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人は弓を投げる (D-02)  作者: 橙ノ縁
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「それで、キャノにどんな内容の手紙を書いたの?」

 親友は面白がって、にこにこ笑いながら王子宛の手紙の内容を聞いて来た。

「髪の長い王子様へ。カトル・フェルヴィ少尉は忠誠心厚く、武術に申し分なく、騎士の鑑であります。ですのでどうか彼を中尉に昇格して頂きたいのです。そして出来るならば小隊をお任せになり、私をその小隊に入隊させてください。このような我儘を許していただけるならば、私は彼と共に殿下の為に戦うと約束いたします。って書いたのよ」

 親友は「流石、私の親友。王子に物おじしないとは」と、嬉しそうに笑った。

 それから私はすぐに軍職に就いて、一つの小隊を任されることになった。これは、ウェテルセン家の特権の一つで、軍職に就くと小隊以上を受け持つという昔からの決まりがある。

 誘拐犯であるブランとその仲間には反省文を書かせ、償いの為に国に忠誠を誓うと血判を押させた。ブランたちは兵士として働くことを了承してくれて、私と共に戦ってくれると約束してくれた。

 叔父は母に説得されて、研究を一時中断し軍部で父の補佐に就くことになった。私の誕生日に、母と叔父が二人で話していたのはこの事だったらしい。叔父の研究はリド君が引き継いでくれることで落ち着いた。

「アンバー。私、そのカトル・フェルヴィっていう名前をどこかで聞いたことがあるのよ」

「そんな有名人ではないはずだけど……」

 お茶を何杯かおかわりをして、そろそろお腹一杯になった頃、私たちの許に訓練着姿の男性が現れた。

「カトル、どうしてここに?」

 女性客しか入っていない店では居心地が悪いのか、彼は眉尻を下げながら私の名を呼んだ。

「アンバー、感動の再会中に悪いんだが、明日の休暇は中止になった」

「どうして!」

 まだ、私の話しかしていない。これから親友の戦地での話を聞かなくてはならない。明日も休みをもらわなければ困る。

「明日、何故かジェイド殿下がお出ましになるそうだ」

「どうして第二王子が、小隊なんかに顔を出すのかしら」

「さあ?詳しくは聞いていない。だから、明日は必ず朝から出てくるように」

 彼はそれだけを伝えると、「では、これで」と素っ気なく帰ろうとする。

「あ!思い出した。貴方、あの武道大会で決勝で戦った人だわ」

 親友が彼の顔を指さして、大声を上げる。武道大会は親友を応援しに会場まで足を運んでていたが、彼が出場していた事すら記憶にない。

「ヴィオ、本当にカトルだったの?」

「間違いないわ。この右と左の筋肉のつき方が均等すぎる男を忘れるはずがないもの」

 どういう見極め方なんだと呆れる彼の隣で、私の親友は筋肉についてあれこれと説明を始めるが、筋肉に興味のない私には異国語に聞こえるので全く頭に入ってこない。

「つまり、カトルみたいな人は珍しいってこと?」

「そうそう。戦った時に思ったの。この人は両利きなんだわって。しかも柔軟性も高いし、俊敏性も反射神経もいい。敗因の一つは私を女だと思って手加減したことよ」

 そう、武道大会は親友が優勝した。第二王子が気まぐれに開いた大会で、男女混合で試合をして優勝者には賞金が与えられたのだ。

「自分は手加減などしていません。ハンゼアート少尉が強かったんです」

 彼は平民なので、上級貴族の親友には敬語で話す。しかし軍人的な位は彼の方が上なのだが、ややこしくなるので訂正などしないでおこう。

「私はヴィオに所持金全部つぎ込んで、ずいぶん勝たせてもらったわ」

「賞金と合わせて二人で贅沢な小旅行へ出かけたわね」

 会場の前で大人たちが決勝の優勝者は誰かを賭けていた。殆どが男性有利と思い、ヴィオに賭ける人はいなかったので、私が有り金全部はたいて、親友に賭けた。おかげ様で、数倍になってお金が帰って来たことは良い思い出だ。

