Episode 8:夢創家
「夢創家というのは、希望と想いを具現化し、それを光装――影獣を討伐するための武装として変換できる者の総称だ」
若干きまり悪そうに頭を掻きながら、ナイトレイが口を開いた。
「盲の砂を降らせる者、雨謳い……地域や言語によって呼び方は様々だけど、少なくとも月夜の女王は僕達を夢創家と呼んだ」
「月夜の女王?」
ヘンリエッタは首をかしげる。おとぎ話の中の存在だと思っていた人物の名を、ナイトレイがまるで知り合いであるかのように口にしたのが少し不思議だった。
「そう。女王は実在する。“街”の人達がおとぎ話だと思っているだけでね」
「ナイトレイは会ったことがあるの?」
「あるよ」
「でも世界を作った人なんでしょう?」
「僕が彼女と初めて出会ったのはほんの10年ほど前だし、その時彼女はまだ幼い少女だったよ」
「うーん?」
唸るヘンリエッタを見て、ギュスターヴが苦笑する。
「いじめんなよ」
「いじめてない。
……話を戻そうか。僕らの能力は女王から賜ったものだ。他の能力者がどうかは知らないけれど、基本的に能力の“在り方”は女王の心に起因する。
例えば、僕の能力はその在り方を“正義”としている。君にも見せた、あの剣だ。僕自身が正義によってその刃を振るう限り、剣は必ず勝利を呼び込んでくれる。そう、定義されているんだ」
言って、ナイトレイはギュスターヴに目を向ける。それを受けたギュスターヴが言葉を引き継いだ。
「俺の能力の在り方は“愛”だ。俺が愛に生き、愛を忘れない限り、悪は常に打ち砕かれる。ロマンチックだねぇ」
「うるさい」
「し、辛辣……!」
大げさに胸を押さえるギュスターヴを黙殺してナイトレイはそれで、と続ける。
「確か、夢創家はあと一人いる筈だ。もしかしたら他にもいるかもしれないのだけれど」
「三人だけ?」
「僕の知っている限りはね。ただ、もう一人がどんな姿でどんな能力かは知らないんだ」
「俺は知ってる」
含み笑いをするギュスターヴの脛をナイトレイが思いっきり蹴った。
ふうん、と相槌を打って、ヘンリエッタはナイトレイに問う。
「その“光装”って、特別な人しか使えないの? えっと、その、練習したらできるとか、そういう意味で」
「え」
ナイトレイの目が暗がりの猫のように丸くなった。
「そ、れは……つまり、君が、光装を、使いたいと?」
狼狽えたように聞き返される。それほどに突飛なことを言っただろうか。
「そうよ。勿論、できればの話なのだけれど。
これからずっと、何かある度にナイトレイに守ってもらうのは申し訳無いもの。私も貴方達みたいに戦えた方がいいと思って……。無理かしら?」
「えっ、と……」
困惑しきりのナイトレイに代わるように、ギュスターヴが口を開いた。
「いや、無理だろ」
「ギュスト!」
声を荒げるナイトレイにだって、と口をとがらせ、ギュスターヴは言葉を続ける。
「無理なもんは無理だろ。俺達とヘンリエッタはそもそも作りが違うんだからさ」
「作り?」
今度はヘンリエッタが目を丸くする番だった。二人とも自分と同じ人間に見えるが、もしやそうではないのだろうか。例えば、妖精とか。
「なんといえばいいか……」
ナイトレイが言いよどむ。決定的な言葉を告げないために別の言葉を探っている、そんな雰囲気だ。
「ヘンリエッタは、僕達とは違う。それは変えようのない事実だ。だから光装も使えない。でも、それは悪い違いじゃないんだ。
髪の色が違う、肌の色が違う、性別が違う、名前が違う。
その程度の、それと同じ程度の違いでしかない」
だから、と首にかかったストラを撫でる。彼が不安な時の癖なのだろうとヘンリエッタは思った。
「だから、君が守られることを気に病む必要はないんだ。
“夢創家”が能力を持たない人を守るのは当然のことだし、僕やギュストが君を守るのは、それが自分にとって最善であるからだ。
ヘンリエッタ、ヒトはね。君が思うほど、ヒトのために生きたりはしない。
だからどうか、僕のためにも、君は僕達に守られていてほしい」
だめかな、と尋ねる。
今まで見てきたナイトレイの仕草の中で一番弱々しくて、一番子供じみていた。
それほどまでに自分を案じてくれているのだろう。それとも、自分に光装を使わせたくない理由があるのだろうか。
どちらにせよ、きっとナイトレイが自分に不利益なことをするはずがないと思えた。
それは今までに何度も覚えた不思議な、それでいて懐かしく確信に満ちた感覚だった。