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人は弓を投げる (D-02)  作者: 橙ノ縁
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 リド君は叔父と同じく、ある人物が残した文献を解読するという研究をしているそうで、縁があり叔父の下でお互い情報を交換してたそうだ。ダリアさんというのはリドと一緒に旅をしている人で、兄妹、彼女や妻といったたぐいの関係ではないそうだ。

 今朝方、朝食後に若い男が四人、突如この家に押し入ったという。二人は執事と女中を拘束して、もう二人は二階の研究部屋にいた叔父とリド君とダリアさんを拘束したという。

 彼らは顔を隠して現れ、拘束した五人を一か所に集めて目隠しをしたという。

 年上らしき男二人が叔父とダリアさんを連れてこの家を出て行き、下っ端の二人は残りの三人を見張るように言ったそうだ。

 本当は五人とも隠れ家に連れて行こうとしたらしいのだが、拘束された大人を五人も連れていては目立つと思ったのか、半分に分けたようだった。

 つまり一人ずつ開放するかわりに、大金を払えということをしたかったのではなかというのが、今の推理だ。

「ウェテルセン家の当主様であるお爺様は、叔父様に大金を支払わないと思うけどね」

 私の祖父は倹約家で有名であるし、それに勘当状態の息子に大好きなお金を払うとは思えない。

「バーグ様とは、そのようなお立場なのですか?」

 リド君は心配そうに眉尻を下げているが、この家の者は誰も不思議がらない。

「叔父は、自分の決めた道を進むと決めたから、今は本家の援助なしに国からの研究費で生活しているのよ。お爺様は国益にならないことには興味は無いの。国を守る気のない奴は勘当すると叔父を追い出したそうよ」

