霊鉄のヴァリアント 6
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僕は部屋でテレビを見ていた。ニュースの伝える処によると日本列島を襲った超巨大津波は直前で躊躇するかのように止まったと言う。
巨大な水の壁は数時間に渡り静止し、やがて高さを減じていった。波が陸に打ち寄せたときの被害は当初考えられていたものより想像も付かないくらい軽微なものとなった、と伝えている。
彼女、ネフェリィは津波を押し留めた後、全てを消耗したかの様に動くことができなかった。死にこそしなかったが回復もしない状態だった。
そして昨日、彼女は僕に最後の別れを告げるとこの世界を去って行った。
僕が彼女から預かった剣が部屋の壁に立て掛けられている………僕がそれを取ろうとした時、呼鈴が鳴り勝がドアを開けて入って来た。
「キャプテン、ネフェリィは―――良くなったのか?」
「彼女は昨日この世界から消えた。皆にもよろしくと………」
「どういうことだ⁉ あの衰弱した体で―――良子も絶対安静に、と言ったはずだ」
僕は多くを語らなかった。
「要するに彼女はこの世界には居ない、という事なんだな」と勝は詰め寄った。
「勝………彼女の事は忘れてくれ、僕は――――」、ネフェリィのことを振り返っていると自然に涙が零れた。
それは三年前、僕を助けるために事故で亡くなった「風早美鈴」の影と重なったからかも知れない。
「キャプテン………元気出せよ。オレは彼女のことを忘れない――――勘違いするな、パスポートの処分に手が掛かる。行方不明扱いが一番困るんだ………」
「すまん、勝。迷惑を掛けて―――」
「オレが勝手に関わりたかっただけだ、気にするな。オレの方から良子と麻里衣先輩には伝えておくよ、じゃぁ、またな」
そう言うと勝は部屋を出て行った。
僕は再び剣の方へ向き直るとそれを取ってネフェリィとの最後の別れを憶った。
巨大な津波を押し留めたヴァリアントは霊の力を使い切り消滅していた。同時に彼女の纏っていた「装甲」も消え、残ったのはこの一振りの剣だけだった。
部屋の床に伏した彼女は小さな声で僕を呼ぶと次のように言った。
「私は…………神に許されただろうか、私の命は…………長く………ない」
「ネフェリィ、僕は自分の命を二度も救われた。今度は絶対に君を失いたくない、誰かが生き延びて誰かが死ぬなんて………僕はもう嫌だ」
僕は彼女の半身に被さるように彼女を抱いていた。そうすることが正直な自分の気持ちだった。
彼女は力の入らない手を僕の首に回し途切れるような声で語った。
「私は祖父の犯した罪を自分も負っている、そう思って………アベルの血の復讐者を多く打ち倒してきた。だが、私が手に掛けてきた者すべてが打ち倒すに正当な理由があったのか…
確かに神は私たちを護るために『剣と盾』をお与えになられた。だがそれは、あくまでも身を護るために、だけだった……………アベルにも同じ『剣と盾』を持つものが現れたとき私たちカインは気が付くべきだった。
私はこの世界で…ハジメ、お前が気が付かせてくれたんだ。私が二回に渡って脅したとき、ハジメは無抵抗で死を受け入れようとした………………このとき私は悟った、自分が何をしてきたのか―――神がアベルに『剣と盾』を与えられた理由を………」
「ネフェリィ、それ以上喋ると体が―――」
「ハジメ………………抱いて欲しい、私の様な人間で………良いのなら」
「僕に君を抱く資格があるのか、僕は――――何も出来なかった」
「何も? ハジメは私を拾って大切なことを教えてくれたんだ………」
彼女は衰弱した体の力を振り絞るようにして半身を起こし僕も彼女を支えた。布団が肩から滑り落ち彼女の何も着けていない身体を露わにした。衰弱した彼女は自然、僕にもたれる形になった。
「ハジメ、ハジメ…………お前を―――慕っている」
僕は彼女を再び横たえると、そっと優しく抱いた。