 彼は深いため息を吐いて、机の上に置いていた焼き菓子を何個もつまんで口に放り込む。嫌がらせのつもりか、はたまたただの甘党なのだろうか。

「カトルさん、アンバーのことを宜しくお願いしますね。貴方なら信用できます。ご武運を祈っています」

 カトル・フェルヴィは中尉に昇格し、小隊長に任命された。そしてその小隊に私が入隊することになった。彼は私に小隊長になれと言ったが、私は士官学校卒というだけなので中尉にはまだなれない。それに、彼がとても適任だと思ったので、これでいいと思う。

「ハンゼアート少尉、ディアンさんやアンバーの為にもくれぐれも命はちゃんと大切にしてください。それでは、自分は戻ります」

 そう言って、彼は去ってしまった。最後の言葉に親友はなにやら心を動かされてしまったようで、瞳を潤ませて唇を噛みしめるのだった。私はそんな傷ついた背中を抱きしめるしかできなかった。






 ロサ地区を出てすぐに広大な軍部の合同訓練所がある。日が沈む前にその人はやって来た。

 お付きの騎士をぞろぞろを連れて、不満げな顔つきの男が近づいてくる。

 私たちは全員その場に並び、膝をついて目線を伏せて到着を待った。

「面を上げよ」

「ジェイド殿下、お目にかかります」

 小隊長であるカトルの一言で、全員が顔を上げると、そこには背が高く、筋肉質で、目つきが悪く、への字に口が曲がった男が堂々と立っていた。この人こそが、軍部で建前上、一番権力を持つ者。第二王子、ジェイド様だ。

「フェルヴィ。お前が昇格し小隊長になったと聞いて様子を見に来たんだ」

「そうでしたか」

 うちの小隊長の返答があっさり過ぎる。これではあの気難しいと有名な王子を怒らせかねない。

「平民出身が中尉とは上り詰めたものだな。どんな幸運が重なってそうなった?」

「さて、自分には分かりかねます」

 こいつ、喧嘩を売っているのか?と王子の付き人達が騒めき始める。それぐらい、カトルの物言いは愛想が無い。

「お前は昔から可愛げが無い。にもかかわらず、何故か好かれる。キアノしかり、ディアンしかりだ」

「ただ殿下の仰る通り、運が良かっただけでしょう」

「ならばその幸運、この俺に使うというのはどうだ?」

 王子の引き抜き話に「お断り致します」と即答。ますます付き人達の苛立ちが増していくのが分かった。

「ほう、第二王子では不服だとでもいうのか?」

「自分は今、アンバー・ウェテルセンに仕えていると言っても過言ではありません。アンバーにお聞きください」

 どうして私に話をふるのだ。と心の中で叫ぶと、体の芯が小刻みに震えはじめるのだった。

「ウェテルセン准尉。その男を私に差し出すというのはどうだ?そうすればこの小隊を最前線には出さなぬと約束しよう」

「恐れながら、ウェテルセンの者が戦から逃れるなどあってはなりません。どうか、最前線でも戦えるようにフェルヴィ中尉は私に預けてくださいませ。さすれば殿下に勝利を献上いたします」

