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「どうしたんですか?グレン隊長」
基地から出てすぐにアレクから耳打ちされた時と同じような蒼白な顔でその人影を見ていた。
「エミ……なのか?」
その呟かれた言葉は相手に届かずに霧散した。
「エミ?そんな奴いたか?」
特に空気が読めなさそうなアイリスがそう言うと他の二人は首を振った。たっぷり数秒空けてから人影が動いたので反射的に武器に手を添えた。そうして人影が立ち上がり、こちらを向くとまだ建物の影で見にくくはあるが、シルエットが明らかになった。十五歳くらいの女の子だった。
「そうだよ……お兄ちゃん」
「「お兄ちゃん!?」」
影になっていたその人物が一歩踏み出すと、その姿は明るみに出てより鮮明に見えた。その人物は腰の背には短剣を携えていた。再び武器を強く握り直すが、グレンが腕を伸ばして俺を制した。
「なんで……お前……」
グレンの喉は乾ききっていて、しゃがれたガラガラの声が響いていた。
「エミね、お兄ちゃんが居なくて寂しかったよ」
「お前が生きているはずがない……だって……お前は確かにあの時死んだはずだ……」
彼女が死んだ?どういう意味だ?
「うん。あのね……あの時お兄ちゃんがどこかへ行ってしまったあと、知らない男の人に助けて貰ったの。その人は、この世界には死んだ人間を生き返らせることができる装置があるんだって言ってた」
「う、嘘だ……そんなことあるわけない。VWDFの中には死んだ奴も沢山いるんだぞ……誰だ……こんな趣味の悪いことをするのは」
額を抑え、逆の手は震えて今にも握った剣を落としてしまいそうだった。
「お兄ちゃん……エミは……エミはここにいるよ!ほんとにいるよ!」
エミが近付いてグレンの手を取り、その手を自らの胸に触れさせた。その温かさを感じ取ったのか、彼の瞳からほろりと雫が流れていった。
「た、隊長!?」
クレアが焦ってグレンとエミの間に割って入った。
「ねぇ、クレア」
「その顔で喋らないで!エミは死んだのよ!?」
「そう、エミは死んだの。でも今は生きてる!信じてクレア!」
エミが必死になってグレンとクレアから信頼されようとしている。何なんだ?何が起きているんだ?置いていかれてるのは俺だけか?
そんな俺の表情を読み取ったユーリが耳打ちしてきた。
「大丈夫、私も分からないから。ただ、クレアとグレンは私やアイリスよりも古参なの。三十年くらい前に妹を電脳獣の襲撃で亡くしたって聞いたことがある。それも目の前で」
話の流れから察してはいたが、彼女は死んだ。そしてそれは残酷なことに彼らの目の前で起こった事実であるからそれは間違い無いのだろう。その彼女が今目の前に現れた。幽霊でもゾンビでもなく、この仮想世界に温もりを持った俺たちと同じ生身の身体で。
「信じられるはずがないでしょ!」
涙をボロボロと溢し、震えで動かなくなってしまったグレンをエミから遠ざけるため、クレアは彼を引っ張っている。
そんな中エミは両手を重ねて握る。
「悠久の時を越え、我ら竜の民にご加護があらんことを……」
「……!?」
「何故それを……」
「エミは本物のエミだよ」
「信じていいんだな?竜の民の示しに誓って」
「うん」
「隊長!だ、ダメです!」
クレアが必死に抵抗しているが、さっきエミという女の子が言ったあの"コトバ"がどうやら決め手らしかった。グレンはエミの手を取り、その血の流れる体の温かさを先程より深く感じ、彼女を抱きしめた。
「おかえり……エミ」
「ただいま……お兄ちゃん」
お互いが顔をうずめてたっぷり数秒抱き合っているのを見せられて、やや気まずさを俺たちが覚えだした頃、ふと見えたクレアの様子がおかしかった。
「っ……!」
「あ、おい……クレア!あーもう!アタシ様子見てから戻るわ!あとよろしくお二人さん!」
クレアは助走をつけて彼方へと飛び発っていき、それをアイリスが追いかけていった。
これ、どうすりゃいいんだ?
