恋だったとはいえない
ぼくたちがはじめて出会ったとき
ぼくたちはまだ子どもだった
それは花祭りで賑わう石畳の上でもなければ
ふたつの町をもやう橋のたもとでもなかったけれど
あの日あの場所にたしかにきみはいて
そのいぶかるようにわずかにすがめた瞳は
ぼくの驚きに満ちた視線を受け止めていた
ノートに書かれなかった小さな出来事は
この世のどこを探しても見つからない
しるせなかった遠い過去の記憶は
だれにも見つからずにぼくの中だけにある
町は人であふれていた
その中できみはぼくと出会った
きみがぼくを認めて赤面するさまを
十二歳のぼくはただ茫然と見つめていた
この地上に何十億の恋の花が咲いても
ぼくには興味はなかった
体中の毛が生え揃うのを待ちわびていた
何かひとつでもきみに近づきたかった
はるか昔の はるか彼方の思い出にすぎない
そう言えよ いくらでも
そう笑えよ いくらでも
その瞬間の記憶だけをぼくは大切にしてきた
すべてを失い丸裸になって三途の川を渡るときにも
ぼくは川守に微笑むだろう
きのうのことのように覚えているよと
あるときから
ぼくはきみを避けた
ことばをつくしてきみを避けた
ぼくを守るために
きみを守るために
せめて恋というものに陥らないために
平凡な代名詞で 記憶が書き換わらないように
恋だったとはいえない
ぼくたちは子どものままだった
ぼくたちがもう会えないと悟ったときも
はるか昔の はるか彼方の思い出にすぎない
生きていることが 思い出に別れを告げる
ぼくたちはもう会えない
でもぼくは
若く鮮明だった記憶に感謝する
ぼくたちをこんな風につくってくれた
信じたくもない何かに
感謝する