Prologue:夢
漆黒の闇。
目を開いても閉じても変わらないような、目を閉じていたほうが明るいような、一寸先すらあやふやなほどの黒だけが広がっている。
何も見えない暗闇の中で、なにかから逃げるようにただただ走り続けていた。
上に上に、不可視の螺旋階段を上って、上り続けて。
靴のかかとと石造りの床がぶつかる硬質な音、それに自分の荒い息遣いだけが響く。永遠のように、円環のように。
「あ、」
ぐらり。
突然、重力が体にのしかかる。踏み出した右足の下に、床は無かった。
少しの浮遊感と、脳内を埋め尽くす「墜ちる」の文字群。
思わず、頭上へと手を伸ばす。
頭では縋るものなど無いと知っていて、それでも体が勝手に救いを求めてしまう。
伸ばした手は空を掻いて、嗚呼きっと、それが最期。
――本当に?
がくん、と体に衝撃が走る。何かに、誰かに手首を掴まれて、そのまま一気に上へと引き上げられる感覚。
そんなこと、あり得るわけがない。誰かが助けてくれたなんて、そんなの、絶対に。
だって、さっきまでそこには誰もいなかった。
何もなくて、誰もいなくて、寂しくて淋しくて、それでもわたしは、走ってきたのに――!
「な、んで」
震える声で問いかけても、何かの、誰かの顔は見えない。
暗闇の中、手首を掴む白い手袋だけが鮮やかに映えて。
「────」
彼/彼女が何かを囁く。囁いて、優しく微笑んだ、気がした。