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わたしが生贄になるまであと五日、結果論ですがいい感じです

作者: 満原こもじ

 ――――――――――一日目。


 末期です。

 神様が怒ってるのだそうです。

 だから雨が降らない、このままだとターツヴィル王国は旱魃で飢饉に見舞われるってまことしやかに言われていて。


 ……わたしの聞いたところによると、宮廷占術士はあと一〇日くらいで雨が降ることを掴んでいるの。

 でもその前に何もできない無能な王家を潰せって、民衆の蜂起が起きてしまうことまで予想できているのだそうで。

 だから時間を稼ぐために、王家主催で雨乞い祭りを開くのです。

 そして神様に対する生贄として人柱が必要。


 もちろん人柱は貴族でなくてはなりません。

 だって民衆は支配者階級に対して不満を持っているから。

 神様は男神と考えられているので、気に入られるように人柱は当然若い娘となるでしょう?

 ほら、候補者は大分絞られました。


「わたしが人柱を引き受けます」


 集められるだけ令嬢を集めて誰か犠牲になってなんて、偉い役人が言うのです。

 決まるわけがないでしょう?

 誰だって人柱になんてなりたくないし、くじで決めるにしても王都におらずこの場に来ていない令嬢だって多いのだから不公平ですもの。

 だからわたしが立候補したの。


 自殺願望なんてありませんよ。

 でもこのままウダウダやっている内に蜂起が起きてしまうもの。

 被害が想像できない規模になるより、わたし一人が犠牲になる方がうんとマシですから。

 かくしてターツヴィル王国第三王女であるわたしアンジェラは、五日後に死ぬことになりました。

 

 ――――――――――二日目。


「何故アンジェラなのだっ!」

「ああ、可哀そうなアンジェラ……」

「お父様お母様。もう決まったことなのですってば」


 国王夫妻が嘆いておりますけれども、ベストなのではないですか?

