Time Flies
それは突然だった。
クリスティーナ公爵家。それが私の家だった。豪華絢爛な家、綺麗な庭、支えてくれる沢山の使用人、美しい母、たくましい父、可愛らしい弟。それが私の全てだった。あの日までは……。
「ルリ様ー!お食事に致しましょう」
「はーい!」
ルリ・クリスティーナ。これが私の名前だった。母譲りの瑠璃色の髪と目。父に似た端正な顔立ちと白い肌。白いドレスが髪色を際立たせていた。
ここはどこにでもある普通の家族。幸せと笑顔でいっぱいの家。
「ルリ、今日は何の勉強をしたんだい?」
「ダンスよ。上手だって先生が褒めてくれたわ」
「それは良かった」
「ノインはどうだった?」
「剣の稽古だった。僕も先生から褒められたよ」
「まあ!二人ともすごいわ!」
父と母はよく褒めてくれた。私やノインが笑うと一緒に笑ってくれた。弟のノインは父譲りのプラチナブロンドの髪と目。母に似た端正で優しそうな顔。赤いベストと白いブラウスが彼を際立たせていた。私はノインが大好きだった。こんな日々が続くんだと思ってたある日。
私が偶然友人の家に行っている時、家が何者かに襲撃された。それはあっという間だったと言う。夜中寝込みを襲われ、しかも父が目障りになるのがわかっていたのか最初に殺したのは父だったと。父はこの国でも有数の騎士だった。腕が立つのを知っていたのだろう。命からがら逃げてきた侍女に今の事情を聞いた。急いで駆けつけたものの後の祭りだった。家を包み込む炎は私達家族の記憶を全て焼き尽くすかのように炎々と燃えていた。私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。全て手遅れだった。
私はその時いたカールトン公爵家の養子となった。
「ルリ、今日からここは君の家だ。好きなようにしていい。遠慮はいらない」
そう言ってカールトン公爵は微笑んだ。カールトン公爵いや、父は養子の私にもとても優しくしてくれた。元から娘のエリーナの友人だったというのもあるのかもしれないが。エリーナはブラウン色の髪に草原のような緑色の目。ブラウン色の髪は父譲りで、緑色の目は母譲りだ。母似の大きい目に、小さい顔。可愛らしく女性の理想像のような人。父も母も友人であり姉であるエリーナも優しかった。
私はこの家族に何か恩返しをしなければならないと思った。優しさを仇で返すようなことは決してしてはならないと。
父も母も友人であり姉であるエリーナも優しかった。
私はこの家族に何か恩返しをしなければならないと思った。優しさを仇で返すようなことは決してしてはならないと。
カールトン家に来て初めての夜。疲れていた私はすぐに眠りについた。外は強い雨が降っていた。
強い一筋の落雷が落ちたとき、私は前世を思い出した。私の前世は織田信長の小姓をしていた。そう、前世の私の名前は森蘭丸。
これは本能寺の変。
「信長様!お逃げください!時期にこちらにも敵が参ります。私が秘密裏に作った道がございます。信長様の部屋にござますからどうぞ中へ!早く!」
「もうよい」
「え?」
「もうよいのだ。ここまで敵が来てしまっては城を抜け出したとしてもそう遠くには逃げられまい。神が余
はここまでと仰っているのだ」
「しかし!」
「ならば!余は戦おう!この名に恥じぬよう。そして最後まで共にいると言った小姓のためにのう」
そう言って信長様は私に笑顔をくれた。
「信長様!」
それだけ告げると信長様は刀を構えた。
「織田信長!覚悟!」
信長様は掛け声と共に部屋に入り込んでくる敵へ向かった。
私も慌てて応戦する。目の前の敵を倒し信長様に加勢をしようとしたその時、私の目に飛び込んできたのは左胸に敵の刀の刺さった信長様だった。
「がはっっ!」
血を吐くと同時に地面に倒れてゆく信長様。私は狂った。
「あああああああああああーーーー!!!!!!!」
自暴自棄になったのだ。目の前の敵をいつものような綺麗な切り方ではなく、見るも無残な姿に切り刻んでいた。手や服が血で赤黒く染まり、畳み一面に飛び散っていたが気づかなかった。首だけは討ち取らせまいと信長様の前にいた敵の首を切った。気づいたら部屋に残っていた敵の首を全部切っていた。でも、そんなことはどうでもよかった。自分の目の前で自分の主を殺された。自分の命をかけてでも一番守らなければならない方を自分の意識があるうちに殺されてしまった。自分が情けなさすぎて涙も出なかった。悔しいのに悔しすぎて何もできなかった。主の遺体を目の前にどうすればいいか分からなかった。だから私は
「今参ります。我が最愛の主、信長様」
信長様の横で信長様と同じところに刀を差し、同じ格好で死んだ。唯一違うところは私が信長様の手を握っていたことだろう。焼けて城が崩れてゆく音を意識が朦朧とした状態で聞いた。それが私の最期の記憶だ。
「さあ、今度の私はどう生きる?守りたいものを守り抜けるか?期待している。我が主のためにも」
目が覚めたらカールトン家の部屋だった。あまりにも鮮明だったから驚いた。前世の記憶だから当然のなのかもしれない。まだ侍女も来ない朝早くに起きて、鏡の前に立った。父と母と弟に綺麗だと褒めてもらった瑠璃色の髪。公爵家の娘として当たり前の腰まである髪。私はそれを耳の上まで切った。白色のワンピースに瑠璃色の髪がパラパラと落ちてゆく。切り終わってハサミを机の上に置き、決意する。どんな事があろうともカールトン家、私の家族だけは絶対に守ると。
朝、私の姿を見て侍女のカザナが手に持っていたものを全て落とした。
「ルリ……様……」
絶句したような顔をしたカザナに私は一言だけ言った。
「お父様に話があるの。予定を聞いてきてもらえないかしら?」
「は、はい!ただいま」
カザナは前に話した命かながら逃げてきて生き残ったたくましい侍女だ。元から私付きの侍女だったため、私の今の言葉に何か重大な事が含まれているのは察しがついたのだろう。
「本日の昼食前、旦那様がお部屋でお待ちしております」
こうしてこの覚悟を父に告げる目処が立った。
さすがに自分で切ったざんばら髪のまま父に会うわけにはいかないため、カザナに整えてもらっている。
「……本当によろしかったのですか?自慢の御髪でしたのに」
「いいのよ。別に大した事じゃないわ」
「差し出がましいようですが、残念ながら私にはそのようには見えないのです」
(さすが私付きの侍女だ。よくわかっていて隠しようがない)
「……残念ではないと言ったら嘘になるわ。でも後悔はしてないのこれが私の生きる道だから」
カザナは少し悲しいような困ったような顔をした。
「そうですか。ルリ様が決めたのなら何か深い理由があるんでしょうね」
「……理由気にならないの?」
「旦那様の後でよろしいですよ」
そう言ってカザナは微笑んだ。
「はー、なんでもお見通しってわけなのね」
「だってルリ様のことですもの」
(カザナには敵わないな)
「ルリ様、そろそろお時間です」
「そう」
私は自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
「いってきます」
「いってらっしゃいませ」
笑顔のカザナに見送られながら父の部屋へ向かった。