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 遊学先にと用意されたのは三階建ての建物だった。

 魔法陣があった部屋は一階。この階には、他に共有スペースとして使える大きめな部屋がある。大きめと言っても宮殿でいうそれの感覚とは比ぶべくもない。しかし、この家の中ではやはり比較的大きく、他の部屋を三つないし四つほどポンポンと並べることのできる程度には、広い。

 共有スペースがあるならばつまり個人の空間があるということである。他の部屋、というのがまさしくその個人の空間のことであり、有体に言えば――というよりは他に言いようもないのだけれど――それぞれの個室のことだ。

 イヴの個室として宛がわれたのは、三階の二部屋であった。尤も、イヴの部屋に入るためのドアは一つしかない。内側にもう一つドアがあり、イヴ専用の物置として使えるようになっていたのだ。三階には廊下を挟んでもう二部屋あり、一つは完全な空き部屋だがもう一つはメリエルが使う予定となっている。

 二階には男性陣が利用する部屋が二部屋と、書庫の部屋、それから空き部屋が一つ。そして一階は共有スペースとキッチンだ。他にも地下に二階層ほどあって、食料などの倉庫がある。魔法陣の部屋は地下二階だった。

 一階の玄関から更に外に出ると、建物の外観が見えた。石造りの、質素ながらも意匠の施された建物だ。よく見ると、隣の建物も、そのまた隣の建物も、通りを挟んで向かいの建物も、全て石造りの三階だてだった。綺麗に高さが揃い、統一感のある意匠が施された建物が並ぶ様は、街の景観を美しく映えさせていた。

 周りの建物と比較するに、遊学先の建物はどうやら、ごくごく一般的な水準の造りをしていたようだ。

 であるならば――。

 三四半刻(およそ四十五分前後)ほど前に見た光景を頭に浮かべながら、イヴは眼前の建物を見上げる。


「本当にここ、なのですか?」

「ええ、殿下。恐らくヤツはこの中にいると思われます」


 ――であるならば、やはり目の前にある建物は少しばかり、見窄らしいのだろう。











 公爵家邸宅があった貴族街を、更に円周するように栄える平民街。平民街には市場が五つほどあり、その合間を埋めるように居住区が広がっている。特にこれと決まったルールはないが、どちらかと言えば南の方が高級志向の店や家屋が多く、北へ行くほど大衆染みた様相を呈していく。

 イヴが遊学で滞在する家は平民街の、王城から見て西の方角にあると聞いた。一方、メリエルの案内で一向が歩いているのは、どちらかと言えば装飾などが慎ましやかな街並みの広がる北西部である。慎ましやかとは言っても、人々に活気がない訳ではない。むしろ街並みこそ慎ましやかだが、行き交う人々は活気に満ちあふれている。商魂逞しい露店の主人が呼び込みをする声であるとか、がっちりと厳重に布を巻いた大剣を背負った戦士風の男が、隣を歩く魔術師らしき男に大声で何事か語り掛けている声だとか、そういうある種やかましい音で街の空気はさざめいていた。



 一向は雑踏の間をすり抜けるようにして目的地を目指す。彼女たちが向かっているのは、この平民街よりもさらに外側だ。言うまでもなく、貧民街と呼ばれる場所である。

 貴族街と平民街の間にあったものと比べ、些か質素な門をくぐり抜けると、貧民街にたどり着く。王宮から貴族街、平民街、そして貧民街とぶち抜き一本につながる大きな道こそ小綺麗に整備されているが、少し外れてしまえば舗装のされていない土の道が現れる。舗装がされていないだけではない。無計画で無秩序に建てられた家屋が軒を連ね、道が入り組んでいるのだ。

 そして厄介なことに、彼女たちの目指す先はこの整備のされていない入り組んだ路地を通らなければならない場所にあった。


「殿下、お気を付けて。……特に子供には、近寄ってはなりませんよ」

「ええ、大丈夫よメリー。ありがとう」


 貧民街に入ることなど今の今まで一度もなく、その余りの文化の違いを目の当たりにして辺りを忙しなく見回していたイヴに、気遣いの声がかけられる。返事をしながら、イヴは貧民街に入るにあたって事前に教えられた事柄を思い出していた。


 舗装のされていない入り組んだ道を好んで通る者など、そうはいない。そういう道を通るのは、やむにやまれず通らなければならない人々か、都合がいいからわざわざ通る者たちのどちらかだ。前者の殆どは草臥くたびれた建物に辛うじて居を構える襤褸ぼろを纏った貧民たちで、後者は人目のつかないことをいいことに集まった盗っ人や人攫いなどである。

 イヴたち一向の場合はやむにやまれずの前者ということになるのだが、勿論彼女たちの素性は貧民などではない。普段の彼女たちであれば、優美な装飾が施された近衛騎士の証である紺や碧の鎧、あるいは王女らしくドレスを身に纏っているであろうし、住む場所もずっと立派だ。今は街に溶け込むためそれ相応に素朴な服装をしているが、襤褸とまではいかない。それに、同行者二人は悪目立ちするタイプだ。

 メリエルは軍人らしくしゃんと背筋が伸び、足取りもキビキビとしている。うらぶれた道を歩く者の大半が肩を落としトボトボと歩くのとは、あまりにも対照的である。ローリーにしたってこれで中々の伊達男であり、さらに纏う雰囲気が老紳士然としているから、中々に目立つ。そしてなにより、二人の顔には生気がみなぎっており、死んだ目をした周囲の人間とはまるで違う。この二人が余りにも街の雰囲気から浮いてしまっているせいで、なんだか注目されてしまっているような気がするのだ。――無論、イヴ本人がその類まれなる美貌故に一番浮いていることを、本人は知る由もない。


