残念、もう取り返しはつきません。
「そもそも、女の仕事なんて遊びなんだからもっとやるべきことを考えてくれないと困る」
「……」
「……」
「……」
久方ぶりに参加した、社交の場にて、婚約者のジェレミーはとんでもない発言を繰り出した。
場は静まり返り、ぎこちない笑みになったその場にいる貴族たちの視線はクローディアへと注がれていた。
「こうして着飾ってそばにいれば、いい女なんだからそれを自覚するべきだ。どうせ妊娠してやめる仕事なんて無駄でしかないのに、入れ込んで」
「……」
「……で、でも、そのおかげで助かっている人もいるはずですわ」
フォローするためにその場にいた女性が口を開いて、恐る恐る言う。
しかしジェレミーはそれを鼻で笑って、それから隣にいるクローディアの二の腕をつかんでぐいっと引っ張った。
「っ」
「こんな女の細腕でできることで助かる人間なんてよっぽど困窮している連中だろう。私たちのような領地を任される貴族にとっては何の足しにもならない」
「あ、あはは、そうでしょうか」
「そ、そうかもしれませんが……」
この場で一番高位の爵位である伯爵の地位を継ぐジェレミーの言葉を誰も否定することができずに、曖昧な返事が返された。
それにさらに気を大きくしてジェレミーは言った。
「女ってのはこうして男に付き従って、仕えていてこそ価値を発揮するんだ。つれている女で男の価値が決まると言っていい。だからこそ私はクローディアを選んだ!」
「……」
「……」
「それなのに蓋を開けてみれば仕事仕事で、自分の本分を忘れて自分の楽しいことしかしない! 今度こうして社交の場をともにすることがあればガツンと言ってやろうと思ってたんだ」
しかしジェレミーは、直接クローディアに文句を言うのではなく、彼は大衆に語りかけるという体をとって、自分の正当性をクローディアに主張している。
そのやり方はあまりに、汚くて隣にて目が合わない彼を横目でじっと見つめていた。
「君らもそう思うだろ? まったく、いい加減、言うことを聞いて素直になってほしい、もういい年なのだから。まぁしかし、これでこの女も次から誘いを断らないだろ。私が、この場を使ってきちんとわからせてやった結果だな」
「……アハハ、そうですね」
「ええ、そうですね」
「爵位継承者というのは、そういう状況をうまく使う賢さも必要な素養だ。君たちも見習うといい」
そうしてジェレミーは、クローディアに一つの文句も言わせずに自分の思想を押しつけて、行動を制限させることに成功した――訳もなく、掴まれた腕を振り払ってクローディアは口を開いた。
「ジェレミー、あなた婚約者同士のことを公の場で話す前に、あなたこそやるべきことがあるでしょう?」
「……」
「わたくしに不満があるのならまずわたくしに話をして解決を考えるべきです。もちろん”わたくしの仕事は遊び”なんていう主張は当然受け入れられませんけれど、それでも――」
クローディアは、逃れようのない正論をジェレミーにぶつける。
たしかに彼のような考え方の人もいるかもしれない、しかしクローディアだって自分の仕事に誇りを持っている。
ないがしろにされてそれで泣き寝入りするなんてプライドが許さない。
しかし話の途中で、ジェレミーは立ち上がる。
「さらに言うと女の浅はかな意見なんていちいちとり合う必要もない。たかがしれてるからな。そんなことより、少し音楽に身を委ねたい気分だな、誰か相手をしてくれないか?」
言いながらジェレミーは去って行く。そばにいた貴族たちはクローディアを伺いつつ、もしくは小さく謝罪を口にしつつ彼を追いかけていった。
ぽつんと残されたクローディアは対話の機会すらないことを理解して、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。
それから、勢いよく立ち上がり、パーティーの行われているホールを後にした。
騎士団本部にて早朝。
