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部屋を出てリビングのほうに行くと彼はそこにいた。上着を脱いだワイシャツ姿で、段ボールからカップを取り出していた。こちらにも隅の方にダンボール箱がいくつか重なっていた。
「それでは、私は自分の家に戻りますね」
そう声を掛けて踵を返そうとしたら、慌てたような声が聞こえてきた。
「まってくれ。話しがしたいんだけど、駄目かな」
私は彼の方を見て言った。
「話をすることについて異論はないのですけど、まずは着替えたいです」
そう言ったら、彼はしばらく考えていた。
「どれくらい後ならいい?」
「そうですね、1時間いただけますか」
「分かった、1時間後に」
彼は私の提案に即答した。頭がちゃんと動けばまともそうなことに、口元に軽く笑みが浮かんだ。まあ、口角が少し上がっただけなのだけどね。
「じゃあ、私の部屋に来てくださいね」
「いいのか?」
あー、そうよね。見ず知らずの他人を家に上げるだなんて、普段なら私もしないわよ。
「だって、外で出来る話じゃないでしょうし、引っ越してきたばかりのこの部屋じゃ落ち着かないから」
そう言ったら、彼はリビングを見回した。家具はちゃんと配置されているけど、細々したものが片付いていないのが見て取れる。
「昨夜から迷惑をかけます」
そう言って彼は頭を下げた。縮こまった様子にまた、かわいいと思ってしまった。
「じゃあ1時間後に。待ってます」
私は玄関に向かったら、彼も玄関までついてきた。
「俺の名前は上野淳一です。君の名前は?」
「私は間宮響子よ。隣の506号室だから」
「ああ、後で」
自分の部屋に戻り一応玄関の鍵をかけてから、洋服を置いている部屋に行ってスーツを脱いだ。やっぱりしわがすごい。もともとしわが出来やすい素材だったけど、これはクリーニングに出すしかないか。
それから寝室に使っている部屋に行って、着替えを用意して浴室に行った。本当は湯船に浸かってゆっくりとしたいけど、そんな時間はないから熱めのシャワーを浴びていいにした。だけど、クレンジングと洗顔フォームはしっかりとした。浴室から出て服を着ると化粧水から美容液、保湿クリームまでしっかりと塗り込んだ。それから、軽くファンデーションを塗って口紅をつけた。
化粧をしている時に目の下にうっすらと隈があるのが目に入った。それにやはり肌が少し荒れているのを感じた。28歳というのは若くないんだな~、なんて思いながら化粧を終えた。
台所に行ってお米を2合量りさっと研いで土鍋に入れて、ガスレンジに掛ける。炊飯器もあるけど、急いでいる時には土鍋で炊いた方が断然早い。それに大体30分で炊きあがり蒸らしに10分おけば、美味しいご飯の出来上がるのだ。
それからお味噌汁を作った。乾燥ワカメと冷凍にしておいた油揚げのお味噌汁。それと小口に切ってタッパーに入れて冷凍しておいた青ネギを入れればいいだろう。
昨日の朝に夜に食べようと解凍しておいた鮭の切り身を取り出して、グリルで焼いていく。
ついでにおばあちゃんから引き継いだ糠味噌を取り出して、漬けておいた大根と胡瓜を取り出した。胡瓜は昨日の夜に出すつもりだったから、少し漬かり過ぎたかもしれない。薄く切って味を見たらやはり漬かり過ぎだわ。細かく切って軽く水の中で揉み、水気を絞ってボールに入れた。生姜を千切りにしていれ、少し醤油を垂らして混ぜ合わせる。少し揉みすぎたのか旨味が飛んだ気がする。なのでうま味調味料を入れて味を調えた。それを小鉢に入れてテーブルに置いた。
ご飯も炊きあがり、あとは蒸らしがすめばご飯が食べられる。
という状態になって気がついた。何をいそいそと2人分作っているのかしら。
・・・いやいや。あの状況じゃあ、朝ご飯なんて彼は自分で用意してないわよね。それに自分の分のついでよ、ついで。1人分も2人分も同じよ。
そう言い訳をしていたら玄関のチャイムが鳴ったのだった。