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人は弓を投げる (D-02)  作者: 橙ノ縁
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 ロサ地区でも人々の噂は、とある騎士が戦地から帰国後、敗戦の罪で処刑されたということだ。

 許可が無いと入れないはずの一般人がロサ地区に簡単に許可が下りる時がある。それは処刑場が開かれる時。

 つい先日も、多くの一般人が列をなしてロサ地区に入ってきていた。そして処刑場を一杯にし、あの惨たらしい光景に歓声を上げたようだった。

 噂では、処刑場に第三王子が駆け込んできて、罪人を連れ去ったという。どこに連れ去ったのか、どうしてそんなことをしたのかは不明で、王子の行動に憶測が飛び交っているのだ。

「興味ないわ」

 罪人と王子は兄弟のように仲が良かったのではないかとか、王子は死体を集めるのが好きなのだとか、罪人と王子が恋仲だったのではないかという話まで広がっている。

「面白くないわ」

 知り合いのお嬢様たちはこぞって、罪人と王子の関係を妄想するのが楽しいらしく、自分の描いた物語を私に聞かせてくれるのだが、私には全く興味がわかない話だった。

「アンバーさんは士官学校に通われていたのよね。罪人の男はどんな人なの?」

 と、最後にはこの質問を必ずされる。確かに私は士官学校へ通っていたが、処刑されたあの男性を詳しく知っているわけではない。

「さあ、詳しく知らないわ」なんて、愛想なく答えると、お嬢様たちの機嫌はあっという間に悪くなってしまうのだった。

 そんな社交界の人付き合いに辟易としていた頃、母が私に一通の手紙を差し出した。

「誰からの手紙ですか?」

 黄色の封蝋を押した厚地の封筒で、宛名には私の名前ではなく叔父の名前が書かれてあった。

「貴女宛ではなくて、これを届けてほしいのよ」

「郵送されては?」

「まあ、素っ気ない。姪なのだから、たまには顔を見せてきなさい」

 母は琥珀の指輪を輝かせながら、忙しそうに何枚もある同じ封筒に文字を書き入れていく。

「お母さま、夜会でも開かれるのですか?」

「何を言っているの。これは貴女の誕生日会の招待状よ」

 後頭部を殴られてような、強い衝撃が降ってきて、私は叔父への手紙をはらはらと落とした。

「た、誕生日会?二十歳にもなって、恥ずかしいです。取りやめにしてください」

 幼い子どもが誕生日会を開くというのは、可愛らしくて素敵だと思う。王族や貴族などのお金と時間を持て余している人が催すのは、まだ納得が出来る。でも、準貴族の、しかも成人したいい大人が、結婚や出産などの報告することもないのに誕生日会など、恥ずかしすぎる。

「もう半分は送ってしまったの。今更中止には出来ないわ」

「お母さま!」

「いいじゃない。平和なうちだけよ、誕生日会なんて」

 母は夜会や宴会などに人を集めて煌びやかに飾ることが好きな性格で、誰かが宴を開くと聞くと真っ先に出席の返事をする人だ。

「ちゃんと招待状を届けておいてね」

 床に落ちた叔父への招待状を拾って、落胆する私の手に握らせると、母は忙しそうに再び机に向かうのだった。

 






 最悪だ。恥ずかしすぎて、もう街を歩くこともできない。

 私はつばの広い帽子を深くかぶって、ロサ地区の一番外れにある叔父の家へと向かった。

 叔父のバーグ・ウェテルセンは研究者で、若い頃からとある古の文献を解読するという事だけを続けている。

 ウェテルセン家は代々、軍師の家系であり、研究者は異端児として扱われている。つまり、バーグ叔父さんは一族では変わり者呼ばわりされていて、親戚から距離を置かれているのだった。

 ぎりぎりロサ地区と呼ばれている、この田舎道を通り抜けた所に、少し開けた場所があり、三方を森で囲まれた寂しいこの場所に、ぽつんと一軒だけ家が建っている。

 蔦に覆われた壁に、背の高い庭木が一階部分を隠していて、塀も門も、草木に覆われて、まるであばら家のようだ。

 木の枝を避けながら玄関までたどり着くと、

不思議と扉が開かれていた。

「叔父さま、アンバーです」

 開かれた扉を数回叩きながら、大声を出してみるが、中から人の反応は感じられない。

 叔父は人付き合いが苦手らしく、使用人を数人しか置いていない。料理人と、執事と、女中の三人で、三人とも住み込みではなく、通いで働いてもらっていると聞いたことがあった。