 代々ウェテルセン家は軍師を務めた家系で、国を守ること、国益になることを求めよというのが家訓で、叔父の研究はそれに該当しなかったらしい。

「叔父がウェテルセン家から見放されているという事は世間では有名だと思ったのだけど、若者には知られていなかったのかしら」

 騎士は階段に飾っていた家紋入りの弓を持ってきて、開けた窓ガラスの側に立って外から見えない位置から外を見張っている。

 縛られた誘拐犯の下っ端二人は、目を覚ました物の決して口を割りそうにない。

「今頃お爺様か我が家に身代金要求の手紙でも届いているのかしら」

 身代金要求が書かれた手紙を母が見たら、きっと妖魔のごとく怒り狂うだろう。あの人は血の気の多い人だから。

 私が小さなため息を吐いた時、窓際の彼が突然弓をすっと構え、窓の外に向かって矢を放ったのだった。

 急な攻撃に一同が息を止めて驚いている中、騎士だけが冷静に窓の外を見つめ、第二矢を打ち込むのだった。

「お嬢様すみません。残りの奴を取り逃がしました」

 淡々とそう答えると、弓を捨てて私が縄を切った短刀を拾う。

 窓から外を見ると、走り去る男が一人。きっと誘拐犯だ。

「騎士様は弓は苦手なのかしら」

「いいえ。あの弓が鈍らなのです」

「あれは、由緒あるウェテルセン家の名弓で……って、ここは二階!」

 彼は短刀を腰帯に差して、窓から外へ向かって躊躇なく飛び降りたのだった。

 ふわっと羽が生えたよう一回転ののち着地すると、機敏な足さばきで犯人を追いかけ始めた。

「ちょっと待って。私も行く!」

 呼び止める執事達を振り切って、彼が捨てた弓を手に階段を駆け下り、彼を追いかけようと外に出る。すると、目の前には私を待つ背中が見えた。

「急いでください」

 まさか、待っていてくれるとは。感心している場合ではない。急がなければ犯人を取り逃がしてしまう。

「先に行って。追いかけるから」

 そう背中に呼び掛けると、彼はすぐさま走り出したのだった。久しぶりに走るけれど、私はどれくらいの距離しか走れなくなってしまっただろうか。

「ああ、近くでありますように」

 彼が放った矢を二本回収しながら、私は犯人の隠れ家か近所であることを祈った。




 逃げた犯人が辿り着いたのは、ロサ地区の緑地にある大きな屋敷で、おそらく領主か地方貴族の別宅だろうと思われた。管理人がいない家を隠れ家にしたのだろう。

「お嬢様、大丈夫ですか」

 私の息の切らし方が、あまりにも絶命しそうに感じたのか、表情の薄いこの男でも心配してくれていることが分かった。

「だ、だい、じょーぶ、よ」

 心臓が耳の横で爆発しそうだ。空気も吸い込んでいるはずなのに苦しいし、足を止めると一斉に汗が噴き出てくる。顎すら痛い。この辛さは士官学校での訓練以来だった。

「どこから侵入しましょうか」

「どこからって、正面玄関からに決まっているわ」

「いくらなんでも返り討ちに会ってしまうかもしれません」

「あら、騎士様ならこそこそせずに正面突破するべきよ」

「ウェテルセン家の方はもっと賢いのかと」

「それって私を侮辱しているのかしら」

「いいえ。意外に大胆なんだと思いまして」

 無口そうな見た目に似合わず、おしゃべりな男のようだ。私はこれでも一応、世間的には「お嬢様」なのでこうしてああだこうだと返答されることに慣れていない。

「この家に見張りを置いていない所や、叔父の家に戻って来たのが一人だけという所から、どうやら犯人は数人だけのようだし問題ないわ。さ、突っ込みなさい」

「本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。見た感じ犯人たちは腕が立つようではなさそうだから」

 叔父の家にいた少年たちは武器すら持っていなかったし、縄の縛り方は素人。服装もお金に困っているのかずいぶん使い込まれ、着丈も短かった。おそらく、素行の悪い若者の集まりと言ったところだろう。

「自分は大した騎士ではありませんので、ご自身の身はご自身でお守りください」

 彼は少し口元をほころばせると、腰に差していた短刀を手にして、玄関に向かって足音を立てずに近づいた。そして扉を開いた時、中から男の悲鳴が響き渡ったのだった。

「何事かしら」

「入ります」

 騎士は声のした一階の奥の部屋へとずかずかと乗り込んでいく。そして開かれたままの扉の部屋に辿り着くと、そこでは犯人らしき少年が床に転がってわーわー喚いていた。

「お前たち動くな」

 そこは従業員用の食堂らしく、長机の周りにずらっと椅子が並んでいる。騎士はその机を飛び越えて、喚く少年を通り過ぎて、勝手口近くで逃げようとしているもう一人の少年に目を付けた。そして隼が獲物を捕まえるがごとく、あっという間に足を引っ張り上げて、体を無理矢理床に叩きつけ、短刀を首に押し当てた。

 そして私が喚いている少年の手を掴んで背中に捻るようにして押さえつける。

「三人いるぞ!」

 その声は叔父の物だった。声を聞いて、騎士が部屋を見渡すと、私たちが来た道から逃げようとする男が見えた。

 私も騎士も一人ずつ押さえているので、これ以上は動けない。逃がしても仕方ないと私が諦めた時、私の頭上を何かが通り過ぎていくを感じた。

 それは直線を描きながら速い速度で部屋を出て行く男の頭部に向かっていく。

 もしかして、騎士が短刀を投げたのでは思い、あの軌道では頭部に刺さって即死すると目をつぶってしまった。

 ばたんと人が倒れる音が床を震わせて、私はゆっくり目を開けた。そして騎士の右手を確認する。

「……何を投げたの?」

 犯人を取り押さえる彼の右手には短刀がきちんと握られており、投擲したのは別の物のようだった。

「お嬢様は何かを考え始めると手が疎かになるようです。それにウェテルセン家の名弓が固くて良かったです」

 そう言えば、私が持っているはずの弓がどこにも無い。走っている時には持っていたはずなのに、この家に入った時から記憶にない。彼はこの食堂に入る前に私が男の悲鳴に気をとられて落とした所を拾ったようだった。

「あなた、右利きではないの?」

「物を投げるくらいどちらでもできますよ」

 簡単に投げたと言うが、弓は細長く、しかもウェテルセン家の弓は特殊で、魔法があった時代に作られた金属弓なのだ。しかも弓が引けるようにしなるようにもなっている、そんな特殊な物体を利き手ではない左手で狙い通りに投げるなど、信じられない。何者なのかと彼に問おうとした時、食堂に捕らえられていた叔父が声を上げた。

