第11話懐かしいあの光景
再び城内へと戻った後は、セリーナがしばらく部屋でゆっくり休んでいてくださいと言うので、俺は一人部屋へと戻った。
「疲れた〜」
部屋に戻るなりベッドに飛び込んだ俺は、天井を見上げた。時間はまだ夕方の五時、寝るには早い時間なのだが、色々ありすぎてすぐに睡魔に襲われた。
(まだこの後も何かあるのかな)
しばらく天井を見た後、ゆっくりと目を閉じる。このまま一日が終わってくれれば助かるのだが、水の姫巫女である分、この後も何かありそうでうまく寝付けない。
(昨日よりも今日の方が疲れたな……)
裸エプロンキャラ(?)のユキネの出会いから始まって、初めての儀式で見えたあの光景、そしてアライア姫に俺の正体がバレていて、ほんの少しだけど森の姫巫女とも会話した。だがまだ夕方である。この先も何か起きそうだから、ちょっと覚悟しておいた方がいいのかもしれない。
(だからその前に一休み……)
色々と一日を振り返っているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
俺が儀式の際に微かに見えた景色は、どこか懐かしいような風景だった。そう、あの景色は俺が死ぬ前に住んでいたあの街に似ていた。
『ねえ咲ちゃんは、この街が好き?』
『嫌いではない、かな』
『またまた、そんな事言って。本当咲ちゃんはツンデレなんだから』
『ツンデレって、俺がいつデレた!』
『いつもだよ』
そして俺はその街で二十年という長い時を過ごした。別にこの街が嫌いではなかったので、一人暮らしをしようとも考えなかった。その理由は幼馴染の存在と、高校になってできた親友。俺にとってはどちらも大切な存在で、いつまでも一緒に同じ時を過ごせたらいいと思っていた。
そう、あの日が来るまでは。
『え? 子供が溺れている?』
『うん。今救急隊の人を完ちゃんが呼びに行っている……って、どこに行くの咲ちゃん』
『どこって、助けに行くに決まっているだろ、その子供を!』
バサッ
「はぁ…はぁ…。今のは……夢?」
再び俺が目を覚ましたのは、夜の八時。もう既に夕食の時間はとっくに過ぎていた。
(随分と嫌な夢だったな……)
でもあれは決して夢の出来事はない。現実の俺の身に起きてしまったこと。
(そういえば死んでから、一度も夢なんて見ていなかったな)
死者が本来夢を見ることなんてないのだが、今俺はこの身体で生きている。だから見たくない夢ですら見えてしまうのだ。
(忘れられそうで忘れられないよな絶対)
「巫女様、起きていますか?」
そんな事を考えていると、部屋の外からセリーナの声がした。どうやらずっと寝ていた俺の様子を見に来てくれたらしい。たかだか二時間寝ていただけで、そこまで気にかけることはないのに。むしろこのまま寝かせておいてほさそかったくらいだ。
「起きていますよセリーナさん」
「そうでしたか。では少し遅い時間になってしまいましたが、夕食の時間にしましょう」
そう言うと、セリーナは台車と思わしきものを押しながら部屋へと入ってきた。台車の上に乗っかっているのは、わざわざ持って来てくれたであろう夕食。
「もういくら起こしても起きなくて困りましたよ本当」
「すみません。多分疲れていたから、グッスリ眠ってしまったんだと思います」
「まあこの後予定などはなかったので、まだ寝ていてよかったのですけどね。はい、これが本日の夕食です」
「あ、ありがとうございます」
わざわざテーブルに食事を並べてくれたので、一旦ベッドを降りて椅子に座って食事を取り始める。
「いただきます」
今日一日朝、昼、晩とこの世界の食べ物を食べてきたのだが、やはり水上都市なだけあって主に魚料理が多く、生前は寿司などといった海鮮類が大好物だった俺にとっては、とても好ましい料理ばかりだった。ただ一つ問題点があるとしたら、これが毎日続くと流石に飽きてしまう事だろうか。
「そういえば巫女様はこう言った料理が好きなのですか?」
「はい。こういった海鮮料理は私の好物だったりするのですけど、やはり毎日こればかりだと少し飽きてしまいそうです」
「では明日は少し料理の内容を変えてもらいましょうか?」
「できるのでしたら是非そうしてもらいたいです」
「ではそう伝えておきますね」
二十分後。
結構量があったせいか、少し時間がかかってしまったが完食。食器を片付けながらセリーナは俺に向けてこんな事を聞いてきた。
「そういえば巫女様、アライア姫様と何を話していたのですか? 部屋から出てきた時、小難しそうな顔をしていましたけど」
「特に大事な話なんかしていませんよ。単なる雑談ですよ」
「そうでしょうか? 少しだけど会話を耳にしたのですけど、何か巫女様重大な隠し事をしたりしませんか? 実はおねしょをしたとか」
「隠し事なんかしていません。それに何ですかおねしょって!」
隠し事は確かにしてはいるけど、おねしょは流石にないだろ。というかそれが仮に姫にばれていたら、俺は恥ずかしくて外に出れなくなってしまう。
「ふーん。まあ、何があっても巫女様は巫女様ですので、あえて深追いはしませんけど」
「だから何も隠してなんかいませんって」
「そうだといいのですけどね。では私は後片付けがあるのでこれで失礼しますね。明日もちゃんと儀式があるのですから、寝坊しないでくださいね」
「心配しなくて大丈夫ですよ。ちゃんと起きれますから」
「いざという時は私が叩き起こしに来ますから。それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
セリーナはそう言って、部屋を出て行った。どうやら今日の仕事はこれで終わりらしい。
「終わったー!」
さっき寝たばかりだというのに、俺はまたベッドに飛び込むとそのまま目を閉じた。
(明日からが本番だよな。気を引き締めないと)
今日一日だけでこれだけ濃かったのだから、明日もきっと何か起きるのではないかと、若干胸を高鳴らせた後、やはり疲れていたのか、俺は再び眠りについた。
こうして長かった水の姫巫女としての初日を、俺は終えたのであった。