「庭かな?」

 草が覆い茂る庭を虫を手で払いながら、ぐるりと一周見て回ってみるが、人の姿は見つけられなかった。

 仕方なく、家の中に入って手紙だけ置いて帰ろうとした時、私の後ろに誰かが立っていることに気づいた。

 家の者が帰って来たのかと振り向くと、そこに立っていたのは軍服を来た若い男性だった。

「あの、もしやここの女中さんですか?」

「え?」

 気の弱そうな雰囲気の、騎士にしては頼りなさそうな男だ。

「バーグ・ウェテルセン様にお会いしたくて伺いました。バーグ様はどちらに」

「失礼ですが、どちら様ですか?」

 軍服の種類からすると、おそらく近衛府の管轄で、王宮からの遣いのように思われた。

「これは失礼いたしました。キアノ殿下より書状を預かって参りました」

 キアノ殿下といえば、今、巷で噂のあの第三王子だ。なぜ、王子が叔父に手紙を書くのだろうか。

「叔父は留守のようです。また日を改めてみてはどうかしら?」

「叔父……ってことは」

 目の前の男の顔色がだんだん青白く変化していく。自分の失敗に気づいたようだった。

「私はアンバー・ウェテルセン。バーグ・ウェテルセンの姪です」

「これは、失礼いたしました。日焼けをされていたので、てっきり女中なのだと思い、お許しください」

「日焼け?」

 確かに、お嬢様という生き物は日焼けを嫌う。色が白くて、華奢で、美しい、それこそがお嬢様だというのが共通の認識だろう。

「許すも何も、怒るようなことではないわ。気にしないでちょうだい」

 私は袖をぐっと引っ張って、日に焼けた手を咄嗟に隠した。

 男は冷や汗を拭いながら、「すみません」と何度も頭を下げている。

「それにしても困りました。この手紙は必ずバーグ様にお届けするようにと言いつけられているのですが」

 王室でしか使うことを許されない、高級紙に国花であるアルゲオの花が模された封蝋が押されている。見れば見るほど、その高貴な雰囲気は本物だと語っていた。

「可笑しいわね。普段なら、誰かしら家に居るのだけど、今日は玄関扉も開いているし……」

 いくら貴族街ロサ地区と言えど、扉を開いたまま外出するなど不用心にもほどがある。叔父は宝飾品や骨とう品などを取集する趣味を持ってはいないが、それなりに盗まれては困るような高価な品もある。

