ぬくもり
暗闇に一人…
真っ暗な中、ただ一人泣いていた。
寂しい。
でも、ママの顔もパパの顔も 私は知らない。
そもそもいるのかどうかさえ、私にはわからない。
ぬくもりさえ、私は知らず生きてきた。
外に出たい。
もう、何年も外に出ていない。
でも、外に出たところで行きたい場所も、帰るところも私にはない。
結局、この暗闇だけが私の居場所なのだ。
灯りは蝋燭の明かりだけ…
窓もないから、とても暗い。
生きていくために必要な物は、全部揃っている。
ご飯や水も、男の人が持ってきてくれる。
男の人が何者なのかは知らない。
喋ったことも顔を見たこともない。
ご飯や水が入るくらいの小さな穴から、そっと渡してくるのだ。
それを私はただ、受け取るだけ。
ドアには3個の鍵穴が付いていて、しっかりと閉じられている。
鍵は、あの男の人が持っているのだろう。
でも、鍵を見つけたとして…外に出られたとして…
どこにいけばいいのだろう。
私はいつから、ここにいるのだろう。
よく思い出せない。
いつから、一人ぽつんと泣いていたのだろう。
私の名前は?私の年齢は?パパとママは?
疑問をあげれば、キリがない。
何もわからないのだ。
ここがどこなのかも…
ただ、暗くて暗くて…
この部屋がどんな部屋なのかも、私にはわからない。
でも、ここで3年くらいは過ごしている気がする…
いや、5年くらい?10年?
ここは時計もないから、今が何時なのかもわからない。
でも、ずっとここにいるから10年以上経っているように感じる。
あぁ、寂しい。
心が寒い。
ぬくもりというのがほしい。
きっと、ポカポカ暖かくて幸せな気分になれるはず。
私は一度だけ、男の人に話しかけたことがある。
男の人が水とごはんを持ってきた時…
「あの…ここにいると暇なんですけど…その…」
男の人は何も言わず、トレーに載っている水とごはんを渡してきた。
私は、それを受け取った。
なんて言えばいいのか、よくわからなかった。
こんなところに一人ぼっち…
話し方も忘れてしまった気がする。
でも、次の日から…
男の人は水とごはんと一緒に、本も渡してくれるようになった。
1日1冊…
それだけでも、嬉しかった。
これがぬくもりのような気がした。
本の意味はよくわからない。
それでも、あまり退屈はしなくなった。
きっと、男の人は私と同じで話し方がわからないんだ。
本当は良い人なんだ。そう思うようになった。
***
コンコン
ノックの音が聞こえる。
私は本を閉じた。
もう、あれから身長もうんと伸び、髪もお尻くらいまである。
「はーい」
ドアがノックされるなんて、初めてだ。
ガチャガチャと音が3回くらいして、男の人が入ってきた。
40代くらいの男性だった。
いや、暗いだけで本当はもう少し若いのかもしれない。
男の人は、私のところに来て言った。
「お家に帰りなさい」
私は、何を言っているのかよくわからなかった。
家に帰れ?私の家はどこ?なんでいきなり?
私が何も言えないでいると、男の人は続けた。
「お家に帰っても、このことは誰にも言ってはダメだ。いいな?」
私は、ただ男の人を見てるだけで精一杯だった。
「今から、俺は警察に電話してここから出る」
「待って!」
初めて出た言葉がこれだった。
「なんで?意味わかんないよ!わかんない…わかんないよ…」
一言出た瞬間、いろんな言葉が口から出てきていた。
それと同時に怒りや疑問が滝のように出てきた。
男の人は、私の頭を撫でながら言った。
「俺は誘拐犯だ。」
それは、とても優しい声だった。
私の頭を撫でたその手も、すごく暖かく…
あぁ、これがぬくもりなのだと思った。
私の目からは涙が溢れていた。
男の人が好きだったわけじゃない。
ここから解放されるのが嬉しいんじゃない。
ただ、私にとっての ぬくもりはあの男の人だけだった。
自分のママとパパに会える…
でも、私にとっては知らない人たちだ。
この、男の人だけが私の…優しさであり、ぬくもりだった。