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彼の目が細められて口元に笑みが浮かんでいるけど・・・なんだろう、すごくヤバイ気がするのは。その形のいい彼の唇が動いた。
「ねえ、キスしていい?」
「はっ?」
・・・おい。さっきまで酔って正体失くしてなかったか? まさかさっきまでのあれが演技だったとか言わないよな。
そうしたら、彼の笑みが深くなった。顔を近づけながらもう一度彼が言った。
「キスしていいよね?」
私は右側にめいいっぱい顔を背けることで、抵抗の証とした。そんな私の左耳に何かが触った気がする。そして耳元に彼の囁き声が聞こえてきた。
「ハア~、いい匂いがする~・・・ウ~ン・・・」
なんかゾクリとするほどいい声なんだけど。そのまま左肩に重みが加わってきた。けど・・・。
・・・ん?
ズルリと下がっていく体を反射で抱きとめてしまった。
「ちょっ、ちょっと。ねえ、ここで寝たら体に悪いから。起きてよ。せめてベッドにいくか、ソファーで寝るかした方が、いいってば」
そう声を掛けたら、彼が顔を上げてきた。やっぱりぼんやりとした目をしている。今のは気のせいね。もしくは瞬間的に何かのスイッチが入ったのよ。うん、きっとそう。
私から離れて身を起こした彼が軽く首を振った。だけど、逆にその行動で、またふらりと倒れそうになる。それについ手を伸ばして支えてしまった。
「・・・あ~、すみません。・・・あの~、後は大丈夫ですから~、どうぞ・・・お帰りください~」
そう言って彼は私から離れて壁に背中を預けた。・・・が、そのままズリズリと座り込みそうになっている。思わず手を伸ばして座り込む前に彼の動きを止めた。
「・・・あの?」
「とにかく靴を脱いで上がってください。ここじゃ体に悪いですから」
彼に肩を貸して支えながら、私もパンプスを脱いで上がりこむ。
「それで、寝室はどっちですか」
「え~と・・・そこのドア~・・・」
灯りをつけなかったから、リビングの窓越しの明かりを頼りに彼が言ったドアのところまで行く。うちと逆の間取りなんだなと思いながらドアを開けてベッドまで連れて行った。
暗い部屋の中を肩を貸して歩いていたら、何かが足に当たってバランスを崩した。
「きゃあ?」
「うわっ!」
そのまま彼も一緒に私の上に倒れてきたけど、倒れた先はベッドで打ち付ける痛みはなかった。だけど私の上の重み・・・さすがに成人男性の重さがすべてかかるのは、重い。退いて欲しい。
「す、すみません」
彼はそう言ったけど、一向に私の上から重みは消えない。
「ちょっと」
比較的動かしやすい左手で、彼に触って揺すってみた。
「う・・・う~ん」
呻いたあと、静かになったので聞き耳を立てて見たら、寝息が聞こえてきた。
「嘘でしょう」
まさか、この状態で寝ちゃう?
・・・まあ、確かにすごく眠そうではあったけど。
だからって人を下敷きにしたまんまで?
・・・というか、重い~。
私は彼を起こそうとしたけど、余程眠かったのか全然起きてくれなかった。なので、起こすのを諦めて、彼の身体の下から抜け出そうと少しづつ動いて・・・。
時間はかかったけど、なんとか彼の身体の下から抜け出せた。あとは右手を引っ張り出せれば、うちに帰れる。
ここでホッとしたのが悪かったのか、右手を彼の身体の下から抜いたら、延びてきた腕がお腹の所に巻き付いて、やっと抜け出したベッドの上に逆戻りした。
「放してよ~」
ジタバタともがいたら、背中から抱きついていた彼が呟いた。
「さ、寒い」
・・・そりゃね、掛け布団かけずに寝たら寒いわよ。だからって人を湯たんぽにするなー!
腕を外そうと頑張ったけど、外そうとすればますますきつく抱きしめてくる彼に、そのうちに私は諦めてしまった。布団はかかっていないけど、背中に感じる彼の体温の暖かさに、いつしか私も眠ってしまったのでした。