ブラックロックシューター 03
由里子の返事は早かった。
殺到する入部希望者の選考でてんてこ舞いのはずなのに、スマホでメッセージを送るとすぐに応答があった。
少し考えた末、一度学校に戻り、喧騒が去った学生食堂の一角で待ち合わせることにした。
「メッセで返した通りだけど、私、忙しいの。悪く思わないでね」
僕が病院から帰り着いたとき、由里子は既に人気の無い食堂の一番奥に陣取っていた。
「で、御用は何かしら?」
ロケット部の事務全般を支える要職にある由里子は、こうして僕と話をしながらも分厚いバインダーに挟み込んだ書類の束から決して目を離さない。
「明日までに入部希望者を選別して真弓先生に報告することになってるの。できれば用件は手早く済ませてくれると助かるわ」
僕とナツの関係に比べれば短いけれど、それでも小学校入学以来の古馴染みである由里子。
だが、彼女はずいぶんとそっけない態度でそう宣言した。
その合間にも一枚一枚書類をめくっては、手にしたサインペンで短く書き込みをする手を休めない。
「忙しいところごめん」
僕は恐縮しながら彼女の向かいに腰を下ろし、両手のひらの汗をひざ頭で無意識に拭いながらそう問いかけた。
「単刀直入に聞く。幼馴染のよしみで教えて欲しい。ナツはなぜアメリカに行ったんだ?」
由里子はそれを聞いた瞬間、心底驚いたといった表情で目を見開き、僕を見かえした。
「あんたがそれを聞くの!?」
その声には当然のように非難の色がにじんでいる。
これまでの僕であれば、由里子にこんな顔をされれば間違いなく逃げ出していた。
でも、今、ここで怯むわけにはいかない。
「僕がこっちに戻ってきた時、ナツと親父さんが住んでいた家は売りに出されていた。もう誰も住んでいないんだろう?」
由里子は口をへの字に曲げ、肯定するように無言で頷く。
「だとすれば、彼女はもうこの街に戻ってくるつもりはないんだろうか? 親父さんはどこか別の場所に引っ越したのか? 僕は何も知らされていないんだ」
由里子は大きなため息をつく。
「なんでナツがこの街を離れたのか、まさか全然心当たりがないわけじゃないわよね?」
僕は無言のまま頷いた。
「だったら、あんたはもうこれ以上余計な詮索しないほうがいい。おとなしくしてなさい」
「でも……」
「あのねえ……」
由里子はため息交じりにフンと鼻を鳴らした。
「あんたもあの子の性格は良く知ってるでしょ。思い立ったらどこまでも、一直線に突き進むロケット娘に世間の常識なんて通用しないわよ」
「……知ってる」
「まあ、今回の留学はいくつかの偶然が重なった結果だけど、早かれ遅かれあの子はこの街を飛び出していたでしょうね。そして、あんたが妙な形で背中を押したことも確か」
「でも僕は……」
「一応念のために言っとくけど、先に突き放したのはあんた。あんたに何も告げず離れていったナツを責める権利なんかないわ」
「……それは、自覚してる」
「そう言えば……」
不意に手を休めると、由里子はサインペンのお尻を頬に当てながら顔をわずかに傾ける。
「大野があんたにビデオレターを見せたって聞いてるわ。どうするの?」
由里子は大野さんと同じ事を聞く。
「う、うん……」
はっきりしない僕の態度にいらついたのか、彼女はさらに突っ込んでくる。
「何? 今さらあの子を手放したのが惜しくなった? だったらどうするの?」
「できれば一言、謝りたいと思ってる。」
「は?」
由里子の表情がさらに険しくなる。その視線はまるで氷でできた針のように鋭く僕の心臓を貫く。
「あんた、バカじゃないの?」
分厚いバインダーをバンと音を立てて閉じると、彼女はテーブルに両手をたたきつけるようにして立ち上がった。
「話にならないわね!」
そのままガチャガチャと筆記用具をペンケースに放り込み、僕に背を向けた。
「ナツがあんたに求めているのはそんな月並みな謝罪の言葉なんかじゃないわ! それが判らないうちは……」
最後まで言うことなく、由里子は大股で立ち去った。
◇◇◇
無人の食堂に一人取り残され、僕は由里子の最後の言葉について考えた。自分では気がつかなかったけど、結構長い時間そうしていたらしい。
「ねえあんた、そろそろここ、閉めたいんだけど」
いきなり呼びかけられて我に帰ると、あたりからはすっかり人の気配が消え、調理員のおばちゃんがポツリと目の前に立っていた。
「あんた、ずいぶんそうしてるけど大丈夫かい? 顔色も良くないし。どこか具合が悪いんなら養護の先生を呼ぶけど?」
「あ、いえ、大丈夫です!」
僕は慌てて立ち上がり、はじき出されるようにして食堂を出る。
敷地の周囲に植えられた桜の花びらはすでに散り始めており、小さなつむじ風に巻き上げられて夕闇の中を幻想的に舞っていた。
がらんと広いグラウンドの脇まで歩き、オレンジ色に染まり始めた空を見上げながらさらに考える。
(由里子はなんであんなに怒ったんだ?)