「アンバーか。アンバーなのか?」

「はい、叔父さま。助けに参りました」

 私は髪を縛っていた紐で男の両腕を縛ると、足も服のリボンで縛り付けようとした時、拘束された男が泣きながら「足には触るな」と暴れるのだ。

「さっきからぎゃーぎゃー言っているけれど、どういう事かしら?」

 騎士は取り押さえた男からズボンをはぎ取って、手足をそのズボンで縛ってしまう。そして、金属弓が頭に直撃した男に駆け寄って、同じように来ている服で縛ろうとした時、彼の手が止まったのが見えた。

「これはどういう事だ」

 うつ伏せになって気を失っている男をひっくり返して、騎士は言葉を失っていた。

「少尉さん、事情は私が説明するわ」

 目隠しされた叔父の横でこちらを見つめる一人の若い女性。見たことのない不自然な髪色をした人で、彼女は目隠しはしていなく、手足も縛られていなかった。

「もしかして、貴女がダリアさん?」

 小さく頷いた彼女はバツが悪そうに口を曲げながら自分の両手をぎゅっと胸元で握ったのだった。




 捕まえた少年たちを縛り上げて一ヵ所に集め、弓で気を失った主犯格の男の目が覚めるのを待った。そして主犯格の男が目が覚めた時、騎士が顔を覗き込んで声を掛ける。

「ブラン。ひさしぶりだな」

 ブランと呼ばれた男は、目の前の身なりの良い騎士を睨みつけ、返事もせずにそっぽを向いた。

 騎士とこの誘拐犯は幼馴染だという。騎士が士官学校へ入学したことをきっかけに二人は疎遠になったそうだ。

「どうしてこんなことをした?」

「お前には関係ない」

「関係ないはずはない。ダリアさんから大まかな話は聞いた」

 ブランは距離をとって部屋の端からこちらを見つめる女性を見つけると、「あの可笑しな女の話を信じるとは、騎士様も落ちぶれてるな」と悪態をついた。

「ブランは今、何の仕事をしているんだ?」

「別に」

「話してくれ。でなければ」

「警邏に突き出せばいい」

「ブラン……」

 彼の目が覚める前に他の二人から事情は聞き出している。彼らがどうして準貴族を誘拐して金を求めたのかを。

「兄貴、すみません。全部話しました」

 下っ端二人がブランに謝ると、観念したのかブランはようやく重い口を開いた。

「俺らみたいな平民でも下の方は、出来る仕事が限られている。稼ぎの良い仕事は豪族や貴族の管轄で、誰もやりたがらない仕事は全部ゼノの物だ。俺達に生きられる場所は無い」

 国の法律で身分に見合った仕事というのがきっちり決められており、平民の中でも下級平民は教師や医師、社長など人を指導する立場には就けず、奴隷のように安い賃金で働かせることもできない。とても生き辛い人たちなのだ。