 王子は不満そうに首を傾げ、私を冷たい視線で見下していたが、何かを思いついたのか「そうだな」と小さく呟いた。

「ウェテルセン家に恩を売っておくに越したことは無いか。国の為に励め」

「私のような者に中尉を譲って頂き、殿下の寛大さに感謝いたします」

 譲って頂きと言ったあたりで、鼻で笑われてしまった。この王子にはカトルのように言葉少なめに返答することが正解なのだろう。きっと長い返答には飽き飽きする質なのだ。

「ウェテルセン家の人間はウェテルセン家の人間で何とかしろ」

 王子はそう言うと、付き人の後ろから細い十代半ばくらいの少年を前に押し出した。

 そして少年を置いて、王子とその取り巻き達は来た道を戻っていくのだった。

「だれ?」

「は、初めまして。ボクはラト・ウェテルセンと申します。お、お世話になります」

「アンバーの親戚か?」

 私は首を横に振る。こんな子、見たこともなければ話に聞いたこともない。親族名簿は頭に入っているが、ラトという名はどこにも記載されていないはず。

「ヴィオさんに騎士になりたいって言ったら、ノックスまで連れてきてもらって、それでハインさんが今日からバーグ様の養子だぞというので、アンバーさんの親戚になるんだと思います」

「何を言っているか全くわからないわ」

 情報が渋滞している。知らないことが多すぎる。久しぶりに私の頭の中が混乱しているらしく、思考回路が止まっているのを感じた。

「ラト君、もう一度ゆっくり説明してくれるかな?」

 少年はあまりに細く、気も弱そうで、どう考えても騎士に向くとは思えない。

 カトルが背の低い少年に目線を合わせて尋ねると、少年は少し緊張がほぐれたようで丁寧に説明を始めた。

「ボクは戦地近くのルシオラの里でヴィオさんに会いました。そこで数日一緒に暮らしてボクはあの人のような人を守れる人になりたいと思ったんです。そして騎士になりたいとお願いしたら、ノックスまで連れて来てくれました」

 確かに、私の親友は子どもに夢を与える絵に描いたような騎士で、彼女に憧れて士官学校に入校する学生も多いと聞く。

「船の中で一緒だったハインさんが、騎士になるには貴族階級が必要だと言っていて、ヴィオさんとハインさんが相談して、バーグさんにお願いしようという事になったそうです」

 貴族階級にあり、軍部に融通のきく家となれば数家しかないだろう。その内、親友が頼るのは自分の家ではなくはウェテルセン家だ。それに叔父は独り身で、それなりに受け継いでいる資産も少しはあり、跡継ぎを望んでいたのは本当だ。

「バーグさんは快諾してくださったと聞いています。そして士官学校に通いながら、この小隊に入れて頂くことになりました。よろしくお願いします」

少年の満面の笑みは不思議なぐらい輝いて見えて、私は何故かこれで良かったと思えてしまった。

「士官学校と小隊の訓練の掛け持ちは大変だろう。なぜ、入隊することになったんだ?」

「小隊長、これはウェテルセン家の宿命みたいなもの」

 カトルの言う通り、学生が入隊するなどほとんど無いが、我が家に限ってはそうではない。特例があるのだ。

「有事に限り、ウェテルセン家の者は学生から入隊し、軍部で働くこと。と決められているの」

 後ろで私たちの話を聞いていたブランたちが「有事って……」と怪訝そうな声を漏らしている。

「この国は近々、戦になるわ。私も叔父もその準備の為に入隊したのよ」

「王子二人が恩を売っておいて越したことがないと言ったほどだ。ウェテルセン家って何なんだ?」

 先ほど第二王子がそう言ったように、第三王子も私が手紙を出した時、同じ言葉を吐いたらしい。

「ラト君も覚えておいてね。我が家は統一帝の第一軍師として仕えた、ダヴィディ・ウェテルセンの子孫。彼の功績を称えて多くの特例が今も認められているの。小隊以上を任せてもらえることや、大将などが指揮出来ない場合、格に関わらず指揮を執ることが出来るなどいろいろ待遇がいいかわりに、有事には学生でも隠居していても入隊しなくてはならない、など戦いには必ず参加することを求められる」

 戦いを好んだと言われる統一帝の側近、全戦全勝の国一番の軍師として名を馳せたと伝わっている。

 準貴族という位置付けも、ダヴィディが望んだと言われている。王家よりも国益を優先すべしというのが家訓で、王家に近くなってしまう貴族より程よく自由度がある準貴族を選んだ。王家ではなく国民を守ることを選んだので、我が家は王族の権限で貴族に昇格もなければ、平民に降格もない。

