閑話1残された者達
『どこに行くの? 咲ちゃん』
『どこって、助けに行くに決まっているだろ。あの子供を!』
バサッ
「またあの夢だ……」
咲ちゃんが私の目の前からいなくなってからもうすぐ一週間が経つ。あの日以来ずっと同じ夢ばかりを見ては嫌なことを思い出して、胸が苦しくなって、そして涙が流れる。そんな毎日を一週間繰り返したせいか、涙もすっかり枯れてしまい、今では胸に罪悪感しか残らない。
どうしてあの時私も一緒に行ってあげられなかったのだろう、どうして彼を引き止めなかったのだろう。その後悔だけが私の中でずっと渦巻いて離れようとしない。
(だって遺体すら見つかっていないだなんて、あんまりすぎるよ……)
あの日彼は子供を救うかわりに、自分の命を代償にした。おまけに遺体は上がってきておらず、葬式すらまともにできない状態。取り残された私達は、ひたすら彼の体が見つかるのを祈ることしかできない。
(咲ちゃんは夏が好きだったけど、私は余計に夏が嫌いになっちゃったよ……)
夏という季節は、私から大切なものを奪っていった。大好きな幼馴染、春風咲田という存在を、私夏野向日葵から奪っていった。だから私はこの季節が、大嫌いになった。夏なんかなくなってしまえばいい。そう思うようになった。
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事故が起きたのがまだ夏休みが始まったばかりだったせいか、残りの夏休みがすごく長く感じた。まるで一日が四十八時間あるみたいに感じるくらいに、ものすごく長く感じた。
「よう、向日葵。調子はどうだ?」
「いいように見える?」
「だよな」
そんな長い夏休みがようやく折り返し地点に差し掛かったある日の午後、彼の親友である花村雄一と久し振りに再会した。彼と会うのは、あの事故以来なので約一ヶ月振りだろうか。
「正直さ、俺はまだ信じられないんだよね。あいつが俺達の目の前からいなくなった事が。本当はまだどこかで生きているんじゃないかってたまに思うんだよ」
「どうしてそんな事が言えるのよ」
「だって未だに遺体が見つかっていないんだろ? だったら本当はどこかで生きているんじゃないかって思っちゃうわけよ。例えば異世界とかで」
「何それ、からかっているの?」
「別にからかっていないよ。ただ、そういうのもありなんじゃないかなって」
「ふざけないで! 咲ちゃんはもう死んだの! そんな生きているだなんてふざけた事言わないでよ。あの時私が呼び止めていば咲ちゃんは死ぬことなんてなかったの。だから全部私が悪いの!」
雄一はどこまでが本気で、どこまでが冗談で言っているのこ分かりにくい人間だった。それが彼のいい所でもあったりするのだけど、今はその言葉がどうしても軽く思えてしまい、私はつい冷たく彼にあたってしまった。
「全くお前はいつからそんな人間になったんだ? 何でもかんでも自分のせいにして、誰かを頼ろうとすらしない。こっちは少しでもお前の気持ちを楽にしてあげようと……」
「放っておいてよ! 私は……大丈夫だから……」
急に視界が眩む。体に力が入らず倒れそうになるが、そこは何とか踏ん張った。
「おい向日葵、お前……」
「大丈夫……大丈夫……」
だがすぐにまた力が抜け、そして……。
バダン
私はその場で倒れてしまった。
「おい向日葵! 大丈夫か? おい!」
もしかして私も死ぬのかな。そしたら咲ちゃんの元に行けるかも……。
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『咲ちゃん』
『咲田』
どこか懐かしい声が聞こえた気がした。その声は俺の幼馴染と、親友の声にそっくりだった。でも聞こえるはずなんてない。届くはずがない。俺は彼女達を現実に残してきてしまったのだから。
「また夢……なんだよな?」
水の姫巫女になって三日目の朝、俺は懐かしい声と共に目が覚めた。時間はまだ朝の三時。儀式の時間まではまだ三時間はある。
「向日葵……雄一……」
この世界にやってきて一度も口にしていなかった幼馴染と、親友の名を口にする。彼らは今、どこで何をしているのだろうか? まだこちらの世界に来てから三日しか経っていないけど、現実の世界ではどれくらいの時間が経っているのか分からない。
一ヶ月?
半年?
一年?
正確な時間差が分からないので、本当にどれくらいの時間が経っているのか分からない。だからこそ不安になってしまう。そして何よりも不安なのが、俺自身の存在が忘れ去られてしまうこと。二人がいる限りそれはないと思うが、やはりそれでも不安になってしまう。
(それにこの胸騒ぎ、何かすごく嫌な予感がする)
もしかしたら彼女達の身に何かあったのだろうか? あったとしたら、すぐに助けに行きたい。たとえ体がなくたつて、無理矢理でも助けに行きたい。それくらい俺にとって二人は大切な存在なのだ。だからこそ後悔してしまっている。二人だけを残して死んでしまったことを。
(本当にごめんな二人とも……必ずいつか、戻って声が届かなくても誤りに行くから)
そう一度心の中で詫び、そして約束をした上で、残された二人が今どうしているのか気にしながら、俺は三日目を迎えるのであった。