奇を衒う
一か月以上ぶりです。
家に帰り自室に入った俺は母が夕飯に呼んでいる声を無視してノートを観察した。
少女が立てた明日の予定に危険なものがないか、怪しいものがないか気になったからだ。
結果から言うと、特に危険な予定はなかった。
それはそうだ、ノートを押し付けられた時に少女から取引を持ち掛けられた。殺してしまったり、けがをさせてしまったらまるで意味がない。予定を見る限り普通の予定のようだが、先生から頼みごとをされたり隣のクラスのやつにジャージを貸したりと慌ただしい一日なだけだった。
一番最後まで見て俺は息を吐き、夕飯へ向かうのだった。
次の日、学校の教室に着くなり隣のクラスの高槻にジャージを貸してくれと言われた。一時間目から体育があるのに忘れてきたらしい。本当に予定通りだったので驚いたが表情には出さずにジャージを取り出す。
ジャージを貸したあと、ノートを確認するために人気のない非常階段前まで廊下を突っ切る。
ノートを見ると、『8:25に隣のクラスの高槻君にジャージを貸してくれと頼まれる』と書いてあった。
すぐに時計を見ると『8:27』を指していた。高槻にジャージを貸してここに来るまでに約二分だったから予定は実行されたということになるのだろうか。
というか、あの少女は高槻の名前まで知っているのか。彼は中学で同じクラスだったのだが特に不良というわけでもないし、こういっては何だが、何をやらせても平々凡々でクラスメイトじゃなかったら忘れ去られるくらいの如何にもその辺にいそうな人間だ。
まあ、昨日の去り際のことを考える限り彼女は人間ではないのだから元クラスメートの名前を調べるくらい朝飯前なのだろう。そう自分に言い聞かせ、教室に戻る。
今日これから予定がたくさん入っているのだ。起こるか起こらないかはわからないが今日はとても疲れそうだ。
授業がすべて終わり、ホームルームを聞き流しながらノートのことを考えた。
まさか本当にノートに書いてある予定が時刻も人物も寸分違わず実行されるなんて思っていなかったからだ。
いや、本当は初めから実行される気はしていたが認めたくなかっただけなのかもしれない。
認めたら、自分の人生が非凡な方向に捻じ曲がる。普通は嫌だと言っておきながらも平凡を求めていたのだ。俺は普通に高校を卒業して、大学に入って彼女を作り、就職して、結婚して、子供を産んで、嫁と子供に囲まれて幸せに暮らしたかったのだ。
それに、あの少女との約束も果たさなければならなくなるからだ。
あの少女は俺の人生をどんな方向へでも捻じ曲げることができる力を持っている。持っていないわけがない。
あの少女の『忘れ物』がどんなものかわからないがリスクはそれなりにあるだろう。
最悪の場合、死んでしまうこともあるかもしれない。
いや、もしかしたら永遠に苦しみが続く中に閉じ込められるかもしれない。
だが、もう遅いのだ。俺はもう少女との契約に囚われてしまったのだから。