え込めば、努力するでしょう。正直言えば、僕たちの世界の生活からすると、こちらの生活は、かなり上等でないと満足できないでしょうし。
できなければそれまでです。彼のことは心配ですが、救うべきこの世界の人々の数は膨大ですから」
「勇者の葛藤か。手記にもそのような言葉が多々出てくるそうだな。お前たちの世界では一般的な考えなのだろうな。
まあ、そんなことはどうでも良いか。その者はそこらの平民と変わらんが、私から見たらお前たちも大した違いはない。努力を続けられない者には意味がないことをよく心に刻むがいい。
では質問は一旦区切りとする。魔力切れになるまで魔法を使え。それぞれ、横に兵士を付ける。安心して気絶するが良い。使った魔法の種類と数も確認しているので魔力量も調べられる。
ただし、後始末が大変だから『イグニッション』と『ウォータ』以外でな」
「「「「はい!」」」」
僕らは輪になって『キュア』を唱えたりした。自分にかけても良かったんだけど、回数も稼ぎたかったし。みんな十回以上唱えてもなんともなかった。ちょっと飽きてきたな。
そうしたら、スズネから提案があったので乗ってみた。確かに、確認しておくべきことだからだ。さすが、スズネだ。
魔法の重ね掛けの確認。
確かに、軽くスガーナ師から説明があっただけで、単純に効果が足されるってことを僕らが確認したわけじゃない。いくら勇者とは言え、僕らの命がかかわってくるのだから、魔法の効果は確かめておいた方が良い。
結論として、豚に『キュア』を重ね掛けすることになった。戦闘訓練でも魔法教育でもこいつが足を引っ張った。もし、こいつの体力が少しでも向上すれば、明日の疲労が少しでも改善されれば、教師役が僕らに使ってくれる時間が増えるだろうとの推測もなりたつ。さらに、重ね掛けが本当に問題ないかを実験する意味もある。単純に効果が足されるだけだから良いんだけど、万が一、過剰回復とかあったら……人体が破裂するって。マジ?それなら、今のうちに実験……ゲフンゲフン、確認しておきたい。そう思って賛成した。
結果は……僕が気絶する時には、ミライとミカが元気だったよ。うん。豚も生きてる。まあ、数少ない日本を知る存在だ。生きてても良いだろう。少なくとも明日の筋肉痛はほんの少しでも良くなったんじゃないかな?……いや、そうでもないか。僕ら五人が各30回かけたとしても150分。つまり、2時間半だけ早く筋肉痛が治る効果しかない。豚にとっては焼け石に水だろう。すごい面倒だから、呪文省略まで熟練したら『キュア』は、いや、生活魔法は呪文省略できたらそれで良いか。キャンプの時くらいにしか使わないし。