「私たち以外に来客があったようだわ」

 玄関から二階へ続く階段には絨毯が敷かれていて、普段なら綺麗に掃き清められているが、今日は足跡がいくつか見受けられた。

「この足跡ですか?」

 男が土で出来た足跡を指さす。大きさから考えても、男性のもののように思えた。

「この家には男性は叔父と執事しかいないのよ。二人とも土いじりなんてしないわ」

「庭師とかですか?」

「あの庭を見たでしょう。庭師を雇っているならもっと綺麗に整えられているわ」

 人が通る道にまで草が覆いかぶさっているような庭と門でも気にしないのだから、今更庭師を雇ったりはしないだろう。

「それに、この足跡の男性は急いで駆け上がったようね」

「よく分かりますね」

 足跡は大股で、階段も一段飛ばしで上っている所を見ると、ずいぶん慌てていたようだ。

「足跡の種類が違っているから、しかも二人以上がこの階段を駆け上がったんだわ」

 私の言葉に、軍服姿の男の表情が硬く引き締まった。そして王子の手紙を胸ポケットに丁寧にしまうと、階段を上ろうとする。

「待ってちょうだい。どうするつもり?」

「どうするもなにも、お嬢様の推理を確認しに行くんです」

 女中呼ばわりの次はお嬢様呼びをする。こっちは名乗っているのに、名前で呼ばないという事は私をからかっているのかしら。

「でも、相手は複数かもしれないのよ。武器を持っているかも」

「一般の人が重い武器を持っていては、この階段を一段飛ばしで勢いよく登れませんよ。持っていても、短刀くらいでしょう。それくらいなら何とかなります」

 男をよく見れば、騎士のくせに腰に剣一つ下げていなくて、拳術用の手袋もせず、手ぶらといった風だ。

「どうして侵入者が一般人だと分かるの?」

「この足跡は一番安価な布靴の足跡ですよ」

 貴族は革靴が多く、一般人は布を数枚重ねた布靴を履く人が多い。

「お嬢様はここで待っていてください」

「何を言っているの。私も行くわ」

 そして私たちは極力足音を立てないように階段をのぼり、足跡を辿って、一番大きい部屋の前までやって来た。

「この部屋は叔父の研究部屋なの」

 叔父が人生をかけて解読を進めている文献の資料を集めた仕事部屋。

「足跡が右の下り階段へ続いていますよ」

 色の薄い足跡が裏口へ続く階段へと続いているという事は、目当ての物がなくて逃げ帰ったのだろうか。

 私が扉の取っ手に手をかけると、その手を男が腕を掴んで止める。

「お嬢様はそこの柱の陰に隠れていてください」

「だから、私は大丈夫だってば」

 心配性のようで、私を柱の陰に隠すと、男は扉を盾代わりにしながら、扉を少し開けて、隙間から中を覗いた。

 耳を澄ますと、誰かの話声が聞こえてきた。しかし、私のこの位置からでは会話の内容までは聞き取れない。

 扉の陰に隠れている男の表情が厳しくなっていくので、どうやら天気や世間の話ではなさそう。

 私は近くに武器になりそうなものが無いか見渡してみたが、これといって身を守れそうなものが見当たらない。そもそも、あの騎士の制服を着た男は、もしもの時どうやって戦うつもりなのだろうか。

「やっぱり素手かしら?」

 制服姿を見る限り、筋骨隆々という風ではなく、身軽に動けるように極力筋肉をつけないようにしているように見える。あの腕で暴漢を殴れるのかどうか心配だ。

 そんな風に男の戦闘方法を思い描いていると、いつの間にか彼は中へ飛び込んでいた。

「ちょっと、待って」

 追いかけようと柱の陰から顔を出した時、開かれた扉の奥から、薄汚い少年がこちらに向かって飛ばされてくるのが見えた。

 悲鳴と共に飛ばされた少年は私の斜め前で転がり、うめき声を漏らしながら腹を抑えている。

「もしかして蹴り飛ばしたの?」

 飛距離からして腕力というよりは脚力のようだ。

 私は痛みで転がっている少年の脇を通り過ぎて、部屋の中に入ると、今度は右方向から打撃音が聞こえてきた。

 制服の男が回し蹴りで暴漢を床に叩きつけた音のようだった。

「本当に、どうにかなったのね」

 仕事部屋には敵らしき人物は一人しかおらず、他には縄で縛られている大人が三人。その三人の中に叔父の姿は無かった。

「お嬢様、一応、侵入者は二人だけみたいですよ。おそらくもう一人か二人は外へ出たのでしょう」

 顔面に回し蹴りを食らった男は、またも十代後半くらいの少年で、あまりの衝撃に気を失ってしまったようだった。

「きっと他の侵入者は叔父を連れて行ったのでしょう」

 私は目隠しをして口と両手足を縛られている人質を解放するべく、叔父の引き出しを開けて短刀を探し当てると、一人ずつ縄を切っていく。

 男は外に突き飛ばした少年を連れて戻って、私がほどいた縄で手足を縛るのだった。

「お嬢様、ありがとうございます」

「体は大丈夫かしら」

 拘束されていた一人は叔父と同い年のこの家の男性執事。

「生きた心地が致しませんでした」

 もう一人は女中で、十年ほど前から働いている中年の女性。

「バーグ様とダリアが攫われたんです」

 三人目の男性は、私の知らない青年だった。優し気な風貌に、細身の体型で、貴族の坊ちゃんというよりは秀才な大学生といった雰囲気だ。

「貴方はどちら様かしら」

「自分は、リドと申します。バーグ様と研究を同じくする者です」

 つまり、変わり者だってことね。

「私はバーグの姪で、アンバーと申します。叔父ともう一人、誘拐されたのね」

「アンバーさん、助けてくださりありがとうございます。誘拐されたのはダリアという女性で、あいつらは金を要求するのだと言っていました、自分たちは目隠しをされて、それで、どこに逃げたかとかは、その、あの……」

 焦ってしどろもどろになり始めるリド君を落ち着かせながら、私は状況を整理することにした。そして机に無造作に置かれている何か可笑しな暗号が書かれた紙の裏面を使って、時系列をまとめていく。

 その間、騎士の彼は足跡が裏口に繋がっているようだと言って、外を見に行った。

 まさか、こんなことになるなんて。中年男性と若い女性を誘拐して、家から身代金を要求する予定だとは。

 執事がほっとしたのか、少し陽気になって、たまたま私がここにやって来たから助かったと喜んでいた。

 たまたま私が居合わせたから?

 この発想に違和感を感じるのはなぜだろう。


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