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06 TSUBAKIコーポレーション

 菜苗はそわそわと落ち着かない気持ちで、TSUBAKIコーポレーション本社一階のロビーに立っていた。ここで仁史と待ち合わせして、自動運転タクシーで彼の家まで行くのだ。仁史は菜苗の職場まで迎えに行くと主張したが、遠回りになるため断った。

 今日の菜苗は、クリーム色のフリルブラウスに、下はスリムジーンズ。レザーのトートバッグを持ち、メイクもばっちりだ。

 けれど、気合が入っていることを悟られたくなくて、靴はヒールではない。カジュアルなスニーカーだ。なんとも中途半端なかっこうだ。しかし宇宙港で仁史と会ったときより、ずっときれいだ。

 というより、宇宙港のときの菜苗は、約二日間風呂に入れず、長い髪はぼさぼさでノーメイクだった。あれが三年ぶりの再会だったと思うと、げんなりする。

(それにしても、大きな会社よね)

 菜苗は広いロビーを見渡す。ロビーの中央にはグランドピアノが置いてあり、小さなコンサートなら開催できそうだ。ソファーも多く設置されて、打ち合わせをしている人たちもいる。

 受付には二人の美しい女性がいる。今どき受付に人を置いて、来客応対させるとはめずらしい。

 資本金、数百億円。従業員数、数万人。子会社は七十社だったか八十社だったか。創業二百五十年をこえる大企業だ。菜苗は仁史の婚約者だったので、TSUBAKIの基本情報は頭に入っている。

(でも私が月へ行く数週間前に、仁史さんのお父様がなくなられた)

 旅客宇宙船の事故で、二百名以上の乗客が死亡した。近年まれに見るひさんな事故で、日本でも大きなニュースになっていた。仁史の父親に、菜苗はまったく好感を持っていなかった。だが仁史と仁史の母を気づかって、献花を送った。

 ゴシップ紙などによると、仁史は父の死後、閑職に追いやられたそうだ。会社から追い出されるのも、時間の問題と書かれていた。心労の上に心労を重ねている仁史を、菜苗は心配した。

 菜苗の父は、菜苗が月に行くことに、ある程度は賛成していた。仁史とよりが戻るなら、もうけものと考えたのだろう。しかしそのニュースを見るやいなや、菜苗の月行きに大反対した。

 だが、もともと菜苗たち親子の関係はさめきっていた。菜苗は父の反対を無視して、月へ行った。

「菜苗さん」

 ほどなくして、背広姿の仁史が現れた。菜苗はちょっと、どきっとする。仁史は申し訳なさそうに、まゆを下げてほほ笑んでいる。

「お待たせして、すみません」

「いえ。今、来たところですから」

 菜苗は愛想よく笑った。が、疑問がある。なぜ仁史の背後には、四人もの人が控えているのか。四人のうちのひとりが、菜苗の前に進み出る。

「部下のひとりである椿義則です。以後、お見知りおきを」

桜木(さくらぎ)菜苗と申します。はじめまして」

 菜苗は義則と握手した。名字が椿なので、TSUBAKIの創業者一族だろう。つまり仁史の親戚だ。ただ義則は仁史と同じく、申し訳なさそうに笑っている。菜苗は首をかしげた。

「無重力で演奏できるアコースティックピアノの開発をしています! 仁史はクールでかっこいい男です」

 仁史の隣に立ち、大男が鼻息を荒くしてさけぶ。菜苗は驚いて、体をびくっとさせた。

「CM動画の制作を得意にしております。仁史のおかげで、私は私の能力を十分に発揮できます。彼はすばらしい人です」

 若い女性が、満面の笑みを浮かべる。仁史を手放しでほめる女性に、菜苗の顔は少し引きつった。

「ヨンハと申します。仁史さんには人望があり、先を見る目もあります。これから、上へ上へあがっていける方です」

 年配の男性が、にこにこと笑う。

「わが製品開発サポート課は、今でこそ変人のそうくつと言われていますが、一年後には会社でもっとも売上に貢献できる課になります!」

 大男が瞳を輝かせて、再びさけぶ。菜苗はリアクションに困った。とりあえずこの三人は、仁史をほめたいらしい。けれど大男の大声のせいで、ロビー中の視線を集めている。つまり悪目立ちしている。

 菜苗は、これは何? と仁史に視線で問うた。仁史は、あきらめきった目をしている。

「菜苗さん、行きましょう」

 彼はがっくりとうなだれて、エントランスの自動ドアを目指す。

「はい」

 菜苗はとまどいながら、仁史の後に続いた。振り返ると、四人の部下たちはにこやかな顔をして、手を振ったりおじぎをしたりした。

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