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第十二話 意外な提案

「驚かしてすまなかったな、天野奈津希。俺の名前は真壁(たもつ)、理数専攻クラス、三年だ」

 彼はやおら立ち上がるとこちらに振り向き、大きな身体を折り曲げて丁寧に頭を下げた。

「はあ」

 つられて私もなんとなく頭を下げる。

「こいつ、この前まで映研の部長だったんだよ。夏休み前に引退…したんだよね」

 年上の男子に向かって当然の事のようにタメ口をきく由里子。

「いや、うちは同好会だからな。特に引退の規定はない。個人的にはもう少し続けるつもりなんだが」

「そっか、あんたの所人数少ないもんね。でも、受験はどうすんのよ?」

「志望校の判定は常にAだ。特に何の心配していない」

「うわ、出たよ。天才様は言うことが違うわね」

 由里子は呆れたように目の前で右手をぴらぴらと動かす。

「…あの、すでに話について行けてないのですが…?」

 訳が分からないまま置いて行かれている私。理数専攻の天才さんが私に何の用があるというのだろう。

「実はこの前、鷹見川の河原で君が妙なことをやっているのを偶然目撃してな」

「ああ!」

 やっぱりそうか。見られていたんだ。恥ずかしさのあまり顔が火照るのが自分でもわかる。

「別に恥じることはない。ああいう一見幼稚な試みであっても、単なる妄想のままで終わるか、ちゃんと実現させるかでその価値は大きく違うと俺は思う」

 私は赤い顔のまま唇をかんで俯いた。これって、さりげなく馬鹿にされているのか、それとも褒められているのか、一体どっちなんだろう。

「少なくとも、画になる、とは思ったがな」

 そう言いながら、何も映っていない背後のスクリーンにちらりと目を向ける。

 私は真壁先輩が一体何を言いたいのかわからず、目で由里子に助けを求める。が、彼女は知らんぷりでニヤニヤ笑っているばかり。

「すいません、先輩が何をおっしゃっていらっしゃるのか…ちょっと」

「ああ、悪い。では単刀直入に言おう。しばらく我々につきあってもらえないだろうか?」

「え?」

 つきあうって、あの、いわゆる男女のそれ、なの?