多くの騎士がやってきてはせわしなく自らの業務を確認したり、簡単な事務仕事をかたづけている中、魔獣討伐の依頼が張り出されている掲示板のある待機室へとやってきた。
基本的に魔獣の討伐部隊に所属している騎士団員はここから仕事を請けて魔獣を倒し国の平穏を守っている。
その待機室のソファーに座ってあくびをしているウィリアムを見つけてクローディアは鋭く呼びかけた。
「おはようございます! ウィリアム」
「っわ、お、おはよう!」
彼はリラックスしている時に突然、声をかけられたことに驚いて飛び上がり、クローディアを見て反射的に挨拶を返す。
「驚いたよ。……今日はずいぶんと元気だね。なにか気合いが入るような依頼があったかな」
「いいえ、違いますわ」
「じゃあ……?」
「しばらく、依頼は受けられません。そのことをあなたに伝えに来ました」
座ることなく、短く用件だけ告げるクローディアは、今にも討伐部隊を指揮している部隊長のところへと向かいたかった。
しかし、きょとんとしていてそれから「え!」と大きな声を上げて目を丸くするこの先輩のことを放置する訳にはいかない。
「うそうそ、なんで? どうかした? 私が頼りにならないから嫌になった!?」
「え?」
「だって、それぐらいしか思いつかないよ。うわぁ、どうしよう。私と組んでくれる人なんてめったに見つからないのに、困ったよ。君に愛想尽かされちゃ部隊長にもどやされるかも」
一人で悪い想像をして、あわわと慌てているウィリアムをクローディアは眉間にしわを寄せながら否定した。
「違いますわ」
「! ……じゃあ、急にどうしたの? 実際問題、君の婚約者の土地もそろそろ――」
「それよりも、優先するべきことができたのです。……今後仕事を続けるためにも対処しておくべき事情があるんです」
「……それは、君の人生において大切なこと……みたいな話?」
みなまで言わないまま、真剣にはなすクローディアに、ウィリアムはクローディアと目線を合わせるために立ち上がって、少し心配そうにそばに寄った。
そして問いかける。その言葉に深く頷いた。
「ええ」
「そうなんだ。……なら、私はこれ以上君を引き留めたりしないよ。いいバディでありたいしね」
「ウィリアム、あなたが話のわかる人でとても嬉しいです」
「そうでもないよ。君に見放されたくないから物わかりがいいフリをしてるだけさ。きちんと戻ってきてね。待っているから」
「ありがとうございます」
そうしてクローディアは、一番に承諾をもらわなくてはいけない相手を納得させられたことにひとまず安堵した。
ここで一人で突っ走って、自分勝手なことをするようではジェレミーと同じである。
だからこそ、きちんと手順を踏んで、クローディアは動く必要があった。
「それにしても話を通すなら部隊長のところに行くんだよね?」
「ええ、そうですわ。伝えておくべきこともありますから」
「なら、私も同行するよ。事情も知りたいし、君の一大事なら普段の恩返しに助力させてよ」
ウィリアムはクローディアのそばについてどちらともなく部隊長のいる執務室へと歩き出す。
ウィリアムは隣で、むきっと拳を握って力こぶを作るポーズをするけれど、彼は騎士らしからぬ騎士で、すれ違う男性たちよりも幾分スリムで軽量型である。
それでも、クローディアよりは身長はあるし男性としても小さい方ではないが、しかし周りにいる人と比べると頼りなく映る。
けれど、話の内容を聞かなくとも協力してくれると言ってくれる人が一人いる。
それだけでもずいぶんと心強くて、「心強いですわ」と苦笑して返したのだった。
部隊長に話を通し、クローディアはジェレミーの望んだとおりに彼のそばにしとやかにたたずむ令嬢となった。
ジェレミーが参加するパーティーには必ず、出席し朗らかに微笑んだ。
彼は気をよくして、自分がどのようにじゃじゃ馬な女に言うことを聞かせたのかを社交の場で披露する。
しかし時が過ぎれば明らかにその勢いが衰えていく。
隣にいるクローディアを見てジェレミーはため息をつくことが多くなった。
