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新規小説です。
同時連載の「穴掘り少年と乾燥少女」https://ncode.syosetu.com/n4097gv/と比較し、好評の方を優先的に更新する予定です。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。ふざけんじゃねぇ。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
前を向くだけでむかむかするが、俺が悪いわけじゃねぇのに下なんか向きたくねぇ。いくら人生負け犬だからって、自ら進んで下なんか向けるかってんだ。いくらガキだからって、譲れないもんがある。
劣等感がのしかかる肩が重く、歩くのは億劫だが、それでも足を出さなきゃ家に帰れねぇ。嫌なもんから離れるためにも、世間から引きこもるためにも、一刻でも早く自分だけの城へと帰りたい。誰にも見られずに済む、あの小さな部屋に。まあ、そうやっても家族からは逃げられねぇけど。迷惑かけてんのも自覚してるから逃げ出したいとは思わないけど。
まあ、家族にいくら憐れみの目で見られても、真摯な言葉を投げかけられようとも、その度に劣等感と罪悪感に押しつぶされそうになっても、今目の前に見えるクソみたいな光景をこれ以上見せつけられずに済むなら天国と変わらない。こんな、持つ者と持たざる者の差をまざまざと見せつけられるのは、いくらクソみたいな状況に慣れた俺にだってクルもんがある。現実逃避したくても、歩いている状態でそんなことしたら命に係わるしな。まったく。早くどっか行けよ。それだけが俺の望みだ。
そんな感情しかわかない自分が嫌になる。それがまた、自己嫌悪を促進させる。
今楽しそうに目の前を歩いているのは、学校の有名人たち。俺と違って、良い意味での有名人だ。中には悪い意味でも有名な奴もいるけどな。あいつら、さっきまで俺の後ろを歩いていたんだが、歩きの遅い俺に見せつけるようにゆっくりと追い越していきやがった。もっと早く歩けよ。
あーあー、ハーレムとは良い身分ですな。どうせ俺には関係ねぇよ。
中心にいるのは今野内須君じゅうろくさい。ふざけているのは名前だけで、家は結構な金持ちでイケメン。まあ、整った顔つきとサラサラな髪質で、庶民的王子(笑)なんてあだ名もあるくらい。運動神経も頭も良い、いけ好かない奴だ。性格は、ちょっと調子に乗るところがあるが、まあ普通?俺からしたら、周りに良い女が集まっているのも気に入らないし、ナチュラルに俺みたいなのを見下しているのも気に入らない。
本人が本人なら、侍らしてる女子連中もただもんじゃない。
横に立つは、スタイル抜群で高慢な性格のお嬢様、宗来院美香。いちいち癇に障る指摘をしてくるんで同性には嫌われてる。ヨーロッパ系の血が入っているので金髪に近く、目鼻立ちははっきりしていて、身長も男子並み。古い家系らしく、見たことないが家もすごいらしい。見た目から男のファンが多いし、忠誠を誓うコアな信者もいるから表立って批判する奴は少ない。機嫌が悪いと俺と目が合っただけで嫌悪に顔をしかめるから近寄りたくもねぇ。
反対側にはスポーツ万能な響華。短髪で引き締まった体躯とさばさばした性格から同性ファンがすごいので、男はほとんど近寄れない。リアル宝塚。こいつも結構身長がある。努力すればなんでもできるって認識の体育会系なので俺みたいなやつは嫌いらしい。けっ。俺だって嫌いだよ、暑苦しい。
ちょっと後ろを歩くのは、まさに大和撫子な黒髪で落ち着いた雰囲気。知的な印象があるが運動神経だって悪くない。このグループの中じゃ比較的常識人?中山涼音。知的クールと評判で、響とは別方向だけど努力しない人間を嫌う。つまり、馬鹿が嫌い。性格はきつめだが世話好きでもある。大人しげに見えるが知的好奇心は旺盛。まぁ、俺の苦手なタイプ。
中山の隣でちょこちょこと歩いているのが田中未来。おどおどして引っ込み思案で声が小さい小柄な小動物系女子。なんつーか、卑屈な自分を見てる気がして気に入らねぇ。周りに可愛がられちゃいるが、周りの視線を常にうかがってるタイプ。今野には気を許しているみたいだけど、男全般が怖いらしく近寄ろうとしない。昔はこんな奴じゃなかったのに、いつの間にかおどおどするようになっちまった。まあ、いわゆる幼馴染ってやつだが、近年に交流はない。親同士が仲が良いってやつだな。
どいつもこいつもタイプが違う美少女で、それに囲まれた今野も美少年。まあ、数年もすれば美男美女の軍団だな。家も金持ちだったり、血筋が良かったり、本人が優秀だったり。まさに、俺とは住む世界が違う。なんで、こんな普通の学校に通ってるんだか。まあ、田中だけは普通の家庭なんだが。
聞こえてくるのは華やかそうな話ばかり。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃうるせぇよ。イチャイチャは家でやりやがれ。
「先週の沖縄は楽しめまして?地中海に足を延ばす時間的余裕がなかったので久々に行きましたが、たまには国内も良いものですわね」
「海で泳ぐのは気持ちいいね。波も穏やかで海中は色とりどり。ただ泳ぐだけであそこまで楽しいのは南の海ならではね。
全身の筋肉を鍛えられるし、水泳もトレーニングに入れようかな」
「こっちではもう秋だけど、まだまだあっちは暑かったね。台風も来なかったし、観光もできて運が良かったな」
「植生や動植物が珍しいので楽しめました。次行くのなら西表島が良いね。マングローブ林やサンゴ礁もじっくり見たいし。
食材や味付けも違って、国内旅行でも新しい発見は多いですね」
「……楽しかった」
あーあー。ハーレムパーティーで週末にプライベート沖縄旅行ですか。充実した青春ですな。どこの金持ちだよ。いや、普通に金持ちか。田中ん家はそうでもないはずなんだが、聞いてると宗来院がプライベート機使って別荘に招待したみたいだし、大丈夫か。はぁ。ここまでの格差ってのを目の当たりにすると羨ましいとも思わん……いや、素直に羨ましいし妬ましい。つーか、普通の旅客機のファーストクラスじゃダメなのか?それに比べて、自分はこんなだ。はぁ。もう嫌になるぜ。
こんな世界が嫌で嫌で。なにも見たくなくて。歩きなれた長い直線を、遠ざかっていく声を背景に、目をつぶりながら下を向いて歩く。見なければ嫌なことは何もないと……
「何これ?」
「な、なんだ!?みんな、早くそっちへ!」
「えっ、ヤダなに」
「あっ」
何か聞こえた。それが、この世界での最後の記憶になった。