「でも、あの、私、先輩のことよく知りませんし…」

「俺は“我々に”、と言ったぞ。君は一度に複数の男子と交際する趣味でもあるのか?」

 先輩の背後では由里子が腹を抱えて笑っている。

「…す、すいません」

 私はますます身体をちじこまらせる。まったく、穴があったら入りたい。

「…実は、学内外の有志で作るアマチュアバンドからPV制作を依頼されている。その出演者を探していた。もちろんそれなりの謝礼は考えている。どうだろうか?」

「出演?」

「そう。興味があるなら話を聞いてくれ」

 由里子が手招きをしている。私は部屋をぐるりと回り込み、真壁先輩と机を挟んで相対する形になる。

「真壁んとこがあんたのスポンサーになりたいって言ってるのよ」

 小声でそう耳打ちされる。

「もし協力してくれるなら、君が計画しているロケット作りに一定の範囲で出資しよう。出演料の代わりと思ってくれてもいい」

「ロケ…え、なぜ、それをご存じで?」

「そこにいる岸本から聞いたが? いけなかったか?」

 私は由里子を睨みつける。

「やたらあちこちに触れ回らないでくれる?」

「いいじゃない、私はあんたの無謀な企みを影ながら応援してあげてるのよ。むしろ感謝して欲しいなー」

 そう開き直りながら不二家のペコちゃんのようにそっぽを向いてペロリと舌をす由里子。

「ちょっと!」

「あー、話を進めていいだろうか?」

 さらに非難の言葉を重ねようとしたところで、口論の腰を折るように真壁先輩が口をはさんでくる。しょうがない。こっちは一時休戦だ。

「…彼らは、今回の文化祭ライブで演奏する楽曲のメインに未発表の新曲をあてるそうだ。せっかくなのでPVもできるだけ凝った作品ものにして欲しいとリクエストがあった」

「はい」

「で、だな、その内容なんだが…」

 先輩は机の上にあったバインダーからさっと一枚のA4用紙を抜き出して私の前に置いた。見れば十数行の詩がプリントアウトされている。

「バラード調の曲になるそうだ。まだ作曲は終わってないが、詩が先に出来ている。もちろんこれもメンバーのオリジナルだが…」

 さらにもう一枚、プリントアウトを机の上に置く。

「で、こっちがPVの文字コンテだ。大雑把なあらすじと思ってくれていい。詩の内容に合わせてざっとシーンを考えてみた。後で絵コンテに落とすつもりだが、簡単に説明すると、だな…」