そのあからさまな様子も気にせずにクローディアは執拗に彼のそばに居続けた。
むしろ、自分から次の予定はないのかと問いかけて、彼をせかした。
そうして社交の場に出ても無口に思い詰めた顔をしているだけのジェレミーのことなど一度も気遣うことはなかった。
ある日、クローディアは呼び出されてジェレミーの実家であるパティンソン伯爵邸にやってきていた。
具体的に言うとジェレミーの父であるパティンソン伯爵の名前で呼び出されたのだが向き合っているのはジェレミーだ。
応接室へと通され、彼はとても不愉快そうな顔をしてソファーに座って腕を組んでいた。
「仕事に専念することを許してやる」
ジェレミーは不服そうに言った。
彼の言葉は、クローディアが想定していたものとは違って、パチパチと瞬きをして「はい?」と聞き返した。
「だから、しばらくは社交界に出ないことを許してやるって言ってんだ。というか、こんなことを言わせる前に察して君が両立してくれれば私は君のことを見直したというのに」
「……」
「どこまでも自己中心的で、爵位継承者の嫁になるのに向いてない女だな」
フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向くジェレミーは、どうやら本気でこの態度が正しいと思っているらしく、クローディアは少し考えながら首をかしげて彼を見つめた。
目が合って忌々しげにこちらを見ている彼に、クローディアはなんだかとても哀れむような気持ちになった。
ジェレミーは心の底からこういうふうで、変わるとか思い知るとかそういう予兆も一切ない。
であればきっとこれからも苦労しかないのだろう。
そう思うと哀れだった。
目の前の小さな男が、どうしようもない人間がかわいそうなぐらいだ。
「ッハハハ……」
「?」
「……いえ、あのですね。きちんと説明してあげましょうか。ジェレミー」
「はぁ?」
それから、もうこの滑稽な彼を放置してこれ以上墓穴を掘って恥を重ねる前に、クローディアは話し出した。
今回の件、実のところ、彼が思うよりもずっと大きな問題になっている。
けれども彼は、今の状況を見てもそう思い至ることができなかったのだろう。
「そもそも、なぜあなたがわたくしに、仕事に戻っていいなどという羽目になったのか」
「……」
「それは、このパティンソン伯爵家の要する森から出る魔獣被害がもう無視できないレベルになったからではありませんか?」
ジェレミーの表情は明らかにこわばって、苦い顔をする。
なぜそんなことになるのか。答えは単純だ。クローディアは身内の領地を優先して依頼を受けて魔獣を駆除していたからだ。
「当たり前のことですわ。だって、わたくし、この領地に足繁く通って魔獣を狩っていたんですもの。わたくしがその役目をこなせなくなったら当然魔獣は増える」
「わかっていたんなら、そのときに言えばよかっただろ! 私のようにきちんと言えばよかった! それなのに黙っていた」
「……」
「性格が悪いとしか言い様がない! それでも私は怒らずにこうして仕事に戻っていいと譲歩してやってるんだから素直に応じればいいだろ」
クローディアが言った言葉にジェレミーはそれを予測していたとばかりにすぐに文句を言った。
「それなのに偉そうに、君だって悪いんだからな。こんなことじゃあ、婚約だって考え直したいぐらいだ」
「話は最後まで聞いてくださいませ、ジェレミー」
脅しのように婚約を引っ張り出してくる彼に、クローディアは冷たく返す。
ジェレミーはこれ以上の話があることは想定外だったようで、怪訝そうにクローディアを見る。
「それだけではないのですよ。前提として、わたくしが駆除していた魔獣は増えることになった。ただ、看過できないレベルに達してご両親からも誠心誠意謝れと言われるのは、さすがにそれでは説明がつかないと思いませんか?」
「っ……」
ジェレミーはなぜそのことを知っているのかと言うように驚いて体を揺らしクローディアの方を見た。
