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15 誘拐事件の黒幕

 公園に着いたところで、菜苗は不審な男たち三人に襲われた。必死で抵抗したが、公園脇のボックスカーに閉じこめられた。タブレットコンピュータなどが入ったハンドバッグは奪われて、車の窓から捨てられた。

 絶望の中、車内を見回すと、変におどおどする父の姿があった。菜苗は怒りなのか悲しみなのか、視界が真っ赤に染まった。

「何を考えているの、お父さん!?」

「お前のためだ。お前もいつか私に感謝する」

 父は菜苗から視線をそらして、早口で答えた。菜苗は罵声すら頭に浮かばず、口をぱくぱくさせた。車は走り続け、しかし宇宙港へ向かわなかった。菜苗はとまどい、窓の外の景色を眺める。

 どこへ行くのか。まさかレストランで食事でもするのか。しばらくすると、車はどこかの賃貸アパートの前でとまった。建物は新しく、まだ誰も住んでいないようだった。菜苗には、自分の置かれた状況が理解できない。

 菜苗は手錠をかけられたり、縄でしばられたりはしなかった。だが体の大きな男性たちに囲まれて、なすすべなく二階の真ん中あたりの部屋に連れられた。よくあるタイプの、一人暮らし用の家具つきの部屋だった。

「おい、食事を用意しろ」

 小さなダイニングテーブルのいすに腰かけて、父は男たちにえらそうに命令した。が、無視された。菜苗はわけが分からないまま、とりあえずシングルベッドに腰かけた。恐怖心で、自分の体が冷えていくのが分かる。父はいらいらと貧乏ゆすりを始めた。

 男たちのうちのひとりは玄関に、ひとりはベランダに続く窓の前に、ひとりは部屋の中央に立っている。菜苗は唇をかんだ。

(私を逃がさないために、出入り口をすべてふさいでいる)

 彼らは無口で、指示された仕事だけをこなしている印象だ。三人とも東アジア系の顔立ちで、年は二十代か三十代に思えた。服装はいたって普通で、プリント入りTシャツだったりチェックのシャツだったりする。こういう状況でなかったら、犯罪者と思わないだろう。

 彼らは公園で現れたときから、ずっと冷静だった。犯罪に慣れていた。菜苗の父は態度が大きいだけで、ただの小者(こもの)だ。その父がこんな男たちを雇って、車まで用意して、菜苗を誘拐するなどありえない。この監禁場所だって用意できない。

(つまりお父さんのバックには、誰かがいる。お父さんは利用されているだけ)

 このアパートのオーナー、もしくはオーナーとつながっている人間が、その黒幕だ。ある程度の金を持ち、この第三月面都市に住んでいる人間。タイミングから考えて、仁史に爆弾をしかけた人間。姿を現さない黒幕に、菜苗はおびえた。

 死にたくない。暴力だって受けたくない。菜苗は両手を、ぎゅっと握りしめた。泣いている余裕はない。それに菜苗はアイドルとして、簡単な護身術なら習った。父はいらいらが頂点に達したのか、

「私は昼食を取っていないのだぞ。分かっているのか!? お前ら、全員クビだ」

 と、どなり始めた。男たちは相変わらず、無表情のまま動かない。

「菜苗、台所でなにか作れ」

 菜苗も無視を決めこんだ。菜苗も食事をしていない。が、こんな状況なので、空腹感はなかった。

 ところで菜苗が誘拐されてから、何時間がたっているのか。この部屋には時計がない。菜苗は窓の外を見た。外は明るいので、今はまだ八時前だ。月面都市では毎日、夕方の八時から九時にかけて、都市全体がゆっくりと暗くなる。

 父だけが時おりしゃべる以外、静かにときが過ぎていった。どれだけたったのか、玄関のドアが開く音がした。うつむいていた菜苗は驚いて、顔を上げた。緊張して、ドアの方を見る。ひとりの若い男が部屋に入ってきた。彼は疲れた顔をしている。

「正人さん、なぜこちらに来られたのですか?」

 父がびっくりして、男の名前を呼んだ。

「メールで連絡……」

 父は口をつぐんで、身を小さくした。正人が父をにらんだからだ。父が下に出ていることから、この正人が黒幕だ。菜苗は唇を引き結んで、彼を見た。正人は尊大な態度で口を開く。

「仁史たちのせいで、予定が変わった。君にはひとりで、日本へ帰ってもらう」

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