「…すいません、ちょっと」

 私は硬い声を出した。

「これ、主人公の女の子が、亡くなった恋人かれしを悼む歌、ですよね」

 歌詞を読むかぎり、主人公は恋人を亡くし、ただうじうじと彼の面影を追い求めているばかりだ。

「ああ、だからコンテもそういうイメージで描いた。先日河原で見た君のイメージも反映したつもりだ」

 その補足説明を聞いた瞬間、私の頭の中で何かがスパークした。

「私、お断りします」

「え、いや?」

「なんですか、これ! 天国にいる彼に気付いてもらえるように浜辺でロケット花火を打ち上げる…まるで灯籠流しじゃないですか」

「ああ、まさにそういうニュアンスだ」

 真壁先輩は私が何で不機嫌なのかまったく判らないらしい。キョトンとした表情を見せる。

「走は死んだりしていません! 絶対元気になってまた帰ってきます。私は、こんな縁起の悪いビデオなんかいやです!」

「あ、いや、これはあくまでフィクションなんだ、そんなに気にする必要は…」

「嫌だって言ってるんです!」

 私はもぐもぐ言い訳をする先輩をギッと睨みつけた。もしかしたら悔し涙が浮かんでいたかもしれない。

 その瞬間、先輩はなぜかハッとした表情で自分の制服をあちこちまさぐりはじめた。

「私は、そんな感傷でロケット作りをやっているんじゃありません。恋人を哀れむとか、悼むとか、そんな後ろ向きの理由じゃないんです。私は、私のロケットは…」

 こらえていた涙がポロリとこぼれた。

「…いつも前にしか、いつも上にしか飛ばないんです! 判ったらとっとと帰って下さい」

 だけど、先輩は由里子と無言で顔を見合わせるばかりで一向に動こうとしない。

「じゃあ、いいです! 私が出て行きます」

 私は準備机を回り込むと真壁先輩を押し退けるようにして扉に手をかける。

「ちょっと、ナツ! 待って、ちょっと落ち着きなさいよ!」

 そう声をかけてくる由里子に、私はこみ上げてきた怒りをぶつけるように言葉を叩きつける。

「由里子の馬鹿! 私がこんなことを喜ぶと思ったの! 何も判ってないじゃない!」

 感情任せのフルパワーで扉をガツンと閉じると、私はその場から逃げ出すように駆けだした。


 住宅街の中にある小さな公園に人影はなかった。

 自分でも説明のつかない怒りにまかせてここまで走り詰めに走ってきた私は、疲れ果ててベンチに倒れ伏していた。

「あー、駄目だ」

 ごろりと仰向けになって空を仰ぎ、流れる雲をただぼんやりと眺める。

「空がきれいだなー」

 最近の私は自分でも嫌になるくらい感情が不安定だ。普段なら何でもないところで不意に涙がこぼれ、突然激しい怒りに我を忘れる。

 私専用精神安定剤かけるがほんの数週間近くにいないだけでこれほどナーバスになるんだとしたら、本当に走に何かあった時、私は一体どうなってしまうんだろう。

 それにしても参ったなあ。

 由里子の言い分も判るし。

 ロケット作りにはどうやらかなりお金がかかりそうだぞと自分でも感じていた矢先だけに、自らおいしい儲け話をぶち壊した事で私は自己嫌悪に陥っていた。

「あら? ナツキさん、だったかしら?」

 涼やかな声で呼びかけられて慌てて飛び起きる。

「はい、え…と?」

 パンパンのレジ袋をいくつも抱えたこの美人さんは…

「あ、シェフ!」

 真弓先生に連れて行かれたイタリアンレストランのオーナーシェフだ。

「あ、この前は本当にご迷惑おかけしました。長時間居座っちゃって…」

 真弓先生と二人で閉店間際までだらだらと本を読みふけり(真弓先生はスマホを見ながら本当にだらだらしていたが)、帰り際にはお土産のサンドイッチまで頂いてしまったのだ。

「サンドイッチもおいしかったです」

 ペコペコお辞儀する私を慈愛のこもった目つきで見つめていたシェフは、ふと何かに気付いて腰をかがめ、私の目を至近距離からじっと覗き込んだ。

「あなた…」

 次の瞬間、彼女は私の手を取って引き起こすと、「はい」と言ってレジ袋を一つ手渡された。

「あの?」

「お手伝いしていただけるかしら? お礼においしいコーヒー入れてあげるから」

 言うなりスタスタと歩き始める。

「え、ちょっと、あのー」

 声をかけても知らんふりだ。仕方なく私は小走りで彼女を追いかけるしかなかった。


「で、何を悩んでいたのかな?」

 夜営業にそなえてしばし休憩中の店の中。カウンター席でコーヒーをすする私にシェフは問いかける。

「いえ、悩みというか…最近ちょっと色々あって。気持ちがぐちゃぐちゃなんです」

 柔らかい笑顔で見つめられ、絡まっていた糸をほぐされるようについつい愚痴をこぼしてしまう。走の入院から始まって、星川家での食事のあてをうしなった事、うまくいかないロケット作りのこと、それに、色々余計に必要になってきたお金のこと。そして、それを自分でぶち壊したこと。

 由里子とのケンカは中でも優先順位第二位の大問題だ(一位はもちろん走のこと)。

 走を別にすれば、由里子も中学入学以来の長い付き合いだ。高校に入学して一も二もなく天文地学部に入部した走。つきあわされる形で入部した私は、女性部員ゼロの状況に嫌気が差して由里子を誘った。

 彼女自身はそれほど天文に興味はなかったはずなので、これまでつきあってくれたことには感謝こそすれ、恨む気持ちなど全くない。それなのに、あんな形で理不尽な怒りをぶつけるなんて、私は人としてどうかしているのではないだろうか。ついついそんなことまでしゃべった。

 何も言わずにうんうんと聞いていた彼女は、人差し指を顎に当てて少し考える素振りを見せると、

「ナツキさん、良かったらしばらくここに通わない? ちょうど今まで勤めてくれたウェイトレスが辞めちゃって手が回ってなかった所だし、バイト代はもちろん、まかないも出すわ。それで今の悩みの半分くらいは解決するんじゃないかな?」

 と魅力的な提案をしてきた。

「おお!」

 落ち着いてよーく考えてみる。

 長時間拘束されるのは困る。でも、夕方から夜にかけての数時間なら今までだってどうせ星川家で食事にかこつけてだらだら過ごしていたわけで、それが実りある労働に変わったところでそれほど忙しくはならないはずだ。

「私なんかでいいんですか?」

「ええ、体力はありそうだし、笑顔の時はかなりチャーミングだし、接客向きだなあとは思っていたのよ。どうかしら?」

 少し考え、私はアルバイトのオファーを受けることにした。何より、仕事の間中は他の悩みを頭から追い出せるのが助かる。

「判りました。是非お願いします」

 差し出した右手を両手で柔らかく握り、シェフはふんわりと微笑んだ。

「じゃあ、こき使うわよ。早速今日からどうかしら?」

「望むところです」

 こうして、私は「トラットリア・ガッティーナ」のアルバイトスタッフになった。


---To be continued---

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