もちろんクローディアは彼が両親に言われたからこうしていることぐらい知っている。何ならそれ以上の今回のことのすべてを仕掛けた側である。
そして重要なのはパティンソン伯爵が謝れと言ったことではない、なぜ謝らなくてはならないまで追い詰められているか、だ。
パティンソン伯爵や伯爵夫人はちゃんとわかっていた。
「あなた方の依頼は、たしかに受領されていますが、受けられる状態にありません。それは部隊長の判断です」
「ど、どういうことだ?」
「当たり前のことでしょう? ……”わたくしたち”の仕事を遊びだなんて言う人が跡取りに据えられている領地になど貴重な人員を割けるわけがない」
ジェレミーはきょとんとして「は?」と声を漏らす。
討伐部隊の派遣はなにもサービスではない、さらにいうと騎士団を抱える国の義務でもなんでもない。
領地を守るための機能ではなく、王族を守るためのものだ。小さな芽の内にたたくために領地への派遣を行っているだけで、その依頼は次から次に舞い込んでくる。
どの領地も、コストをかけずにサクッと魔獣を排除してくれる騎士を望んでいる。そんな中で騎士の仕事は遊びだと主張する貴族がいる領地など依頼が掲示板に載らないのなんて当たり前のことである。
「私は! そんなことは言っていない! ただ、女の君のする仕事なんてたかがしれていると言っただけ――」
「それが、侮っていると行っているんです」
「は?? 違うだろ」
心底理解できずに、女の仕事は遊びと言ったことに対して彼は本当に間違ったことを言っているつもりがないらしい。
そのある意味無邪気でまったく考えを改めるつもりのない邪悪さにクローディアは眼光を鋭くした。
「ああ、言いたいことはわかりますわ。わたくしのしている仕事なんて騎士の中でもお遊びで、所詮は男に守られてお飾りの騎士を演じているだけなのだから、それを遊び、と言っただけで騎士の仕事を侮辱したわけではない。そう主張したいのでしょう」
「わ、わかってるんじゃないか」
「そしてあなたはそれを、騎士団の人間も当たり前の常識だと思っていて、女というものを侮っているはずだと」
そうだそうだ、とうなずく彼に、クローディアは平坦な口調で続けた。
「ならば、わたくしが”わたくしたちの仕事”をパティンソン伯爵家跡取りが遊びだと言っていたと報告したところで、多少魔獣が増えたところで、変わらずほかの領地同様に騎士がやってきて対処してくれるはずでは?」
「……」
「騎士団もわたくしの言葉など気にせず、自分たちの誇り高い仕事を遂行してくれるはずでは?」
「…………」
「なぜ、あなたたちは困っているんですの? 説明がつかないでしょう?」
「…………それは……」
「答えは簡単ですわ。わたくしのことを誰も侮っていないから。女だろうと男だろうと騎士は騎士。誇りを持って魔獣と戦っている。同じ同士だと思われているから」
「…………」
「だからわたくしの仕事が馬鹿にされれば、我がごとのように憤る。だからあなたたちは今、どうしようもない状況に追い込まれている」
言いながらだんだんとクローディアの声は低く鋭いものになって、怒気がにじみ、ジェレミーは無意識的に、体を後ろに倒して身を引いた。
「それはあなたが、わたくしを侮った報いです。仕事を優先することを許してやる? 話はそんな次元にありませんわ。あなたは今、岐路に立たされている」
ジェレミーはゴクリと生唾を飲み込んで、クローディアを見つめている。
「自分の間違いを認めて謝罪をするか、それともこのままなにも改めることなく生きていくのか。よく考えて答えを出してくださいませ」
「……」
「……」
問いかけるとジェレミーは口を引き結んだままクローディアを見つめていた。
それが拒絶の意味であることはわかっているが、口にしないということは考える必要があると彼が思っているからだ。
プライドをなんとか自分で制御して、間違いを正さなければと思っている。
やっとことの深刻さを理解したのだろう。
