表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サクラサク

作者: 時雨沢 翔
掲載日:2010/08/31

 ジョージは飛び込むように部室に入ってくると、持っていた新聞を中央の机一面に広げた。

「なんだよ、入ってくるなり」

 孝之はジョージの不可解な行動に面食らった。

「コレミテ」

 ジョージは新聞の見出しを指差した。

 ここ、国際交流部の部室には、孝之、由良、健一、チェンの四人がいた。今は春休みなので、他はみな実家に帰っていた。

「桜咲く、受験生の笑顔」と見出しに書かれている。

「ネエネエなんでサクラサクなの?」とジョージは孝之に聞いてきた。

「?」孝之は質問の意味がわからなかった。

「多分……」横から由良が割ってきた。

「『なんで桜じゃないとだめなの?』って言いたいんじゃない?」

「イェス!」ジョージがうなずいた。

 その大きな声に皆が集まってきた。先ほどの会話を耳にしていたのだろう、日本語の堪能なチェンが偉そうに説明した。

「学生が受験を乗り越えて合格したことを、桜が冬に耐えて花を咲かせることに例えたのさ」

 「?」でいっぱいになったジョージに、由良が丁寧に説明した。

 ジョージはうーんと言い、「サクラだけ?」と首を傾げた。すかさず由良がフォローする。

「『桜じゃなくてもいいじゃない?』って。えっと、例えば梅だって冬を越すでしょう?」

「入学式の時期は、桜は咲いても梅は咲かんだろ」孝之があきれるように言った。

「でも桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿って言うよ。梅の方が強いんだし、桜にしなくても良くない?」と由良が反駁した、らしい。

 孝之は由良の言葉の意味が分からなかったが、ここで健一が口を開いた。

「だからこそ桜がいいんです。儚さは美しさ……」

 部室が静まり返った。健一は意に介さず、言葉を続けた。

「桜の強さは梅の強さと次元が違うのさ。それを知ってもらう方法が一つあるけど、やる?」


 結局健一の企画に皆が乗ることとなった。健一は教えたくないと言い、内容は当日まで秘密にされた。

 持ってくるものは、エプロン、ゴム手袋、無色の布製品。布製品?

 孝之、ジョージ、由良、チェンは大学の正門前に集まると、皆で健一の家へ向かった。

 健一の部屋に皆が入ると、案の定窮屈だった。リビングにはお鍋やボウルが用意され、ますます狭い。

 健一は廊下に面した台所から、濃い液体が入った瓶を持ってきた。「これは桜の染液。さあ、みんな布を出して」

 まず染液をボウルや鍋に取り出し、そこに布を入れる。布を出したり入れたり、台所で染液ごと加熱したりした。ジョージはうれしそうに「Wow!」と叫び、由良は楽しそうだった。

 染液に漬け込んだ後、それをアルミ媒染と呼ばれる透明な液につけた。チェンが色素と金属イオンがどうこうと知識をひけらかしてきたが、孝之は作業に没頭したふりをして無視した。

 またしばらくおいて、布を水で洗って酢水につけ、もう一度水で洗う。それをしぼってから、ベランダの物干竿に吊るした。淡いピンク色をした布が風にはたはたとなびいた。

「きれいだね」と由良。皆もベランダを見ながらため息をついた。

「ところでこの染液、何から作られるか分かる?」健一が皆に尋ねた。

「普通に考えて花びらだろ」孝之が答えた。

「違うんだなあ」健一はニヤニヤして、台所へと向かった。孝之はイラッとした。

「これなんだよ」と言い、健一は満面の笑みで戻ってきた。健一の手には茶色の枝が握られていた。

「枝なんだ。蕾でもいいけど、枝の芯が一番良い色が出るって」

 へえ、と一同が感心する。だが、孝之だけは不満だった。

「それは分かった。けどそれと桜咲くの件と何の関係があるんだよ」

「実はね、桜の枝は開花前のものしかピンク色が出ないんだ。これ、どういう意味か分かる?」

 しばらく考えて、孝之ははっと気づいた。健一は話を続けた。

「つまり、桜は冬の間、花の色を溜め込むんだ。そして開花でそれをいっぺんに吐き出す。桜はそうして全力で咲いているんだ。冬の寒さに耐えながら。ああ、なんて強いんだろう」

 皆は頭の中でそれを想像した。風雪に耐えるごつごつとした枝の中には、花のピンク色が満ち満ちている。その姿は、懸命に勉学に励み、受験を乗り越えていこうとする学生の姿にそっくりだった。

 ジョージは「スバラシイ!」と叫んだ。


 孝之は部室に勢い良く入ってくると、机に雑誌を叩き付けた。

「健一、こっちに来い」

 健一が不思議そうにやってくると、孝之が雑誌を指差して言った。

「前の説明で感心した俺は馬鹿だった! 見てみろ!」

 雑誌には大きく「梅染め」と書いてある。

「桜染めがあったとして、それが桜咲くの証拠にはならんだろう! 梅染めもあるじゃねえか!」

「えへ、ばれた?」

「えへじゃねえよ。騙しやがって!」

「じゃあ、せっかくだし調べる?」と由良が言った。

「よし、俺がやる。桜咲くの本当の理由を突き止めてやる!」

 部室にいたジョージは、孝之の罵声を気にすること無く「サクラサク!」と何度も口ずさんでいた。


こんにちは。時雨沢 翔です。


これは今年の二月に書いたものです。文字数2000字縛りで書きました。

文字数の制限で少し読みにくいかもです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