「ごめん、私にも分かるように説明して……」
隣のユーリさんは顔を真っ赤にしてフラフラしている。どうやら目の前の光景の恥ずかしさでショウトしたらしい。
変なものを見せられたが後でアジトの方で隊長をイジるネタが見つかったと思えばいい。そのはずだった……
グシュッ……
トマトの実に勢いよく包丁を突き刺したら、そんな音が鳴るんじゃないか。そんな耳障りの悪いエグい音だった。
「グフッ……カッ……エミ……?」
「お兄ちゃん、やっぱりバカだね」
エミになだれ込む形で倒れていくグレン。ドサリという音と共に地面に衝突すると、彼の周りには赤黒い液体が湖のように広がっていく。
そしてエミの手には血塗られたダガーが握られていた。
「グレン……!お前……おまえええええええぇぇぇ!」
ユーリが怒号と共に突っ込んでいく。剣先が青い膜で覆われた。スキルの発動合図だ。
「おい!落ち着けユーリ!」
「せああああああああぁぁぁ!」
『突進スキル:ダブルブリッド』
ユーリの双剣がエミの喉元を穿とうとする。そこで俺は気味の悪いものを見てしまった。その剣の向かう方向がグニャリと曲がり、ユーリはその体ごと荒地の崩れた建物の方へ吹き飛ばされていった。
「……なんだ今の」
「私のアバタースキル、反射:ミラーフォースよ」
「成る程ね。この世界にもアバタースキルが存在していたとはな」
「ええ。だってあなた達だってゲームの力を使ってるじゃない」
確かに俺たちもDIEを使ってゲーム内アイテムをこの世界に顕現している。
「そうだな。そんなことはどうでもいい。何故うちの隊長を刺した?あんた妹なんだろ?」
「ええ、そうよ。でも目的は殺すことじゃない」
「じゃあお前を倒した後で目的をじっくり聞くとしますか」
太刀に手を添えていつでも抜ける状態だった。だが、それが抜かれることはなかった。
「遅いねぇ」
ドゴッ……
弾丸のようなエミの拳が、肋骨に当たったような鈍い音が体の内側で響いた。
「ゴフッ……」
「まだまだいくよ!」
それが連撃で打ち出され、顔面、腹、腕、脚と全身の骨が砕けていく。ヤベェ、コイツ速いだけじゃない!一撃一撃が鉛のように重い……このままじゃ……
防御すらままならないこの状況をなんとかしなくては、血だらけで倒れているグレンを連れて逃走出来ない。ユーリもユーリでどうなってるのか知れたものじゃない。何か、なにかないのか!この状況を打破する何かが!
チュィィィイイイイイン
何かが俺とエミの間を通り過ぎていった。素早く反応したエミはバク転しながらやや距離を取り、その何かが飛んで来た方向を見やった。おかげで俺は辛くも生き残ることが出来たが、もう体は動く気配はない。正直死んでもおかしくないレベルの重体だった。
薄れゆく景色の中で俺はその何かが飛んで来た方角からライフルを抱えた銀髪の女性、陽炎の先に揺らぐ赤い髪の男と、空色の髪の女性の三人が飛んでくるのを見た。
「ったく……遅ぇんだよ……」
寒気さえする痛む全身をさすっていると、ぼやけた視界に人影が映り込んだ。
『痛いか?痛いよな。俺も痛かったよ。いずれお前も知る時が来る、だから今は眠ってろ』
は……?誰だ……お前は……こんな時に……
訳の分からないことを言う人影に尋ねようとしたが、俺の意識はそこで途絶えた。このあとどうなったのか、あの人影は誰だったのか、俺に知る方法などなかった。