僕の言葉が彼女の怒りの炎に油を注いだのは間違いない。
でも、何がいけなかったのか、いくら考えてもさっぱり判らない。
(そんな非常識なこと、言ったっけかな?)
グラウンドの向こうに小さく見える部室棟。新年度が始まったばかりで運動部の活動が本格化していないためか、この時間も明かりがついているのは部室棟の一番端の部屋だけだった。
言うまでもなく航空宇宙飛翔体研究部の部屋だ。由里子や大野さんもあそこで忙しくしているのだろう。
僕は発作的に由里子にさっきの話の捨て台詞の意味を問いただし行こうと二、三歩踏みだしかけ、思い直して立ち止まる。
「これ以上突っ込んだら本気でひっぱたかれそうな雰囲気だったし……」
困った。
由里子以外で話を聞いてくれそうな人が思いつかない。
入院前、まだ僕とナツが同じクラスにいた当時のクラスメイトに訊ねてみようかと思い、デリケートな質問ができそうな友人が誰も思い浮かばないことにショックを受ける。
(そっか。考えてみれば、僕はナツを通してしかクラスと交わってなかった)
彼女の社交性に頼り切って、僕自身が直接クラスメイトと一対一で話したことはほとんどない。
思い返してみると、どんな時もナツがその場にいて、うまく僕らの間を取り持ってくれていた。
(だとすれば、あとはトモヒロくらいか)
彼もロケット部に移籍したのか、それともまだ天文地学部に所属しているのかすら判らない。
メッセージを送ろうにも、電話番号もアドレスも判らない。
「しょうがない。とりあえず行ってみるか」
僕は肩をすくめ、天文地学部の部室に足を向ける。
だが、部室代わりの地学準備室は鍵がかかったままだった。
ほかと同じでまだ活動が本格化していないのかもしれない。
だが、いつ来ても明かりが灯り、誰かしら迎えてくれた去年とは明らかに雰囲気が違う。
新年度なのに部員募集のポスターもないし、“天文地学部”と書かれた張り紙も日に焼けて半分破れかけたまま放置されている。
しばらくスマホを弄りながら廊下で待ってみたが、通りがかる生徒の姿すらない。
「だとすれば、真弓先生か……」
小さくため息をつき、顔を上げた瞬間、こちらに向かって歩いてきた男子生徒がくるりときびすを返す。
「ちょっと待って!」
慌てて呼び止めるが彼は足早に遠ざかっていく。
「おい、ちょっと待てってば!」
階段を下りきったところでようやく追いつき、息を切らしながら肩に手をかける。
「やめろ!」
だが、彼は乱暴に僕の手を振り払うと、振り返りざまに僕の顔を睨みつけた。
「おい、トモヒロ、どうして……」
「お前には会いたくなかったよ!」
彼はそう憎々しげに吐き捨てた。
---To be continued---