 こういう風に悪目立ちをすればするほど、残る後者の人間――つまり、盗賊や人攫いの格好の的になりそうなものであるのだが、不思議と襲われることもない。理由は恐らく、腰に佩いた剣であろう。一向は三人が三人とも、王女であるイヴでさえもが剣を佩いていた。

 街の中で剣を堂々と持てる人間というのは、この国では限られている。軍属にあるか、特別に許可を得た場合のみだ。それ以外で必要な場合、街の中ではすぐに抜くことができないように、帯状の布でぐるぐると幾重にも覆わなければならない。勿論、剣だけでなく刃がついている武器は全て同じである。そのほかの武器、例えば大金槌等に至っては、完全に許可制となっているのだ。

 剣をすぐに抜くことができる状態で持ち歩くことができるということは、その人物が万が一のときに街の中で剣を振るうことを認められているということに他ならない。故に素のままの剣を佩くということは、この国では特別な意味を持つのだ。

 そんな人物にわざわざ襲い掛かろうという人間など、ほとんどいない。そのようなリスクを冒すよりもよっぽどローリスクでハイリターンな獲物など、他にいくらでもいるからである。


 

 日の当たらぬジメジメとした土の道を踏みしめれば、当然靴や裾に泥が跳ねて汚れる。もちろん、靴も服も高い。イヴはこのような舗装もされていない道を歩いたことがなかったから、一歩を踏み出すのですら躊躇してしまう。しかし、メリエルは跳ね返る泥など気にする素振りすらみせず、軍人らしい足取りでキビキビ歩く。ローリーもまた、気に留めてすらなさそうだった。二人が気にしていないのだから、文句を言うわけにもいくまい。そもそも、着いていくと言い出したのは自分自身である。イヴはできるだけ泥を飛び散らかさないよう、慎重になりながら歩を進めた。王都内の、舗装されていないとはいえ人が行き交う道の歩き方ですら、イヴには上手にこなせない。


 

 開発計画もあったモノではない貧民街の入り組んだ道を辿っていくと、メリエルがふいに立ち止まる。


「到着いたしました、殿下」


 ようやっと辿り着いたその店は、二階建ての建物だった。

 貧民街の中でも瓦礫街と呼ばれる、石造りのボロボロな平屋や住居跡ばかりが立ち並ぶこの場所において、異彩を放つ木造二階建て。階層一つ分頭が飛び出ていながら、さりとて不思議と街に溶け込んでいるのは、この店の外観がひどく古びて見えるからか。

 そう。この建物、店なのだ。掲げられた看板が示しているのは、この建物が商人ギルド経営の店であるということであった。

 名を、【リーブラ・カストルム オースティン王国第三支店】という。


「これは、また……」


 そして話は、このペヱジの冒頭へと戻るのである。









「【リーブラ・カストルム】といえば、あの繁盛していると噂のお店ではないのですか?」


 先鋭的な売り方で有名になったというギルドについては、イヴも名前くらい、耳にしたことがある。しかし、話によれば大変繁盛しているということであったはずなのだが、中に入るまでもなく、目の前の店からは活気のかの字すら窺うことができなさそうだった。だって、繁盛して活気がある店の看板が傾いているはずはないではないか。


「恐らく殿下が仰っているのは【リーブラ・カストルム】の中でも第一支店のことでしょう。第二支店もそこそこ調子がいいと聞いたことがありますが」


 メリエルの説明によれば。

 【リーブラ・カストルム】は現在このオースティン王国王都に三店舗あるという。その中でも第一支店、第二支店はそれぞれ平民街の別の場所に存在し、そこそこというレベルでないほどに繁盛しているらしい。

 ところがこの第三支店、存在すらあまり知れ渡っていないのである。絶賛繁盛中の【リーブラ・カストルム】のネームバリューを以ってしても客足が一向に近づかないというのは、呪いでもかけられているのではないかと思う程だ。勝手に今人気のギルドの名前を掲げているのではないかとまで、まことしやかに囁かれているが、メリエルによればなんの間違いでもなく正真正銘確実に【リーブラ・カストルム】の正式な店舗なのだという。


「ふむん。そもそも、同じギルドの店をこの王都に三つなど、果たして必要あるのかと疑問に思いますがね」

「ええ、確かに」


 ローリーの言うことも尤もだ。イヴは一つ頷いて、それからメリエルに疑問を投げかける。


「それで、なぜエリク・グッドウェイ騎士はこんな辺鄙な場所にある、人の寄り付かない店にいるのですか?」

「あまり勿体ぶることでもないと思うので言ってしまうとですね」


 メリエルがそういいながらも少し言いにくそうな様子で答える。


「エリクは、この店の店主をしているのです」

「店主? 彼は騎士なのでは?」


 イヴの頭の中に大きな疑問符が生まれる。


「騎士規則で副業は禁止されているはずでは?」

「そのあたりのことは、本人から直接お聞きください。せっかくお越しになったのですから」


 そういうとメリエルはドアの方へ体を向ける。

 そういえば、とイヴが思い出したのは、エリク・グッドウェイ騎士が自分の苦手とするような人物なのではないかという予測についてだ。騎士にも関わらず副業をし、それも店の手伝いではなく店主を務めるほどどっぷりである。これは中々、はなはだ極々厄介な人物なのではないだろうか。自分が苦手とする種類の人物に会うための心の準備はというと、まるで間に合っていない。


 ちょっと待って。その声が喉元から出るよりも早く、メリエルが店の扉を叩く。

 厄介事の足音は、コンコンコンとノック三回。案外こういう音をしているのかもしれない。

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