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「あの、間宮さん?」
戸惑ったような彼の声が聞こえてきた。ジロリと睨むように彼の方を向いた。困惑した彼の顔が目に入った。
「えーと、やっぱり怒ってますよね」
その言葉に目に力を込めて睨んだけど・・・。
ダメよ。そんな顔されたら怒れるわけないじゃない。
「私は睡眠導入剤なんですか」
「違います。それはたまたまで、本当に一目惚れなんです」
「でも、昨夜のどこに一目惚れされるような要素があったというのよ」
「えー・・・あっ。ちがいます。一目惚れしたのは昼間でして・・・」
「へえ~、昼間。昼間の姿で・・・」
言いかけて気がついた。昼間?じゃあ、会社で会っているということ?
えっ?・・・待って、待って!
「私の残業の原因の一つ」
ぼそりと言葉が漏れた。それが聞こえた彼の顔から血の気が引いていった。
「あっ・・・もしかして終電まで残業させちゃいましたか?」
私はガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、彼の胸倉を掴んだ。
「ちょっと!まだいくつか説明してもらうことが出来たんだけど!なんで、館林じゃなくて上野なのよ」
「うわ~。すみません。事情があって、会社では祖母の実家の名字で通すんです」
「きっちり、説明してくれるんでしょうね」
凄んだらコクコクと彼は頷いた。
話を聞いた私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。寄りにもよってなんで・・・。
しばらく悶々と考えたけど、今更なかったことにはしたくない。
なので、顔を上げて彼のことを見た。
「もう、隠していることはないわね」
「はい。ありません」
「なら、いいわ。それで、眠れる支度をしていけばいいの?」
そう言ったら彼は口を開けて固まった。これが鳩が豆鉄砲を食ったようとでもいう表情なのだろう。
「えーと、いいのですか?」
「言いも何も、睡眠薬は使わない方がいいんでしょ。そんな話を聞いて知らんふり出来るわけないでしょ。それに睡眠不足の頭でちゃんとした判断が出来るとは思わないし」
私の言葉に彼はすごく嬉しそうな顔をした。
「1時間後」
「はい?」
「お風呂に入って戸締りしたら行くから」
「わかりました」
「でも、一緒に眠るだけだからね」
「もちろんです」
「あと、週末だけで」
「はい。今までも週末の睡眠でどうにかなっていましたから」
「じゃあ、あなたも戻って」
「わかりました。・・・待っています」
恥じらうように言った彼を送り出して、鍵を掛けた。
そしてカップを片付けて、着替えを用意してお風呂に入った。身体を洗い湯船に浸かって、さっきの話を思い出す。厄介なことに関わったなと思うけど、不思議と彼との交際を止めようという気にはなれない。
お風呂から出て髪を乾かし、基礎化粧をバッチリする。・・・眠るんだからファンデーションはつけないよな。いきなりスッピンを晒すのか。・・・イヤ、今朝は化粧が崩れた顔を見せているんだから今更か。
服は部屋着にした。一応、近所の人に見られてもいい服装だ。バックにパジャマを入れて鍵を持って部屋をでた。彼の部屋のチャイムを押しながら、一瞬自分は何をしているんだろうと思う。
彼が玄関のドアを開けてくれた。戸惑いながらも嬉しそうな顔に苦笑が浮かんできた。
彼もお風呂は済ませたようで、スウェットに着替えていた。
「パジャマに着替えるから洗面所を貸してね」
私はそう言って洗面所に行ってパジャマに着替えた。洗面所から出たら、彼が待っていた。
「じゃあ、眠りましょうか」
「はい」
彼は廊下の灯りを消すと、寝室に入って行った。朝と違いダンボール箱はなくなっていた。彼が先にベッドの中に入り掛け布団を上げて待っている。少し躊躇ったけどベッドに入ろうとして・・・。
「ねえ、部屋の灯りはつけておくの?」
「あっ・・・」
素で忘れてたのね。彼が枕元の灯りをつけた。ベッドから出ようとしたので、手で彼を止めた。
「私が消すわよ」
部屋の入り口の灯りを消してベッドに近づき潜り込んだ。彼が布団を直して私の背中にかかるようにしてくれた。
「布団はちゃんとかかってますか」
「ええ」
薄明りの中、彼と見つめ合う。一瞬彼の視線が彷徨った。
「キスをしてもいいですか」
少しトロンとして来た彼に頷いた。彼は微笑むと唇をそっと合わせてきた。唇を離すと、次に私の額に口づけを落とした。そして深呼吸をするように息を吸い込むといった。
「ああ~・・・いい匂いだ・・・」
そして、直ぐに彼の寝息が聞こえてきたのだった。




