表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

七走一坐

作者: 夕立

 私は走っている。



 そんな私の目にとある掲示板が飛び込んできた。

 町内会の連絡事項や宗教のありがたい一言を張り付けてあるアレだ。

 ここは私の居住地ではないが、よく通るので、いつも軽く目は通している。

 宗教の一言が変わったようだ。



 私は走っている。



 新しい紙には『七走一坐(しちそういちざ)』と大きく書かれていた。

 小ぶりな字でコメントも添えられている。

 止まって見つめ直してみなければ、自分がどんな走り方をしていたのか、どこに向かって走っているのか見えない。と。

 文章はもう少し続いていたが、これ以上読めなかった。



 私は走っている。



 止まれという天の啓示だろうか。

 いや、ただの偶然だろう。



 私は走っている。



 七走一坐。

 興味深い言葉だと思う。

 たしかに、走っている最中は周囲をあまり見ていない。

 後ろや横をしっかり観察する余裕ができるのは、止まっている時だけだ。

 一度止まると書いて「正しい」という漢字になる。と、昔どこかで聞いた気がする。

 なるほど。立ち止まって見直せば、来た道が正しかったのか、これからどう進むべきかがわかるだろう。



 私は走っている。



 ただ、今の私に限っては、来た道が間違っていたのはわかっている。

 仕事終わりに同僚と飲みに繰り出したのが過ちの始まりだ。それも、上司から強引に飯に引っ張られてと妻に嘘をついて。

 そんなに遅くはならないはず、と、彼女への連絡に無意識に付け足したのは、私の深層心理が警告を発していたのかもしれない。


 21時過ぎに妻から「まだ帰ってこないの? ケーキ待ってるんだけど」と連絡が来た。

 同時に、妻の誕生日だったことに私は気付いて、血の気が引いた。

 我が家では、妻の誕生日に私がケーキと花束を買って帰るのが恒例行事となっていたから。そうして、家族で食卓を囲むのだ。



 私は走っている。



 今年は私の帰りがあまりに遅いため、子供達と妻は飯だけは先に食べたらしい。

 しかし、皆で健気に私(の買ってくるケーキ)を待ってくれている。

 上司との飲みニケーションを早々に切り上げて帰ってくると信じて。

 すまない妻子よ。実はただの飲み会です。再雇用爺への不満が溜まってたんです。ちょい飲みのつもりが、愚痴大会が盛り上がりすぎてうっかり時間を忘れたんです。



 私は走っている。



 閉店ギリギリのケーキ屋でケーキは手に入れた。

 花束は入手できなかったけれど、これまた閉店間際の店でハーバリウムを買えた。生花ではないけれど、たまには良いだろう。

 あとは日付が変わる前に帰宅できればきっと許される。


 そんな時、私は足をもつれさせて転んだ。

 道路に落下したケーキ箱のたてた渇いた音が心をえぐる。

 私は泣いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 七走一坐の深さに比べて、自業自得で走らざるを得ない状況に追い込まれているだけ、というしょうもなさ……(笑)。 希望の花〜♪ 止まるんじゃねえぞ!(バックミュージックはフリージア)
[一言]  読ませていただきました。 ぐおっ! オチが切ない。 だけど、だけど、そんな時ってあるよね。 お父さんの頑張り伝わるといいな。 ・・・でも、日付前にって考えている時点でアウトかな(笑)。…
[良い点] なんとも、主人公よ、奥さんの誕生日は忘れちゃダメだよ!Σ( ̄□ ̄;) でも、日頃の鬱憤がたまりすぎて疲れすぎてる気持ちもわかるから、最後の転んだシーン胸がグサッと傷みました…… もっといき…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