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第9話とある水の姫巫女の初日-アライア姫-

 海中から戻った後、二時間くらい休憩を挟み、俺はセリーナに連れられてとある場所に連れて来られていた。現在の時刻は朝の九時過ぎ。何とも朝からハードな日程だ。


「あの、セリーナさん。ここは?」


「静かにしていてください。これから巫女様は重要な人物にお会いします。礼儀正しくしていてください」


「重要な人物?」


 確かに今から俺が入ると思われる場所は、一般の人は決して入れそうにない雰囲気を醸し出していた。一言で表すなら、王室と言った所だろうか?


(って、まさか)


「失礼いたします。アライア姫様、水の姫巫女様をお連れいたしました」


 扉をノックした後にセリーナがそう言う。どうやら俺の予想は的中したらしく、今から入るこの部屋は、恐らくこの国の姫である方が生活している場所に違いない。


(しかし何故、謁見の間じゃなくて姫個人の部屋なんだ?)


 水の姫巫女を紹介するなら姫だけでなく、国王にも一緒に紹介すればいいのに、わざわざ個人に会いにくる必要が果たしてあるのだろうか?


「どうぞお入りなさい」


 向こうから返事が返ってきたので、セリーナは扉をゆっくりと開けて中に入る。


「では失礼します」


「し、失礼します」


 緊張した面持ちで姫の部屋へと入った俺は、とりあえず姫の姿を探す。アライア姫は窓際の椅子に腰をかけてゆったりと紅茶(と思わしきもの)を飲んでいた。


「あなたが先日新たに誕生した水の姫巫女ね?」


「は、はい」


 こちらに顔を向けず突如話しかけてきた姫に、俺はガチガチになりながら返事をした。


「あら、そんなに固くならなくていいのよ。水の姫巫女は世界を守る者の一人、一国の姫でしかない私よりあなたの方が目上なんだから」


「そ、そう仰られても……」


 相手は一国の姫だ。むしろ俺の方が下手にでなければならないくらいなのに、そう言う事を言われると余計固くなってしまう。


「もう、仕方ないわね」


 アライア姫はマグカップをテーブルの上に置くと、ようやくこちらに顔を向けて優しく微笑んだ。太陽に照らされた銀色の髪は、とても美しい輝きを放ち、その微笑みがより綺麗なものへと仕立て上げた。俺はその微笑みに思わず女であることを忘れ、見惚れてしまった。


「初めまして水の姫巫女様、私はこの国の姫を任されているアライアと言います。どうぞよろしくお願いします」


 そしてその彼女から放たれた言葉は、とても優しくて丁寧な言葉だった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

「は、は、初めまして。先日水の姫巫女になりましたミスティアです」


 そんな優しい挨拶に対して、俺は相変わらずガチガチの挨拶を返してしまう。あまりこういう場に慣れていないからかもしれないが、それ以上にアライア姫があまりにも華麗すぎて、男の自分が出てしまいそうで色々な意味で緊張していたからなのかもしれない。


「もう巫女様ったら、固くなりすぎですよこれからこのような場面が何度もあるというのに……」


「そ、そう言われましても、やはり緊張してしまいます」


「もうからかわないであげなさいよ。そういうあなたも初めて会った時は、こんな感じだったのよ?」


「そ、それは言わないでください姫様。わ、私だって最初は緊張してばかりだったのですから」


「今も大して変わらないわよ?」


「や、やめてくださいってば」


 アライア姫とセリーナの会話で、一気に場が和む。ここまでフレンドリーな姫なんて果たしていたのだろうか? 俺の知るか限りではいないと思うが……。


「ところで姫様、本日私達をお呼びしたのはどういったご用件で?」


「特に用はないわよ。ただ、一度会ってみたかっただけ。新しく誕生した水の姫巫女に」


「そうでございましたか」


「あ、でも少し彼女と二人でお話がしたいわ。セリーナさん、少し席を外してもらえないかしら」


「分かりました。それでは」


 セリーナはそう言うと、俺を残して部屋を出て行ってしまった。


「いつまでも立っているのは辛いでしょうから、どうぞそこに、腰をおかけなさい」


 二人になった後に、姫に彼女の反対側の椅子に座ることを勧められ、俺はそこに腰を掛ける。巫女服を着たままのせいか、どうも座りにくいがそこは我慢した。


「あなたは紅茶とか好きかしら?」


「嫌いではないです」


「そう、よかった」


 俺がそう答えると、姫はマグカップを別に用意してくれ、そこに紅茶を注いでくれた。ちなみに俺自身あまり紅茶は好きではないのだが、そこは空気を読んで嫌いではないと答えた(果たして飲み切れるかは分からないが)。


