ドッキリじゃない?
毎日、朝の七時に家を出て、すし詰め状態の電車に乗る。
会社に着いた早々に部長に数字が足りないと愚痴られ、顧客リストを頼りに営業電話に精を出す。午後には、大学の同期で大手メーカーに勤めている友人と仕事の打合せだ。
「お前まだ、会社辞めないんだな。もう転職してもいいんじゃないか? 他に良い会社あるだろうに。俺は来月、この会社を辞めるんでな。こんなクソみたいな会社一秒でで、もう居たくないんだ」
打合せの後、友人である正樹と喫煙室で一服しながら、ぶちゃけトークだ。
奴も、大手メーカーで給料が良いとは言え、俺とは非にならないパワハラを受けている。自分のミスが部下のせい、盾付けば徹底的に足を引っ張るように仕事を山積みにしてくる奴がいるのだ。
どこ行っても我が身可愛さ故に、部下や外注業者に責任を押し付け、必須に保身を図るクソしかいない。今の日本社会の縮図だからな……しょうがないよな。
善人ぶったら負け。
クソ共の格好の餌にされ、人生終了なのさ……。
こんなクソみたいな人生なら、いっそ死んでどこかこの世界でない所に生まれ変わりたい。
正樹の愚痴に感化され、俺もちょっと過激な事を考えてしまった。
死ぬ勇気なんて、俺にはない。
仕事が終わり、深夜に帰宅した。何故か部屋に灯りが付いている事に気付く。
あれ? 電気消し忘れてたっけ?
部屋の前に着き鍵を刺すと、スカッとした感触。鍵が掛かっていない。
おいおい、鍵まで掛け忘れかよ……今日は、どうかしてるな俺。
ドアを開けて部屋に入ったが、今朝と様子は変わっていないようだ。とりあえず、安心ってところだな。とは言え、こんな男やもめの部屋だ。盗られて困る物なんて、エロ動画満載のパソコンくらいか……。それもちゃんと置いてあるし問題ない。
冷蔵庫から無造作にビールを出し、一気に喉へ流し込み、今日一日の自分を労う。
血流が一気に上がり、身体が熱くなる。あーこのアルコールが回っていく感じ最高だな。
最高なはずなのに、呼吸が苦しい……背中から強烈な痛みが走る。
呼吸がままならず、咳き込むと辺りに赤い鮮血が飛び散るのが見えた。
えっ、何、俺、血を吐いてる?
何で? ちょっと、まて。直ぐに救急車呼ばないと。これヤバいでしょ。
そう思い振り向こうとしたところで、俺の意識は完全に途絶えてしまった。
――意識が薄っすらと醒めていく。
あぁ? 本当に何だったんだ? マジ背中痛すぎたんですけど。
背中をさすってみたが、特に異常はない。
身体を起こし、血の跡を確認しようと目を見開いて自分の手をみる。
ん? なんかやたらゴツイ手だな? 緑色の腕ってなんだ?
俺はまだ夢でもみてんのか?
咄嗟に頬を手で叩いて確認してみる。
バゴッ!
鈍い音と強すぎたせいで頭がくらくらするわ。
すげぇ痛い……夢じゃないのか……。
おいおい、俺どうなっちまったんだよ。
腹筋は六つに割れ、胸板も厚い、腕も脚もデカい丸太のように太くてゴツゴツだ。
顔は、目鼻口は付いててほっとしたが、歯がやたら鋭いのだが……アメコミの超人かよ!
思わず自分に突っ込みを入れてしまった。
おまけに、俺の居る場所がどこかの穴倉なんだけど?
俺の部屋はどこいったの?
しばらく、辺りをうろうろしてみたが、雑草と変な虫がいるくらいだ。
コンビニも店もない、当然街並みなんてどこにも見当たらない……人もいない……。
マジ、俺どうなっちまったんだよ!
「ウォォォォォォッ!」
おぉぉ、ヤベェ叫び声聞こえて来たし、とりあえず逃げないとあぶねぇな!
「ウゥゥォォォォ!」
ヤベェ、めちゃ近くに来てる?
「ウゥゥゥォォッ!」
いや、すぐ側だ。どこだ、どこに居る?
「イルナラスガタヲ、ミセロヤ!」
ん……、この声は……俺?
まさか……そう思い、何度か声を出してみる……俺だ、俺の声だ。
愛らしい俺の声が、こんなしゃがれた野太い声になっているなんて。俺、どこかの秘密結社に改造手術でも受けたんか?
いくら何でも変わりすぎだろ!
自分の身体を見ながら悲嘆にくれ、しばらく茫然と座り込んだ。
――座り込んで、どのくらい時間が経ったのかは分からない……。
ずっと何も食べていないので、空腹で倒れそうだ。
ここに食べ物はないのか? そう思い、ふらふらと洞窟の中で食べられそうな物を探す。
虫は流石に食べれねぇな……草か……いくら食べても腹が膨れる気がしないぞ。
と、天井を見上げると拳大くらいデカいクモがいた。
おっ、あれなら焼いて食えるんじゃないか?