だからこそクローディアは待ってやった。彼がもしかしたら自分の間違いという見たくないものを呑み込めるかもしれなかったから。
だからこそこの沈黙は唯一の優しさでもあった。
しばらくして、結論が出る。
薄ら笑ったその表情に、クローディアは本当に哀れな人だと思った。
「もし謝罪したとしたって、その後、君のその横暴を両親に話して婚約者の地位から追い落とすがいいのかよ?」
「ハッ、最後のチャンスすら無駄にするなんてこれは傑作ね!」
「あ?」
「本当にあなたって、本当にどうしようもないのね」
クローディアは口元に手を当てて声を出して笑った。
「そのご両親に言われて、わたくしここにいるのよ。わからない? あなたのご両親は正しくことの重大さを理解していたわ。あなたの振る舞いを知って、騎士団からの印象を悪くしたことに気がついた」
「……」
「そしてわたくしに、許される方法を問うてきたわ。婚約破棄なんて大前提、もちろん和解金はそちらの支払いよ。その上で、あなたを跡取りから外すこと、そうすれば矛を収めるつもりでしたわ」
彼はこうして話し合いを始めて何度目かわからない、ぽかんとした顔をして、それから目を見開いたまま動かない。
「しかし、チャンスが欲しいと言われましたの。あなたを愛していたのね。わたくしとしても、あなたが考えを改めて謝罪をすればたしかに溜飲が下がるし、跡取りの地位を剥奪しなくとも十分だったもの」
「っ……」
「パティンソン伯爵の名前での呼び出し、それが合図でしたわ。最後のチャンスはわたくししっかり与えました」
クローディアはとても優しい声を出して、ジェレミーに語りかける。
「結果はおわかりね? もう後戻りはできませんわ。あなたは決定的な間違いを犯した。でもかわいそうとは思いません。どこまでも救いようのない人だもの当然でしょう?」
ジェレミーは小刻みに震えていた。
当たり前だろう。
余裕で勝利を収められると思っていた戦が、突然戦況が変わって首元に剣を突きつけられているのだから、恐ろしさと信じられない気持ちでいっぱいにもなる。
しかしそれを受け止めてやる義務など、クローディアにはない。
「残念でしたね。さようなら」
「っま、待って」
言いながらクローディアは立ち上がり、彼の伸ばす手をするりと交わして出入り口へと向かう。
しかし「待てよ!」と大きな声を上げてジェレミーはクローディアの背に向かってがむしゃらに手を伸ばし捕まえるために迫り来る。
その気配を背後に感じて、魔法具の指輪に魔力を込める。
即座に発動するのも適切な魔力を込めるのも日々の訓練のたまものだった。
振り返りその両手をつかんで、クローディアは乱暴に振りかぶってジェレミーを放り投げた。
「うおおおっ!!」
振り回されて驚き、吹っ飛んで応接室の壁に激突した彼は完全に目を回して意識を飛ばしている。
「こんな細腕ですが、身体強化は得意ですの。失礼」
聞こえていないとわかっていつつもそう言って、クローディアは応接室の外に出る。
廊下では、息子をもう跡取りとして遇せずに悲しみにくれているパティンソン伯爵と伯爵夫人がおり、それでもこんな息子を育てて申し訳ありませんと謝罪を繰り返したのだった。
婚約破棄は無事にされ、パティンソン伯爵家の跡取りであったジェレミーはその地位を追われて領地の辺境に用意された小屋のような家で、領地のために魔力を捻出するだけの存在となった。
貴族社会に戻ることも、誰かと夫婦となることももうかなわない。
静かに死んでいくだけの存在だ。
そして、待っていてくれたウィリアムに結末を話した。お礼もかねて実家に招待しお茶会を開いて彼に報告したのである。
やり過ぎだと言われることは覚悟していたが、「さっすが、クローディア!」と笑みを見せたのでクローディアは少しぽかんとしていた。
「君ってば、物理的以外にも、精神的にも強くてかっこいいから、私は自分をふがいなく思ってしまうくらいだよ」
「……実際のところウィリアム、あなたも弱くはないではありませんか。体格に恵まれず比較すると弱そうに見えると言うだけで……あと、臆病と言うだけで」