「ふう、やはり天気のいい日はこうやって紅茶を飲んで一息つくのが幸せだわ」


「そうなのですか?」


「あら、知らないのね。暖かい日差しを浴びながら飲む紅茶は最高なのよ」


「へえ」


 試しに紅茶を一口飲んでみる。しかし、俺にはイマイチその味の違いが分からなかった。


「さてと、早速だけどあなたにお話したい事があるの」


「私に話したい事ですか?」


「ええ。これはあなたの今後に関わるとても重要な話よ」


「私の……今後?」


 水の姫巫女になったばかりの俺の今後といったら、女としての生活の仕方だろうか? って、それは俺自身の問題であって、ミスティアとしては全く関係ないか。


「正直私は驚いているわ。まさかこのような事態が起きてしまうなんて」


「このような事態?」



「あなた自身疑問ばかりなのでしょ? 自分の身に何故こんな事が起きてしまったのかを」


「え、えっとそれは……」


 彼女の言葉は明らかにミスティアに向けた言葉ではない。その中身である俺に語りかけている言葉だ。だから俺はどう答えればいいのか戸惑ってしまう。


「私も何故このような事が起きてしまったのか、未だに分からない。けど、必ずその魂を元あるべき場所に戻してあげるわ」


 そして彼女の言葉はどんどん核心に迫る。そして最後にトドメとして、


「だから頑張って。春風咲田君」


 彼女は俺の名を告げたのであった。


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

 突如自分の名前を出され、俺は更に動揺してしまう。もしかして彼女は、俺の事を既に分かっているというのだろうか? 水の姫巫女ミスティアの中身は、男の春風咲田である事を。だから彼女はあえて俺の名前を出した。


(でも何故、俺の名前を?)


「うふふ、いきなり自分の名前を出されてビックリしたかしら? 誰にもバレていないと思ったら大間違いよ」


「で、で、でもどうして俺の名前を?」


 動揺を隠せていない俺は、思わず生前の本来の自分を出してしまう。声色は女性であるのは変わりないので、少し気持ち悪いものになってしまったが、今は気にしない。


「詳しくは話せないけど、あなたがここに来る前……生まれ変わる前と言った方がいいかしら? この世界でちょっとした異変が起きたの。その時異世界の人物であるあなたがここに飛ばされる事を感知したの」


「飛ばされるのを感知したって、魂だけをどうやって」


「それがね、あなたの魂だけではなく身体ごとこちらの世界にやってきたの」


「身体ごとって、まさか!」


「ええ。あなたの身体は今この国のある場所に保管されているわ。ただし、もう既に息絶えてはいたけど」


「やっぱりそうなのか……」


 異世界に転移しても、死んだという事実は変わりないという事だ。だったら尚更、謎が深まる。


「でもどうして、死んだはずの俺の魂がこの身体に?」


「それがよく分からないのよ。この身体が元から存在したのかも分からない。一つ分かっているのが、この身体だけが突如として現れたのが、丁度水の姫巫女の誕生の儀式を行っている時。だからこの女性を私達は水の姫巫女とする事にした。まさかその身体に憑依した魂が、あなたのものだとは知らずに……ね」


「あの、誕生の儀式とか憑依とか色々分からないことばかりなのですが……」


「それについてはまた順を追って話す時が来ると思うから、それまであなたには水の姫巫女として暮らしてほしいの。無茶なお願いだとは思うけど、こちらもできる限りのサポートはさせてもらうからお願いします」


 突然頭を下げて頼んでくるアライア姫。正直腑に落ちない事ばかりなのだが、今はそれを聞くべきではない。


「頼まれなくてもやってみせますよ。その変わり約束してください。俺がいつか元の世界で成仏できる日が来ることを」


「勿論約束します。多少辛いことが多いかもしれませんが、咲田様もどうさ頑張ってください」


「はい」


 だからそれまでの間は、水の姫巫女ミスティアとして生きればいい。いつかは必ず、成仏できる日が来ることを信じて。

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