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「ありがとうございます」

彼に手を引かれて立ち上がり尻の埃を払う。

「さて、改めて今日の任務を伝えるぞ」

彼と向き合う形で左からアイリス、クレア、ユーリ、そして俺と並んで立つ。

「今日の任務だが・・・」

「見回り、だろ」

そこで聞き覚えの無いドスの効いた声がして、全員の視線が注がれた。

「アレク・・・」

その声の主の容貌は十七〜十八歳程度の青年で、真紅の下地に黒のラインが入ったのレザーコートを羽織り、肩から腰にかけて漆黒の鞘に収まる大剣を携えていた。

「グレン、俺もお前のところに同行させろ」

首を鳴らしながら基地の方からこちらに向かってくる。眉にかかるかどうかの真紅の髪をかきあげながら彼は続けた。

「今回はちょっと気になる噂を聞いちまったからよぉ」

「噂?」

グレンが片眉をピクリとさせたのを俺は見逃さなかった。

「ああ、ちょっとな」

「教えられないようなことか?」

「さぁな。だが、お前には関係のないことだ」

「そうか。だが見回りの行動範囲はお前の管轄外だ。そういうことなら断る」

男はあからさまなため息をついてやれやれと首を振った。

「やっぱりそうくるか。ったく相変わらず頭の固ぇ奴だ。分かった、教えるよ」

そう言って赤い髪に混じる白い毛先が、グレンの耳に触れる程の距離で耳打ちする。何を吹き込んでるんだ?

四人が首を捻る中、グレンの首は僅かな角度でコクコクと縦に振られていた。そして・・・

「っ・・・」

突如グレンの表情が淡白なものから蒼白なものに一変した。

「あまり言いたくない理由も分かったろ?」

「そう・・・だな。分かった。同行を認める」

「はぁっ!?」とアイリス。

「へぇ」とクレア。

「おーっ!」とユーリ。

「?」と俺。

「そうこなくっちゃなぁ。やっぱ話せばわかる奴だな。・・・お前は」

なんだ今の間は。

「ああ、そうだな」

顔が硬くなったグレンは次いで言う。

「だが大丈夫なのか?お前の索敵範囲分は」

「人数分の給料払って代わってもらったぜ」

腰にてをあてドヤ顔するアレクなる人物。どうやら先までの威圧するような低い声からは想像出来なかったが、よほどのお調子者らしい。

「なるほど。そういうことなら構わない。ただし同行するからには有事の際は前衛をやらせるからな」

「ったりめえだろ。俺とお前の仲じゃねぇか」

グレンの首に腕を回して肩を組む。

「そんなに仲良くなった覚えはない。そして顔が近いんだよ、気持ち悪い」

「ってなわけでとりあえず今日一日はよろしくな、お前ら」

「「はい!」」

とアイリス、クレア、ユーリが敬礼しているが、こいつそんな偉い奴なのか?遅れて敬礼するとアレクが目を細くして俺の方を凝視し、人差し指を突き立てた。

「誰だ、コイツ。」

「あ、ああ。今日から入隊したセツナだ。って、お前また朝礼サボりやがったな」

「あんなもんに行ってられるかってんだ。任務以外のことは俺は俺のやり方でやる。そんなことよりてめぇ・・・」

カツカツと歩いてくる、というか歩き方が先程と変わって突如ガニ股になり肩幅をきかせてきているのは気のせいだろうか。そのまま中腰になり斜め下から物凄い目力で睨みをかましてくる。一体なんなんだこの絶滅種だと思われたチンピラ風情は。

「新人のセツナだぁ?ここでは新人だろうがチンパンジーだろうが関係ねぇ。死ぬ時は死ぬ。辞めるなら今のうちだぞ。あ?」

「あ・・・あの・・・」

俺が対応に困っているとグレンがアレクの肩を引いた。

「その辺にしておけ。悪いな、コイツなりに新人を気遣う挨拶みたいなもんなんだ。根はいいやつなんだがな」

「は、はぁ」

「ちげーわボケ!」

「話を戻そう。今日の任務はモンスターがこの世界に出てこないかの見回りだ。といってもただの見回りだけでは訓練にならないから、今日は自分の進む道を覚えて、次回からはDIEの戦闘シミュレーションシステムを利用して現場訓練をしながら任務を遂行してもらう」

