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第66話そして世界は光に包まれる

 アライア姫と別れ、辺りを見回すとほとんどの物が形を取り戻し、闇に飲まれていた人達も元に戻り始めた。


「ふう、やっぱりすげえな。この世界は」


 もう終わりかけているであろう歌を耳で聞きながら、地べたに大の字になって寝そべり空を見上げる。そこに映っていたのは、一面に広がる青空と、そんな俺を眺めるセリーナだった。


「巫女様、この世界は好きですか?」


「ああ。大好きだ。色々あって苦労もしたけど、俺はこの世界に姫巫女として二ヶ月も過ごせたことを誇りに思うよ」


「そうですか。その言葉が聞けて嬉しいです」


「ああ。これで俺は安心してこの世界から離れられる」


 実は地べたに寝そべったのは、もう体が動かなかったから。アライア姫がいなくなったのだから、じきに俺の番が来るのは分かっていた。本当はグリアラ達にもちゃんとお別れを言いたかったけど、もうそれをする余裕も残っていない。


「巫女様、いえ咲田様。二ヶ月間でしたけどありがとうございました」


「こちらこそありがとうなセリーナ。こんな女装まがいな姫巫女と一緒にいてくれて」


「何を言っているんですか。それでこそ水の姫巫女ミスティアじゃないですか」


「何か嫌だな、それ」


 思わず笑ってしまう。ああ、今こうしている間にも、体は消え始めているんだろうな。もう意識も遠のき始めているし。


「なあセリーナ、お前勝手に継承されていたけど姫になるつもりなのか?」


「まだ分かりませんが、それがアライア様の想いなら、私がそれを受け継ぎます」


「そっか。じゃあこの後大変だな」


「そうでもありませんよ。もうこの世界は一つになったのですから」


「それもそうか」


 バラバラになっていた四人の姫巫女と歌姫が一つになって、大きな事を成し遂げた。それはかけがえのないものになるはずだ。この先も。だから、きっと大丈夫だよなこの世界は。


「さてと、そろそろ時間みたいだな」


 俺はゆっくりと目を閉じる。もう目を開くこともできない。あとは全てに身を任せるだけだ。かろうじて口は動かせるので、会話は続ける。


「咲田様、お元気で」


「セリーナもな。次会えるとしたら来世とかになるかもしれないけど、その時まで姫続けていろよ」


「もう無茶言わないでください!」


「無茶なんか言ってないさ。お前ならきっと……できる……」


「咲田様? 咲田様!」


 そして言葉も出せなくなる。これで本当にこの世界とお別れだ。声は出せないけど、ちゃんと別れは言わないとな。


 グリアラ、シャイニー。


 同じ姫巫女としてずっと一緒にいてくれてありがとう。


 四人の歌姫達。


 元の世界へと帰る道を作ってくれてありがとう。


 そしてセリーナ。


 二ヶ月、お疲れ様。新しい姫として頑張れよ。


 最後にこの世界。


 俺を二ヶ月も生かしてくれてありがとう。


 さようなら。


 こうして春風咲田は世界を包む光とともに、この世界を離れて行った。沢山の人達と思い出を残して。


「咲田様ぁぁぁ!」


 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎

「うぅ、咲田様ぁ」


 咲田は光の中へと消えた。もう彼の姿を二度と見ることはない。


 その現実に、セリーナは我慢していた涙を流しながら、その場に崩れた。


「ミスティアさん、咲田君はどこへ?」


 そんな彼女の元に、歌姫達のサポートを終えた姫巫女三人がやって来る。


「咲田様は、たった今元の世界に戻りました」


「っ!? そ、そんな……」


 全員が驚きの声を上げる。本当ならちゃんと別れ告げたかった。それなのに、彼は行ってしまった。元の世界へと。残り少ない人生と共に。


「そんな、どうしてよ咲田……私、まだ言いたいことが沢山あったのに」


「何故なのじゃ咲田、妾にもしっかり別れの挨拶をさせておくれ。こんな悲しい別れ方は、妾は望んでおらんぞ咲田!」


「咲田君……」


 それぞれが想い想いの言葉を口にする。それは果たして彼に届いているかは分からない。何故ならもう彼はこの世界にいないのだから。けど彼はそこに確かに存在していた。人知れず私達の世界を救ってくれた一人の英雄がこの世界にいた。ほとんどの人がその名を言われても分からないかもしれないけど、彼はそこにいた。


 忘れることのない一生の思い出と共に、彼はそこにいた。


 セリーナは願う。そんな彼の残りの人生が、幸福であることを。


「咲田様、本当にありがとうございました。私達はあなたという素晴らしい人を忘れません。だからどうか、残りの余生安らかであらんことを、私は願っています」


 その想いは、他の姫巫女達も同じだった。


「私本当は咲田君に、去ってほしくなかったです。もっと一緒にいたかったです。でも私はこの別れを受け入れます。ですから咲田君、残りわずかな人生楽しんでください」


 シャイニー。


「本当お主は勝手な人間じゃった。しかしそれも、お主のよいところじゃ。どうかあちらの世界に戻ったら、ゆっくりと過ごすがよい。そしてどうか安らかに眠るのじゃ。妾の恩人よ」


 次にムウナ。


「せめて別れくらいちゃんと言いなさいよね馬鹿咲田。でも、水の姫巫女のあんたも、普通の人間のあんたも、どっちも私にとって忘れられないわ。だから元気にしてなさいよ。そして何年かかってもいいから、また顔を見せなさい。私達は待っているわ」


 最後にグリアラ。


 声など届かなくとも、想いはきっと届く。そう信じて、雲一つない青空の下、三人の姫巫女と一人の姫が別れを告げた。


 春風咲田という一人の人間に。



 そしてこの日から数日後、セリーナは新たなウォルティア王国の姫として新たなスタートを切ることになる。


「もう、しっかりしなさいよ。先代直々に継承してくれたんだから、情けない顔をしていると怒られるわよ」


「誰に怒られるんですか! というか、どうしてグリアラ様がここにいるんですか?」


「そんなの決まっているでしょ? 姫としての記念すべき初日なんだから」


 それは新たな世界の始まりを告げる日でもある。

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