「有事の際には、ウェテルセン家の采配次第という状況もあるっていう訳か」

 カトルが頷いている横で、ラト君が口を開けて小首をかしげている。彼には少し難しかったかもしれない。

「そうそう。王家に何かあった場合、どの王子を残すか、その判断を私の祖父がするかもしれないという訳よ」

 現に、昔はそんなお家争いがあって我が家が宮殿に踏み込んだこともあったらしい。

 私とカトルがもしもの話をしていると、遮るように一緒に戦う仲間たちが私の肩を叩いた。

「准尉、敵って誰なんです?」

 心配そうな表情でそう言ったのはブランで、他の者達も同じ疑問を持ったようだった。皆心当たりが無いだろうから、当然の反応だろう。

「陛下の生誕祝典の後に発表があると思うけど、それまでは決して口外はしないで。敵は、ゼノ」

 ブランたちは「どうして、あんな薄汚い奴らが?」と少し笑いながら、事の深刻さに気付いていないようだった。

 しかし、一人だけ怖い顔になって一瞬、息を止めた人がいる。カトルだ。

「……最悪だ。アンバー、勝算は?」

「今のところ、我が軍が全軍でかかっても勝てはしないでしょう。天才軍師ダヴィディがいても無理でしょうね」

 カトルがあまりに深刻そうに頭を抱えるので、幼馴染のブランが不思議そうに肩を叩く。

「何を深刻になってるんだ?あんな何時も肥溜め集めたり、墓穴掘ってるようなやつら何が怖ろしいって言うんだよ」

 そう、ゼノという人種はケルウス王国では市民権を持たず、奴隷のように扱われている。高価な武器など用意できるはずもない。

「剣や弓なんかじゃ勝てない。ゼノは、魔法を使うから」

 その昔、まだこの土地に魔法があった頃、魔法使いと言えばゼノを指す言葉だった。彼らは山や海からやって来た人間に魔法を教えたと言われている。

 魔法が失われた今でも、ゼノ達には魔法が残されていると聞く。

 ダリアさんのように想像を超える力の事を魔法を呼ぶのならば、私たちがいくら大きく剣を振っても、遠くまで弓を飛ばしてもまるで歯が立たないのではないだろうか。計算すら出来ない、一方的な戦になるに違いない。

 ブランたちもカトルも、ダリアさんの癒しの力を目の当たりにしているので、ゼノと戦うという未知の恐怖が、じわじわ全身に纏わりつくかのように顔がだんだん青ざめていく。

「アンバーさんが言ったように、逃げられないのならば、戦うしかないですよね。みんなで負けないようにしましょう」

 ラト君のこの言葉はなぜかすんなり私の頭の中に入ってきて、不安な胸の内を少しだけ明るく照らすのだった。

 彼の言葉には不思議と思考や心を澄ませるような力があるような気がする。

「さあ、訓練を再開しますか」

 ぱんと一つ手を叩き、考えることに一時中断を命じる。体を動かして体も心も鍛えることが先決だ。

 日が沈む間際の赤い閃光が、私たちに黒く長い影を作る。まるでそれが未来への不安かのように暗く長く重たげに伸びていくようだった。

 戦いはまだ始まっていない。








 蝶は羽ばたいては壁にぶつかり、羽ばたいては地面に落ちてしまいます。

 右も左も黒い闇があるだけで、自分がどこに居るのかもわかりません。

 ただ見えるのは自分の羽根だけなのです。

 そう、蝶はようやく気付いたのでした。自分が輝いていることに。

 真鍮の蝶は自分の光だけを信じて飛んでいきます。たとえどれだけぶつかろうとも、落下しようともかまわないのです。

 暗くても羽ばたきたいのならば、進むしかないのだから。

童話「闇の中の蝶」より

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