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珍しく食事はろくに喉を通らず、早々に切り上げて「ご馳走さま」と手を合わせ、母親が既に居なくなった洗面台で顔を洗い、歯を磨く。
いくら学校がVRの中といえど、そういうところを怠ると向こうでも態度に出てしまうということを俺は知っている。ソースは友人A。
支度を済ませて二階に戻り、ベッドギアを装着してボイスコマンドを唱える。
「ダイブ・オン!」
ちなみにダイブオンは飛び込むという意味で、仮想空間に潜り込むことを表している。リズミカルな音と共に俺の現実側の意識が遮断され、仮想の世界に引き込まれていく。
「よーっす。昨日はあのあとどうだった?」
目を開くと見知った顔がそこにいた。
「なぁ」
「ん?」
「俺は昨日何をしていた?」
「は?」
「いや、だから俺は昨日何をしてたか知ってるか?って聞いたんだよ。」
「えーっと、お前、頭大丈夫か?」
幼馴染の京が顔を覗き込んで心配そうに……いや、からかうように俺を見ている。
「いや。記憶が無くてな。カレンダーを見る限りそれまでの記憶はあるのに、何故か昨日と一昨日だけ自分がどこにいて何をしていたのか覚えてないんだ」
「あー、それはそれは。遂に流星にもそういう時代が来てしまわれたか」
ひとしきり痛そうな物を見る目で睨めたあと、何かが弾けたかニシシシシと腹で笑う彼女。理由はもう分かった。お前もそういう目で俺を見るのか。
「それはもういい。既にひとしきり母親にからかわれたとこだ。真面目な話なんだ。本当に記憶がない。ほら、俺も研究者の端くれとしてこういうのは「まいっか」で割り切れないんだよ」
「んー、よく分からんが分かった。とりあえず教えてやるよ。お前のクラスの奴から聞いたんだけど、飯を食べ終わってからいきなり食堂から運動場突っ切って、裏の道路の方に走っていったってさ。アタシはそのあとのことが気になっててな。青春ダッシュでもしたかったのか?」
「……」
「あー、これはダメだな」
俺が顎に手をあて一度考え出すと、論証を導き出すなり解決策が出るか、そもそもそれが無いのか悟る。そのどちらかに辿り着くまで他人の声が入らなくなるというのを、付き合いの長い京は知っている。
俺が運動場裏の道路に向かって走っていった?何故だ?我が事ながら意味が分からない。
そもそも俺は基本走るという行為が嫌いであるため、その俺が走るということは余程の何かがあったのだろう。
「それで、その時俺は何か言ってたか聞いてるか?」
「うーん、何も言わず無言でダッシュしていったって聞いてるぞ」
「そうか。うーん……わからん」
「何かあったならアタシが話、聞くぞ?」
「大丈夫だ。何があったか分からないから話ようもないしな。とりあえず昼休みにそこに言ってみるわ」
「ならアタシも行く」
特に断る理由も無かったので頷いておいた。




