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第六十話 ナツのロケット

「本当に忘れ物はないか? トイレは大丈夫か?」

 運転席から身を乗り出してくどいほど確認する真弓先生に、私は苦笑気味に頷いた。

「先生、小学生じゃないんですから大丈夫ですよ」

 ガッティーナの駐車場にはロケット部のメンバーが勢揃いしていた。空港まで一緒に行くのは真弓先生の他には例によって保護者権限を発動した優月シェフと由里子、カメラマンとして大野さんだけで、それ以外のメンバーとはここで約半年間のお別れとなる。

「ナツさん、頑張ってきてください」

 中村君が右手を差し出し、ぐいと力強く握手をしてきた。途端にわれもわれもと右手が差し出され、全員と握手を終える頃には右手が腫れて真っ赤になっていた。

 もう、みんな本当に遠慮という言葉を知らないよ。

「中村君も、部長代理、よろしくね」

「判りました、留守は任せてください。あと、走さんの件は……」

「うん……」

 そのまま少しだけ言いよどむ。結局、あの打ち上げの日以来、彼とは連絡が取れていない。

「来月頃には復学するって聞いてる。本人の気持ちに任せるつもりだけど、でも、もし入部してきた時には暖かく迎えてくれるとうれしいな」

「……判りました」

 神妙な表情で頷く中村君。

 N-4型ナイチンゲールは私の、走に対する異常なこだわりが生んだロケットだ。

 そのこだわりがはっきりと拒絶された今、私が果たして次のロケットを作る気持ちになれるのか、みんな、かなり心配している。

 それは痛いほど判る。判るんだけど……。

 クリスマスイブの夜、月をバックに見せた彼の表情は今でも脳裏に焼き付いている。思い出すだけで胸の奥がちょっと痛くなる。

 みんなには申し訳ないけど、由里子に指摘された通り、私自身、もう少し気持ちを整理する時間が必要だ。

 あるいは、向こうでの半年間で私がもう一度、走の存在なしでもロケットに情熱を燃やすことができれば、その時初めて、私が本当にやりたいことが見えてくるかもしれないと思っている。

「とにかく、今は向こうのことだけ考えるよ。結構重責だしね」


 結局、私は学校の思惑に乗ることにした。

 先方のたっての要望と言うことで、滞在費もホームステイ先もすべて面倒見てくれるというのは魅力だったし、技術的な知識ではなく、とりまとめ役としての経験が求められていることに少しだけ安心した。何より留学が本決まりして、ニュースを知った向こうのメンバー達が動画投稿サイトに次々と書き込んできたコメントにも勇気づけられた。

 遙かな高みを目指すナイチンゲールの勇姿は、迷走を続ける彼らにとってわかりやすい明確な目標になったみたいだし、『コマンダーの早急な着任を求む』というちょっと大げさなコメントに対してたくさんの“いいね”がついたのは少し意外でもあった。

 ともかく、自分が求められているというのはうれしい。

 どこまでやれるかは判らないけど、まあ、全力で頑張ってみようと思う。

「ところで、お母様とはその後?」

「ううん。何も。手紙には住所も電話番号も書いてないの。実際に行ってみないと何もわからないよ」

 判っているのは、彼女がネバダ州リノの国際空港で私を待っているということだけだ。

 いや、もう一つ。例によって岸本由里子諜報員がネットから拾ってきた情報がある。

 ネバダ州のリノに開発拠点を置く航空宇宙ベンチャー、スペースシップコーポレーションという会社の技術担当役員に”HARUNO AMANO”という人物がいるらしい。もちろん確証は何もない。同姓同名の別人かも知れないし、現在もまだ在籍しているかどうかまでは突き止められなかった。

 一方、私が通うことになる学校はカリフォルニア州サクラメントにあり、リノとはそれほど離れていない。さすがに毎日通えるような距離じゃないけど、日本で言う東京~名古屋間と大して違わない。母がどこでどんな暮らしをしているか判らないけど、たまに遊びに行くくらいはできるだろう。

「そういえば、安曇の神阪さんから伝言っす。是非とも向こうの進んだ技術を身につけてきてくださいって」

 坂本くんが珍しく真面目な顔で言う。

「私にも電話があったよ。無理だって言っといた。せいぜい英語が少し上手になるくらいが関の山だって」

 安曇窯業はアメリカの小型ロケット市場にも興味があるようで、留学期間中に開催される見本市でナイチンゲールの増強型をプレゼンするらしい。

 まだ世の中に影も形もない機体をアピールするのはどうかと思うけど、私もプレゼンターとして引っ張り出すからそのつもりでと念を押された。

 多分、これは私に対するプレッシャーか、あるいはエールのつもりなんだろうなと思うことにしている。

 とにかく、先のことは何も判らない。

 私がもう一度、今度こそ宇宙に届く自分のためのロケットを打ち上げることができるのか。それとも……

「じゃあ、そろそろ出すぞ」

 真弓先生にせかされ、私は大野さんに続いて後部座席に乗り込んだ。スライドドアがピーピーと音を立てながらゆっくりと閉じる。

「みんなも元気で」

「ナツさんも」

 車がゆっくりと動き出す。手を振るみんなの姿が次第に遠くなり、角を曲がって見えなくなった。

 私は大きく深呼吸すると進行方向に向き直り、その後は二度と振り返らなかった。


---I'd like to meet you again soon.---

まずはここまで長くお付き合い下さった皆様に心からの感謝を。

アメリカでのナツの生活については、どうですかね。万一需要があれば、番外編で書くかもしれません。


それでは、また次作でお会いいたしましょう。


2018/07/26追記

ちょっと思うところがあり、構成を一部変更しました。


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