「はい!」

「じゃ、行こうか」

しばらくしてDIEのプログラムを操作による準備を整え終え、腰を上げたグレンは空を仰いだ。

「珍しく曇っているな」

現実と違ってあまり曇ることのないこの世界での、そんな曇天の中俺達は移動ポータルから目的地へと飛んだ。

そこは現実世界ではなかなかお目にかかることのない廃墟のような場所で、閑散とした雰囲気を醸し出していた。

「見回りといっても人っ子一人としていなさそうですけどね。そういえば強制ログアウトってもう解除されているんですか?」

「ああ。ここは元々人がいない場所だから気付けないかもしれないが、既に解除されたとの報告が今朝入った」

「そうですか。良かった」

京達はこの世界にまたやってくると思うとホッとして安堵の息が漏れた。その時グレンの横顔に微笑みが見えた気がした。

「俺達の隊はここのポータルから向こうにあるポータルまで約十五キロの見回りを担当している。俺を中心に三キロずつ横一列に広がって真っ直ぐ進むだけだ。理解したか?」

「じゅ・・・十五キロ・・・分かりました」

「よく文句を飲み下したな。そこで、このDIEってのは通信手段にも使えるから、何かあればボイスアクションで【通信】と呼び起こして貰えれば機能するはずだ」

「分かりました」

「それでアレク、お前はどうする?」

グレンが振り返ると既にアレクは背中から伸びる翼を広げやや宙に浮いており、今にも飛び立たんとする所だった。

「悪いけど自由行動にさせて貰うわ。じゃねぇとここに来た意味がねぇ」

「そうか、わかった。例の件はお前に任せた。俺が抜けたらリーダーがいなくなって万が一の時の生還率が下がってしまうからな」

「わぁってるよ。じゃあな」

それだけ言い残してアレクは一瞬にして空の彼方へと消えていった。

「よし、各自まずは所定の位置につけ。散開!」

命令を終えた後グレンはユーリに目配せし、ユーリはウインクで返した。

「君は私の隣だから案内してあげるね」

「うん、ありがとう」

いきなりの命令で若干おどおどしていた俺の隣にユーリが来て胸を撫で下ろす。

「もう大丈夫みたいだね」

「そう見えるかな。いつまでもへこんでられないからね」

「そう来なくっちゃ!」

ユーリにその様子に見られたのならこれはクレアのおかげかな。と欠伸をしながらスタート地点に向けて飛んでいくクレアの姿に、心の中で深く頭を下げた。

「よし、ここでアイリスから三キロ地点だね。もうDIEのマップは把握した?」

「うん、大丈夫」

「よし、じゃあ君はこのDIE越しに見える白いラインに沿って真っ直ぐ歩くだけ。勿論見回りなんだから左右を見て何かいないか確認してね」

「了解」

「じゃあ私はもう三キロ向こうにいるから何か分からないこととか、異常があればこれで聞いてね」

自分のDIEをコンコンと指で叩き、とびきりの笑顔で手を振って走り去って行った。なんて可愛いんだろう。

そこまでは良かった。ユーリがくれた笑顔に浮かれながらしばらくは歩けた。だが、一人でポツポツと歩き続けること早一時間・・・苦痛だ。かなりしんどい。次回からは戦闘訓練も兼ねるからまだマシにはなるんだろうが。今回はそれがない分・・・苦痛だ。

だが文句を言っても仕方ない。それが食べていくためにやるべき仕事なのだから。そうして俺たち学生は大人になっていくのだろう。まったく・・・嫌だねぇ。

それは置いといて、このDIEで会話しながらの歩行出来ればいいんだが・・・それは先程ここまでくる中でユーリに質問した際にNGが出された。他の皆は戦闘訓練シミュレーションで忙しいんだとか。

「といっても・・・十五キロは長いって・・・」

果てしなく続いているようにしか見えない廃墟が余計に虚しくさせる。

『それでは任務開始だ』

『了解』

グレンの声が耳元に装着したDIEから響く。それからただひたすら歩き続けた。

ひたすら・・・ひたすら・・・

・・・・・・・・

・・・・


もうどれくらい歩いただろうか。ユーリが教えてくれたDIEの機能の中に、装着すると見える仮想の視界に浮かぶ右上に表示された現在の進行距離を確認すると、まだ三キロちょっとしか進んではいなかった。分かってはいたが思った以上にしんどい。

もう嫌だ、そう心の声が漏れそうになったその瞬間だった。


ジジジジジジジ・・・


耳障りな奇怪な音が耳の奥でこだまする。この耳鳴りはまさか・・・

背筋に流れる凍てついた汗、高速で打ち鳴らされるドラムのように拍動する心臓の音。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


音はどんどん大きくなっていく。

来る!!


ガシャアアアアアアアアン!


