第二話 佐渡永夢と舞園絵砂
これは俺が異能者学園へ転校する前のことだった。今から思えば舞園絵砂との出会いはある意味、運命的な出会いだったのかもしれない。
俺が舞園絵砂と出会ったのは夏休み中のことだった。その日は夏休みの短期アルバイトで稼いだ給料が銀行口座に振り込まれる給料日で、俺はそのお金を下ろすために日差しが照りつける暑い道を自転車に乗って銀行へと向かっていた。
正午前に銀行に辿り着いて店内へと入る。店の中は冷房で冷やされ、利用者は無料で飲める冷えた水が入ったサーバーがあり、暑い道を汗かきながら自転車で走り、疲れていた俺は銀行内のソファーに座り水を飲みながら涼んでいた。少し休憩を取り、周りを見渡すと正面には黒くて長い髪を二つにわけて三つ編みにして束ねた眼鏡をかけた自分と同い年くらいの少女が座っていた。恐らくその少女も自分と同じように涼んで休憩をしているのであろう。そして顔をよく見てみるとなかなかの美少女だった。
暫く涼んでいると、銀行内にいた人の数は減っていた。時間は正午を少し過ぎ、そろそろ必要な分のお金を下ろして帰ろうとした時のことだった。
バンッ!
突然、何かが弾けるような音が店内で響き渡った。俺はその音に驚き、音が鳴った方向へと視線を移した。
「騒ぐんじゃねぇ!」
俺の視線の先には銀行の受付をしていたお姉さんに銃を突き付け、目出し帽を被ったいかにもな銀行強盗の姿があった。
「今のでコイツが本物だってわかっただろう! さぁ後のことは言わなくてもわかるだろう!?」
強盗が近くにいた男性職員に袋を投げつけ、中にお金を入れるように促した。
「わ、わかりましたので、落ち着いてください」
「うるせぇっ! わかったって言うなら早くしろっ!」
強盗は一人。人質を取りながら周囲を見回してはいるが、客側の方へは監視があまり行き届いてはいない。銃を持った強盗がいる緊張感はあるもののこちらはソファーや観葉植物で死角も多いためそこまで恐ろしくはなかった。それよりもSっ気のある俺は受付のお姉さんの怯えた表情が堪らなくて仕方がなかった。そして、俺の正面に座っていた少女も何やら震えているようだった。こちらも堪らない。
「おいっ! 袋に金を入れるだけでいつまで待たせんだっ! さっさとしろっ!」
強盗は思いの外、時間がかかっていることにイライラし始め銃をもう一度天井の蛍光灯へ向けて撃った。バンッという音と共に蛍光灯が割れ落ちてきた。その様子を見て正面に座り震えていた少女は何か決意を固めたかのような表情で俺に話しかけてきた。
「あ、あのっ! し、初対面の人にこんな状況で言うのもおかしなお願いなのですが……あ、あなたのことをふ、踏ませてくださいっ!」
俺は藪から棒に何を言うんだこいつ、頭おかしいんじゃないかと思った。しかしこの少女の表情はとてもふざけているようではなかった。
「何か考えがあるんだな? 一応聞くけどふざけてはいないよね?」
「は、はいっ!」
少女の揺るがない様子を見て、俺はこの少女のことを信じてみることにした。
「それで俺はどうすればいい?」
「ま、まずは四つん這いになってもらえますか?」
少女に言われ、俺は四つん這いの体勢となった。すると少女は靴を脱ぎ、俺の背中を踏みつけた。
「うふ……うふふふふふっ!」
少女は俺を踏みつけながら笑い出す。
「おいっ!? 本当にこんなことに何の意味があるんだよ!?」
俺はわけがわからず、踏まれながら顔だけ振り返り少女の方を見た。するとそこには先程までの少女の表情はなく、昂るような笑顔で俺を踏みつける女王様のような少女がいた。
「あはぁっ! あなたの踏み心地は今までにないくらいにいいですっ! あぁ堪らない堪らないっ! さっきまで受付のお姉さんや震える私を見て楽しそうな感じだったあなたを屈服させるようなこの快感っ! あぁっ! いぃ! すごくいいですっ!」
俺には踏まれて喜ぶ趣味はなかったが、この女王様のような雰囲気にはなかなか感じるものがあった。俺を踏み続ける少女の感情が更に昂ぶり始めた瞬間、少女の周りを黒い光の輪のようなものが床に現れた。そしてその光の輪の中から黒い槍のようなものが飛び出してきた。少女はその黒い槍を手に取ると強盗の銃を持つ手に向けて槍を投擲した。黒い光による異変に強盗も気付き、振り返ろうとするも少女の投げた槍は光速の如く強盗の銃を貫いた。そして銃を破壊され何が起きたか理解できなかった強盗は少女のもう一本の槍で殴られ気絶した。
「くそがっ! しくじりやがって!」
少女が気絶した強盗を拘束しようと近付いて行く瞬間、数人の客の中にいた一人の男が銃を取り出し少女へ向けて発砲しようとしていた。
「危ないっ!」
俺は少女に向かって叫んだその瞬間、俺の周囲を白い光が輝きだした。そしてその白い光が一枚のガラスのような壁となり、男が少女へ向けて発砲した銃弾を受け止めた。
「な、なにぃっ!?」
発砲した男も何が起きたか理解が出来ずに銃を発砲し続けた。しかし壁が全ての銃弾を弾き返し少女へ届くことはなかった。そして発砲し続けた男の銃は弾が切れ、その場に座り込んでしまった。その後、男は抵抗すらせずそのまま銀行職員によって拘束された。
「な、何だったんだ……今のは……」
「あ、あなたも、能力者だったのですね。そ、それも、恐らく私とは真逆の性質の……」
「能力……者?」
「は、はい。たまに私達のように何かしらの能力に覚醒することが……あ、あるんです」
この少女が言うにはこのような特殊な能力にある日突然に覚醒することがあるらしい。しかし、その能力は強力なものではあるが、発動するためには本人にとっては他人に知られたくないことが条件となるらしい。
「う、うぅぅ……さっきはすみませんすみませんすみませんでしたぁ! そ、それでは失礼します!」
少女はそう言うと素早く走り去ってしまった。残された俺も強盗事件のドサクサに紛れその場を去るのだった。
これが俺が舞園絵砂との出会いで、能力者として覚醒したきっかけとなった出来事であった。
◆◆◆
佐渡永夢
攻められて感情が昂ぶる程、強度が増す盾を呼び出せる能力。能力の発動条件は攻められて喜ぶこと。本人自体はS気質。
舞園絵砂
攻めて感情が昂ぶる程、切れ味や貫通力が増す槍を呼び出せる能力。能力の発動条件は攻めて喜ぶこと。本人自体はM気質。