「あ、アハハ、それが一番の問題なんだよね。情けないことに」
加えて、彼がこんなに自信なさげな理由を口にすると、なぜか照れているみたいに笑って付け加えた。
「それに、やっぱり君がいない間に、タイミングが合った別の騎士と仕事をすることがあったけれど、やっぱりだめだったよ」
「騎士の中でも討伐部隊に入るような人間は、ぐいぐい行くタイプが多いですもの。ついて行けなくてもへこむことはないです」
「……でも向いてはいないから。実家の方針で男だからって騎士になるしかなかったけれどいつまでたっても性に合わない」
ウィリアムは紅茶を飲んで、少ししょんぼりとして語った。
彼の事情は理解しているし、騎士をしていても女性だからと侮られてないがしろにされることもあれば、男だからと選ぶ自由もなく強さを強いられることもある。
柔軟に好きなことをやって自分の望むとおりとは、多く場合行かない。
今回、クローディアはうまく仕返しをすることができたけれど、そういうことばかりではなく性差を感じるときもある。
しかし、クローディアは知っている。ウィリアムがそれで腐るだけの人でもないことを。
苦境に立たされていても、頑張る彼はクローディアは強いと思う。だから臆病な彼を励ますし、バディを組んでいるのである。
いつも通り、だからといって自分の人生を諦める訳ではないと話が進むと、思って小さく頷いた。
「そこで考えたんだけど、クローディアって私の人生にとってものすごく重要人物なんだよね」
「……そうかしら?」
「すごくね」
「はぁ」
しかし、ウィリアムの言葉はクローディアが想定していた方向とはまったく違う方向へと進んでいく。
クローディアは生返事をして彼を見つめた。
「となれば、君が騎士の仕事を続けられなくなるのって死活問題だし、うちの家系は武闘派だらけの実力主義だし」
「……」
「私は侯爵家の跡取りだから家格としても申し分ないし」
「……」
「私が君に求婚して、人生のサポートすれば全部うまくいくと思うんだけど」
どうやら、ウィリアムはクローディアが思っていたよりもしたたかで、やはり折れない人だったらしい。
「クローディアはどう思う?」
「わたくしは……」
「……」
「……」
もちろん嬉しい、しかし同時に少しだけ不安があった。
クローディアの強さは確かに認めてリスペクトしてほしい、しかし結婚はそれだけではない。
一応女性であるという部分も魅力として感じた上でなければうまく成立しない気がする。
「……」
けれども、それを言うのはなんだか女々しく感じられて、普段は言葉を飲み込むタイプではないのに、目線をそらしてウィリアムに問いかけた。
「たしかにあなたにとってわたくしを嫁にするのはちょうどいいかもしれませんわね。その場合、愛嬌があってかわいらしい女性を第二夫人にでもするのかしら」
そうして言ってから、こういうところがかわいげがないと、自分で思った。
仕方がないのだ、こういう弱さを見せるのは苦手なのである。
「え? あっ……私にみたいな君よりも弱い男に愛されるのは……ふ、不服かな……」
「っ」
するとクローディアの言葉にウィリアムはとても悲しそうな顔をしてそう返す。
それにすぐに「違いますわっ」とクローディアは前のめりになって返した。
「違うんです。……ごめんなさい。強がってしまっただけです。わたくしの強さをあなたが欲しているだけで、愛はないというスタンスかと勘違いして強がっただけです」
「あ、愛はあるよ。ごめん伝わってるものかと思ってた」
「いいえ……ウィリアム」
「うん」
「求婚の話嬉しいです」
そうしてクローディアはやっと素直にそう口にできた。
ウィリアムはクローディアのことを傷つけないし、彼の弱いところも強いところも知っている。
だからこそ、クローディアも信頼して彼の要求にありのままで応えることができるのだった。
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