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家に入った時に鍵を掛けたことを思い出し、慌てて玄関に向かった。
「はい」
「あの、上野です」
その言葉に鍵を開けて扉を開けた。どんな表情をしていいのか困ったような顔の彼が立っていた。彼もシャワーを浴びたようで、髪がまだ乾ききっていなかった。彼は手に持ったものを私に差し出した。
「その、部屋に落ちていました」
「あー・・・ありがとう」
それは私の眼鏡だった。なので、受け取ってお礼を言った。彼はその言葉に尚更困った顔をしていた。
どうしよう、その表情がまた、可愛く見えるなんて・・・。
私はその感情を振り払うように、軽く息を吸うと言った。
「どうぞ」
私はそう言って扉から手を離して玄関の中に戻って行った。私が扉から手を離したことで閉まろうとする扉を、彼が慌てて押さえていた。彼は私の行動に目を見開いていた。その様子を横目に見ながら、来客用のスリッパを出して置いた。
彼はしばらく躊躇していたけど「お邪魔します」と言って靴を脱いでスリッパを履いた。そんな彼に、私は何でもないように訊いた。
「ところで上野さんは朝食を食べましたか?」
「いえ、食べてはいませんけど・・・」
彼からコーヒーの匂いがしたから、もしかしたら朝食を食べたのかと思って聞いてみたが、目覚ましのコーヒーだったようだ。もしくは朝はコーヒーだけしか飲まないのかもしれない。
私はリビングに入りながら言った。
「それならご一緒にいかがですか?」
私のあとに続けて入ってきた彼はテーブルを見たのか、息をのんだようだ。
「いや、そこまでの迷惑は・・・」
と言いながら息をのんだ後にゴクリと唾を飲みこんだ音を、私は聞いているんだけどな~。だから、押しつけがましくないようにと祈りながら、私は言葉を続けた。
「1人じゃない朝食は久しぶりなの。よければつき合ってくれない?」
くるりと振り返って言ったら、戸惑った彼の瞳が見えた。混乱しているの方が正しいのかもしれないけどね。
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
私は彼に笑うことで返事をした。
カウンターキッチンの中に入り、ご飯とお味噌汁をよそった。それをカウンターに置くと彼がテーブルに運んでくれた。私は席に着くと、手を軽く合わせて「いただきます」と言った。
彼もつられたように手を合わせて「いただきます」と言っていた。
私は何も言わずに食事に集中するふりをしながら、彼の様子を観察した。彼は戸惑いながらも食事をしていた。最初に味噌汁を飲んだ彼に、そういえば二日酔いは大丈夫なのだろうかと、気になった。けど、続けて茶碗を持ちご飯を食べだしたのを見て、二日酔いは心配なさそうだと思った。
私と彼は無言のまま食事を終えた。途中何度か彼が話かけようとしたようだけど、結局何も言えずにいた。食器を運ぶのを彼も手伝った。私が食器を洗う間、彼が所在なげにしているのが面白かった。
・・・というか、なんだろう。彼って、イケメンよね。これだけ整った顔をしていれば、女性にもてそうよね。その気になれば女の子をとっかえひっかえできるわよね。なのに、この女性に慣れてません!という感じは何なのかしら?
片付けが終わり、急須にお茶を入れて湯呑を持ってテーブルに戻った。席に着いて、お茶を湯呑に入れて、彼のそばに置いた。「ありがとう」と言って湯呑を持ったけど、私と目を合わそうとしない。
だからって私から話をふるのも違う気がする。・・・気がするけど、なんか私が言わないと話が進まない気がするのは気のせいじゃないよね。
「「あの」」
口を開いたら彼と言葉が重なった。口を噤んで彼の顔を見たら、彼も私の顔を見つめてきた。そのまましばらく黙りこんだ。
「「それで」」
意を決して口を開いたら、また彼と言葉が重なった。口を閉じたら彼が困ったように私の顔を見ていた。その顔がかわいく見えてしょうがない。
私がフウ~と息を吐き出したら、彼が自嘲めいた笑いを浮かべた。
「昨夜は本当にすみませんでした」
そう言って彼は頭を下げて、テーブルに額をぶつけたのだった。