《ゴギャオオオオオオオオオオオオオンンン!》


俺のすぐ後ろに立つ廃墟の屋上を踏み潰すかのように、天からモンスターが降ってきた。

「ま、マジで来やがった!」

顔面は狐のように凛々しく、色はアイボリーホワイトの中に時折薄く光る赤いラインが刻まれている。

胴体は象よりも遥かに大きく、そこから生える腕は獅子よりも筋骨隆々で、いかにも強そうな印象を受ける。敵は既にこちらに気付いているようで、痛い程の圧力をビシビシ飛ばして来ていた。

「通信!こちらセツナ!東7ポイントA1347地点にて狐型モンスターに遭遇!恐らく二〜三十メートル級。至急応援を要請する!」

先程ユーリに教えて貰っていた伝達方法をなんとか噛まずに言うことが出来た。だがそんな些細なことに安堵する暇も無いのは、巨大な敵がこちらを見下ろすその真紅にギラついた両目から一瞬でも目を離せば「死ぬ」と直感したからだ。

『こちらグレン。こっちも出やがった。すまないがコイツを片付けてから向かう!逃げても構わない!絶対死ぬな!』

『こちらアイリス!ごめん、こっちも無理だ!検討祈る!』

『こちらクレア、同じくですわ』

『こちらユーリ、うわぁ!こっちも出た!しかも沢山!もぉー!どうなってるの!?』

全員の前に電脳獣が現れた!!?まさか・・・そんなことがあり得るのか・・・?

皆はいつもこんな状況の中戦い、生き残ってきたのか・・・?ようやくこの世界で生きていこうとする活力が揺らいでいくのを感じた。それが災いしたのか視界が霞んでいき、足がすくんで片膝をついてしまう。

「しまっ・・・」

そんな隙をこの強敵が見逃すはずもない。電脳獣は廃墟塔からその逞しい筋肉による跳躍力で、一瞬にして禍々しい鋭爪が俺の目の前に迫っていた。

ユーリがユニコーンに襲われたのが走馬灯のように蘇る。赤黒く染まるべったりとした彼女の薄茶色の髪、動かなくなった腕、無数の切り傷・・・

ガタガタと震えが止まらなくなり、体が硬直して逃げることさえ叶わない。

俺はぎゅっと目を瞑り、死を覚悟した。

視界が暗くなるその最後に、天から降り注ぐ赤い彗星のような光の軌跡を見た気がした。

「だからやめとけっつったんだよ」


ガキイイイイイィイイイィイイイン!


金属音がしておそるおそる目を開くと、そこには紅をベースとして黒のラインが刻まれたコート、火花を散らすオレンジ色のライトエフェクトに包まれた紅蓮の大剣、そして真紅でありながらよく見ると毛先だけ雪のように白い髪が特徴的な男が、電脳獣の爪から俺を守ってくれていた。

「おい、さっさと退け!クソ雑魚野郎が!戦えねぇなら基地へ戻れ!」

「アレク・・・さん」

「ひよってる場合じゃねぇだろ!逃げるか戦うかさっさと決めろ!」

彼の力を持ってしても簡単にモンスターを薙ぎ払うことは敵わないらしい。拮抗した力の競り合いが続いている。

「俺は・・・」

ユーリが襲われた姿が再び脳裏をかすめた。今度は吐き気を催すほど強く、鋭利に俺の脳を刺す。血だらけの彼女、蒼白な顔面。『死』というものを初めて身近に感じたあの出来事が俺の手元を震わせる。

俺が戦って彼女を守る、そう誓ったはずなのに。俺は・・・また逃げるのか?ここで逃げていいのか?逃げても皆は責めないのだろう。だが自分は?後悔はしないのか?いいや、絶対に後悔する。

もし仮にここでユーリを失いでもしたら、俺は二度と立ち直れないだろう。人には必ず初めてが存在する。ではそれはいつなのか。

「そんなの今しかないだろ!」

湧き上がる闘志が空間を歪ませる程の熱くたぎるオーラとなって俺の体全体から放出される。

何をやってるんだ俺は。こんな姿、ユーリには見せられないな。歯を食いしばり折れた膝を持ち上げる。

「俺は・・・守ってみせる!」

「遅えんだよクソ野郎が」

そんな悪口を言う彼はどこか微笑んでいるように見えた。

「サモン!!レックスデストラクション 」

呼び出しに反応したDIEからレーザー光線が飛び交い、魔法陣を描いていく。その中心からエメラルド色に光る俺の相棒、レックスデストラクションが姿を現した。それを一気に引き抜く。

「ありがとうございます!もう大丈夫です!俺、戦えます!」

ようやく視界がクリアに見えるようになってきた。ここからだ。ここから俺は彼女を護れるくらい強くなってやる!

改めてそう心に刻むのだった。

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