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Episode 7:骨董店『シェヘラザード』

更新が滞ってしまい申し訳ありません。

私生活との兼ね合いで不定期にはなりますがまた更新していきます。

 裏路地から出て大通りを2ブロック分歩き、また別の裏路地に入る。大通りから数えて4軒目。怪しげな店やバーが混在する狭い路地の一角にその店はあった。

 年季の入ったマホガニーの扉には古びた青銅のドアベルと木製のプレートがかけられており、プレートには焼印調で『Sahrzad‎』と彫り込まれている。

 少し曇ったディスプレイの奥には商品だろうか、原色を基調とした色鮮やかな調度が所狭しと積まれている。

「ようこそ、骨董店『シェヘラザード』へ」

 芝居がかった口調で言い、ギュスターヴが扉を開く。からん、と軽快な音を立ててドアベルが鳴った。


「臭い。掃除してるの?」

「してるわ! 香焚いてんだよ!」

 足を踏み入れるなり吐き捨てたナイトレイにギュスターヴが噛み付く。この短時間で二人のやり取りが一種のコミュニケーションだと悟ったヘンリエッタは、気にすることなく店内をきょろきょろと見回す。

「この香り……」

 確かに嗅ぎなれない香りがする。以前クラリッサがくれたアロマよりも自然的な、甘いような、さわやかなような、何とも言えない落ち着く香りだ。店内は外から見た通り金や原色の調度で埋め尽くされており、ちょっとした迷路のようだ。強い色彩と落ち着いた香りが絶妙に調和して、東洋的(オリエンタル)な雰囲気が店内を満たしている。

「サンダルウッドって香だよ。東洋じゃビャクダンとも言うらしい」

 いつの間にか喧嘩(じゃれあい)を終えたらしいギュスターヴがヘンリエッタの独り言に答える。

「東洋? もしかして、街を越えて物のやり取りができるの?」

 その言葉にヘンリエッタは感嘆の声を漏らす。

 己の知る限り、街の外へ物品運送をしている街は無い。運送時に万が一遅れが出て(かげ)(こく)が重なるような事態になれば、荷物どころかそれを運ぶ人間も影獣(オネイロス)に襲われてしまうからだ。

 しかしこの香は、街どころか海を越えて、おとぎ話でしか聞いたことのないような東の国で使われているという。

 ナイトレイ達のように不思議な力を扱う人達が影獣から護衛するのだろうか。いや、この(デイブレイク)(・アンダー)(グラウンド)では影獣が出ないと言っていた。もしかしたらこの街からずっとずっと遠い、この薄紫色の空が続く先に黄金郷と(うた)われた東の国はあるのだろうか。

 きらきらと目を輝かせながら物思いに耽るヘンリエッタ。その様子を見て、ギュスターヴは微笑ましそうにくつくつと喉の奥で笑う。

「この暁闇街は特別でな。俺達みたいな“夢創家“(オーレ・ルゲイエ)の護衛さえあえば他国への行商が可能になる。とはいえ夢創家の数自体少ないから、行商人も数えるほどしかいないが」

「夢創家?」

 初めて聞く言葉だ。ヘンリエッタが目を丸くすると、ギュスターヴはそれ以上に目を丸くしてナイトレイに詰め寄った。

「お、お前、もしかして何にも教えてないのかよ!?」

「必要ないと判断した」

「いやあるだろ必要!」

 またもやぎゃいぎゃいと喧嘩(じゃれあい)をはじめた二人だが、首を捻るヘンリエッタに気づいたギュスターヴが「お前が教えろ!」とナイトレイの向こう脛を蹴り飛ばす。

 痛みに顔をしかめながらも、ナイトレイは「……ごめんね」とヘンリエッタに視線を向けた。

「意地悪していたとかじゃないんだ。本当に君には必要ないと思って教えなかった。

 でも君は隠し事をされるのが嫌いだから、これは悪手だったかもしれない。気分を害したなら謝るよ」

 言い方こそ不遜だが、本当に悪かったと思っているのだろう。手は所在なさげにストラを掴み、いつもの仏頂面も心なしか眉が下がっているように見える。

「大丈夫、なにも気にしていないわ。

 ……よくわからないけれど、私のためを思って教えないでいてくれたのよね」

 ナイトレイは無言で頷く。

 決して長い付き合いではないが、彼に自分を貶めようという気がないのはヘンリエッタにもわかっていた。だからこそ、彼は全くの善意で口を閉ざしていたのだろうとも。

 優しい人だ、と思う傍らで、ふとヘンリエッタはかすかな違和感を覚える。それは本当に微細なもので、しかしどうにも腑に落ちない。

 ――私、ナイトレイに「隠し事が嫌い」って言ったことあったかしら?

 そんな疑問が、少しだけ頭をよぎった。

「百合の花って、先生の国の言葉でなんて言うの?」

 長々と図鑑とにらめっこをしていた自分の言葉に、“先生”はおやおや、と目を丸くする。

「突然どうしたんだい」

「名前はギュスターヴにするんだけど、名字が決まらなくて」

「ああ、名前か。■■■■は先に名字が決まっていたね」

「■■■■は最初からナイトレイだったから」

「そうだったそうだった」

 “先生”はサンタクロースのような髭を揺らしてふぉふぉ、と笑う。

「私の国の言葉では百合は“リス”という。L、i、sでリスだよ」

「リス? きれいな音。じゃあそれにする。ギュスターヴ・リスが名前。決まり!」

 満足して図鑑をぱたん、と閉じる。

 そろりとカーテンの隙間から外を覗けば、白金色の月が昇っている。ちょうど、“起きてもいい”時間だ。


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