咄嗟に、ジャンプして蜘蛛を鷲掴みにして捕まえる。
蜘蛛の脚をブチブチ千切り、そのまま口に入れた。
……今、俺、何やった?
蜘蛛を手掴みした上に、そのまま食べたよな? はっ? 意味わかんねぇんだけど? 気のせいだよな……。
「ウボボォッ!」
嗚咽を出しながら、飲み込んだ蜘蛛を吐きだそうとしたが出てこない。
臭い唾液が、地面に触れるとジュッと音がし煙が出る。
は? 地面が涎で溶けたんですけど? 本当に、本当に、俺の身体どうなってんだよ!
「ウゥォォォォォォッ! マジデ、オレノカラダカエセヨ!」
ますます、自分の異変に混乱し、辺りにある物へ八つ当たりするように殴り続けた。
完全に粉砕された岩や、大きな穴が出来た壁を見て血の気が引いていく。
こんなの俺じゃない。俺はこんな事が出来るような人間じゃなかった……。
「ウォォォッ!」
ドゴッ!
両手を床に何度も叩きつけながら叫び、嘆き続けた……。
「いた! 薄汚く醜い蟲毒の洞窟の化物よ! 皆の者、奴が怯んでいる今は好機! 掛れ!」
えっ? 人の声? 助かる!
「オーイ! オレハココダ!」
「姫君、奴が威嚇してきております、ここは危険ですお下がりください」
「いえ、私もエレスティアーナ国の後継者のひとり。ここで戦果を上げなくては、お父様に顔向けできません!」
うわー、すげぇ綺麗な人だなぁ……。
久々に人と出会えた事と、美しい女性を見かけた事で少し塞いでいた気持ちが晴れやかになった。
「オーイ! タスケニキテクレタノカ! オナカガスイテイルカラ、ナニカタベタインダケド!」
「抜け抜けと、我らを食べたいだと! 者ども突撃!」
いや、何か食べる物をくださいと……人食いじゃないんですから、何言ってんすか!
中世風の鎧甲冑に身を包んだ人達が、一斉に俺に剣や斧を向け振りかぶってくる。
おいおい、殺す気かよ? そんなの当たったら死ぬよ?
ガチンッ!
そう思った矢先に、斧が俺の身体に当たり弾けた。
あれ、何ともないな……玩具の斧とか? もしかしてこれってドッキリかな?
その後も、騎士風の人達は剣や斧、槍を俺に振りかぶっては弾かれ、終いには折れ曲がって使い物にならなっていった。
「くそう、物理ではダメか。魔法隊、準備は良いか!」
騎士風のひとりが叫ぶと、後ろにいた人達から火の球や水色の光が灯った。
おぉ、なんか凄い綺麗じゃない。
そのまま、こちら目掛けて飛んでくる……。
はっ? そんなもの当たったら、マジで火傷すんじゃん。もういい加減にしろよ!
変な身体になって、こんな鬱蒼とした場所で数日も過ごした事にイライラは極限だった。
「ジョウダンハヤメロ!」
大きな火の球やら水色の光に、拳で叩いて跳ね返した。
おぉ? 俺マジで凄いな。
跳ね返された火の玉達が、さっきまで自分を叩いてきた人へ向かって行き着弾した。
ボゴゴゴゴッ!
轟音と爆風が起き、思わず腕で顔を防いだ。
あんなもの俺に当てようとしたのかよ! めちゃくちゃだなマジで……。
爆風が収まり、辺りを見回すとこんがり焼けた何ともいい匂いがする。
少し涎が出てきたのを、腕で拭った。
さっきまで群がっていた人達は倒れ伏し、ピクリともしない……こっこれは……死んでる?
人が目の前で沢山死んだ?
嘘だろ? これドッキリだって。
「オイ、シッカリシヨロ! ナニタオレテンダヨ」
ひとりひとり声を掛けて行ったが、誰も起き上がらなかった。
どうしてこんな事に……。
人の焦げた匂いを嗅いで、いい匂いと思った自分が気持ち悪かった。
「うっ、うぅ……」
ぬ? 生きている人がいる? 声のする方へ急ぎ向かって行くと、さきほど見かけた女性が数人の男に守られるように倒れていた。
彼女に覆いかぶさっていた人達は、残念ながら既に息絶えている。
彼らが護ろうとした女性だけでも助けないと……そう思い、覆いかぶさる人達をどけていった。
意識は無いが、少しだけ擦り傷を負っただけの綺麗な女性。
目の前の凄惨な光景は見せられないと思い、彼女を腕に抱いてその場を離れた。
彼女が意識を覚ました時に、自分の事やこの状況を聞かせてもらわないと……。
大勢の人が俺が跳ね返した火の玉で死んだ。
でも、あれが俺に当たっていたら、俺が死んだかもしれない。
まったく事情が呑み込めないまま、俺は、鬱蒼とした洞窟を進んでいった。