「それでも生きていくには金が要る。そんな時、お前を見つけたんだ」

 先日のディアン・アルスメールの処刑に合わせて、ロサ地区の扉が平民にも開放され、彼らはこの地区に足を踏み入れた。

 そこで、幼馴染の姿を見つける。

「身なりを見れば、金にも困ってない。俺らみたいにやることもなくフラフラしているわけでもないし、ちゃんと仕事もある。俺は自分の人生ってやつを恨んだ」

 騎士は幼馴染から視線を外すことなく、真っすぐに見つめて耳を傾けている。

「なあ、何が違ったんだ。ガキの頃は一緒にそこら辺を走り回ってた。俺とお前とで何が違ってたんだ!」

「何がって、何もかもだ。はじめから何もかも違う」

「はあ?自分が俺らと違って高貴な人間だって言いたいのかよ!」

「違う。同じ人生の人間なんていないっていう意味だ」

 ブランは縛られていなければ殴り掛かりそうなほど、怒りを覚えていて、今にも手足の紐を引き千切ってしまいそうだ。

「人を羨むのは止めろ。時間の無駄だ。自分自身への軽蔑だ」

「煩いな。偉そうにしやがって」

「ブランは昔からそうだ。困った時に人に助けを求められず、一人で何とかしようとする」

「悪かったな。なんでも器用にこなせるお前とは違うんだよ」

 騎士は小さくため息を吐くと、叔父に再び頭を下げた。さっきからずっと、彼らの代わりに謝り続けている。

「バーグ様、どうかあいつらにやり直す機会をあげてください。自分がなんとかしてみますので」

「私は構わないよ。若気の至りには、大人は大目に見なくてはいけないからね」

「ありがとうございます」

 誘拐された叔父が許すと言ったところで、この事件は一件落着かに思えたが、そう簡単にはいかない。この誘拐事件はここからが大変なのだから。

「ちょっとブランとかいったわね。貴方、身代金を要求するつもりだと聞いたのだけど、いったい、誰に要求したのかしら」

 私が口を挟むと、「何だ?この小娘は」と女性蔑視の目線で私を睨みつけてくる。

「アンバー、何を言っているんだ?きっとウェテルセン家の本家あたりだろう?」

「叔父さまの言う通り、ウェテルセン家なら何の問題もないの。どうせお爺様はお金を出さないから。でも、彼らが要求を出したのは家ではないはず」

 騎士の顔色が悪くなって、再びブランの近くに駆け寄り問いただす。

「ブラン、誰当てに要求の手紙を出したんだ、答えろ!」

 ブランは口をへの字に曲げて答えようとしない。

「平民のあなた達に一つだけ教えておいてあげるわ。この騎士様がお召しになっている制服の種類の事よ。この制服は貴族や要人の警護に関わる部署、近衛府の物。そしてこの襟の紫色は王族を表す」

 あんなに不機嫌な態度だったブランの表情が凍り付いていく。

「騎士様、あなたの所属はどこかしら?」

「自分は、近衛府、王族警護班、第三王子キアノ殿下の下で警護と少しだけ雑用を任されています」

 下っ端二人と、ブランの三人はそろって青白い顔をして「嘘だろう」と震えた細い声で呟いたのだった。

「貴方たち、あろうことか殿下に身代金を要求をしてしまったのね」

 叔父が私の隣で、眩暈をおこし膝から崩れ落ちていく。騎士も頭を抱えて床に視線を落とした。

 ブラン達の狙いは騎士であり、騎士が定期的に叔父の家を訪ねていることを知っていて、誘拐事件を起こした。騎士の評価を落としたくて、彼の主人に身代金を要求し、自分たちは金を得て、騎士が落ちぶれる事を思い描いたのだ。

 初めからウェテルセン家はただ巻き込まれただけだった。

「俺達は、こいつの主人宛に手紙を出したんだ。そこのおじさんの家に何度もこいつを使いに出しているようだったから知り合いなんだろうと思って、友人を誘拐した、返して欲しければ金を用意しろって。知らない。王子だなんて知るはずがない。だって、いくらなんでも平民出身の奴が王族の警護を任されるなんてありえない。そんなつもりじゃなかったんだ」

 人は不安になるとよく喋るというが、本当のようだった。ブランは目線を左右にオロオロと忙しく動かしながら、言い訳を始める。

 いくらどんな事情があろうと、王族に脅迫まがいの文を送りつけるなど、死罪になってもおかしくない。

「ブラン、手紙はどこに届けたんだ?」

「軍部の窓口に直接届けた。検閲で引っかかれば王子には届かないだろう。そうだろう?」

 ブランの青白い顔から冷汗がにじみ出ている。他の二人もガタガタ震え始めて、吐きそうな顔をして項垂れている。

「残念だが、王族宛の手紙に検閲はかからない。希望は捨てろ」

 その言葉はあまりに残酷で、まるで止めを刺すように心臓を一突きにしたような言葉だった。

「お嬢様、自分はすぐに殿下に謁見を申し出てみます」

「なんとかなりそうかしら?」

「殿下の機嫌次第かと」

 私には第三王子の為人を知らないので、どう対策を練ればいいのか思いもつかない。でも、今回ばかりは何かしら出来ることをしたいと思った。

「もし、機嫌がよろしければ、こうお伝えください。もし叶うならば、今回の事件はウェテルセン家にお任せください。そして殿下が判断下されるまで少年たちはこちらで預かると」

 生き甲斐のない若者が、成功した幼馴染に嫉妬して世を恨んで起こした事件。迷惑はかけたが、誰も死んではないし、誰も死罪までは求めていないのだから、彼らに反省と再犯防止を誓わせれば済むのではないだろうか。

「当分は叔父さまの家にゆるく監禁しておくから安心して」

「お嬢様にまで迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」

「いいのよ。それに一度の過ちで殺されるなんて、命がもったいないわ」

 騎士は二三度頷くと、王子から預かっていた書状を叔父の手に握らせて、この家から速足で出て行った。その後姿を幼馴染が、潤んだ瞳で見つめるのだった。



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