 わたしが人柱というのは。

 だって旱魃どうこうにかこつけて、王家の失政が糾弾されているのですもの。

 王家の誰かが犠牲になるべき。

 でないと収拾がつかないと思いますよ。


 お姉様達は既に結婚ないし婚約しています。

 また直系の王女が犠牲になった方が、民衆にも王家が本気であると思ってもらえるでしょうし。

 やっぱりどう考えたってわたしが人柱になるのが最善ですよ。

 ……怒ったり嘆いたりするばかりでなくて、わたしの犠牲で時間を稼いでいる間に何とか国を立て直してくださいな。


 ――――――――――三日目。


「ごめんなさいね、クリフ」

「いえ。断腸の思いではありますが……」


 クリフはわたしの忠実な護衛騎士なのです。

 仄かな恋心を抱いておりました。

 わたしもバカですね。

 王女と一騎士が結ばれるはずはないのに。


「アンジェラ様は御立派でございます」

「仕方ないだけよ。放っといたら内乱になってしまいますからね」

「しかし……」

「クリフ、わたしの最後の命令です。いいですか?」

「はっ!」


 ビシッと背筋を伸ばすクリフ。

 姿勢がよくて格好いいですね。

 ぽっ。


「わたしがいなくなったあと、王家に忠誠を尽くす必要はありません」

「えっ?」

「何のためにわたしが死ぬと思うのですか。トータルでの犠牲者を少なくするためですよ」

「トータルでの犠牲者……」

「国民全体で死者が少なくなるよう、行動しなさい。王家がダメだと思うなら見切って構いません」


 クリフが驚いていますけれど、これはわたしの本心なのです。

 為政者は国民に我が儘を押しつけてはいけない。

 最大多数の最大幸福を目指すべき。


「……それがアンジェラ様のお望みなのですね」

「そうよ」

「……わかりました。俺の剣はあなたのために」


 騎士の誓いと騎士の礼です。

 惚れ惚れするほど決まっているポーズですねえ。


「あ、アンジェラ様……」

「じっとしていて」

「は、はい」


 クリフを抱きしめます。


「うふふ、はしたないですね。でもわたしはクリフが好きなのです」

「はい」

「最後くらいこうしていても、バチは当たりませんよね」

「俺もずっとアンジェラ様にお仕えしたかった。残念です」


 クリフが泣いています。

 ああ、どちらにしても結ばれないわたし達。

 心に迫るものがありますねえ。


 ――――――――――四日目。


 今日は明後日の人柱の段取りのチェックです。

 宮廷魔道士長ベルテルとお話しています。


「アンジェラ様は十字架にかけられて燃やされます」

「もう、爺は淡々と言うのですから」


 ベルテルのことは爺と呼んで慕っております。

 以前から気が合うのですよね。

 魔道特に魔道具の発達が国の発展のために必要とは、わたしとベルテルの共通の見解です。


「は。しかしアンジェラ様が人柱になるとは……」

「自分で決めたことだからいいのよ。爺も理にかなっていると思うでしょ?」

「……思います。国の安定を重視するならば。しかし理性と感性は別でして」

「難しいことを言うのね」

「……王家に対して不敬だと思いますが、あえて申します。王族の中で最も君主に相応しいのはアンジェラ様だと、わしは思うております」

「あら、ありがとう」

「そのアンジェラ様が人柱とは……王家の命運は尽きたかと」


 爺の目から見ても、王家は持たないのね。

 ならば……。


「ねえ、爺」

「何でございましょうか?」

「もし世が乱れたら、なるべく人死にが出ないようにしてくれる?」

「は? それはどういった……」

「必ずしも王家への忠誠を考えなくてもいいと言っているの」

「何と……王女であるアンジェラ様から、そのような言葉を耳にしようとは」

「わたしは国の平穏のために人柱になるのですから」

「アンジェラ様の考える国の平穏がいかなるものか、ようわかりましたぞ」

「お願いするわね」


 これで民衆蜂起の際、ボイコットする部署が増えるのではないですかね。

 衝突が少なくなれば話し合いで解決できる場面が増え、死者も減るのではないでしょうか。


「アンジェラ様。これを火炙りの前に飲んでおいてくだされ。感覚が麻痺しますので、苦しまなくてすみますぞ」

「ありがとう、爺」


 ――――――――――五日目。


 一日前の今日は禊の日です。


「温かいお湯なのは嬉しいわ」

「姫様の身体はお美しいのですのにねえ」

「ほんにのう。神様がお喜びになりますえ」


 そうなのかしら?

 嫌われるよりいいかもしれませんね。

 今日は他に特別なこともなく。


「ごゆっくりお休みくださいませ」


 侍女の言葉に軽く頷きます。

 明日以降はずっとゆっくり休めるんだから、今日くらいははしゃぎたいとも思うのですけれどもね。

 そうもいきませんか。

 ふっとため息を吐きます。

 人生最後のため息、でしょうか。

 

 ――――――――――アンジェラが神の生贄になってから三ヶ月後。


「……はっ?」

「やあ、アンジェラ君。目を覚ましたかい?」

「ええと、失礼ですけれども、あなたはどなたでここはどこかしら?」


 奇麗ですけれども、どこか生活感のない部屋にわたしは寝ていました。

 確かわたしは人柱となって死んだのですよね?

 焼かれたのは覚えていますから確かです。

 爺の薬のおかげでちっとも熱くありませんでした。

 感謝ですね。


 わたしより少し年下に見える少年は言いました。


「ボクは神だ。ここはボクの居住地」

「ええっ?」

「まったく迷惑だ。ボクが怒って人柱を要求しているなどと。いい加減にしてもらいたいよ」

「ご、ごめんなさい」


 まさか神様とは。

 いえ、オーラが滲み出ているというか存在感が特別というか。

 ただの少年ではないと一目で理解できましたが。


「いや、アンジェラ君は悪くない。それどころかできるだけ丸く収めようと、自分の身を犠牲にしたんじゃないか」

「恐れ入ります」

「担当の世界を発展させるのが仕事である、ボクの思惑にも合うことなんだ。しかし下界の者はバカが多くてね」

「えっ?」

「火炙りになったのはアンジェラ王女でなくて影武者だ。卑怯な王家を滅ぼせというデマが蔓延し、即蜂起になった」

「何ですって!」


 考え得ることではありました。

 しかしそこまで王家の信用がないとは。

 わたしのやったことは何にもならなかったのですか。

 力が抜けますね。


「反乱で王宮は陥落。王族は全員処刑された」

「でしょうね」


 わたしの影武者などとウソを吐いてまで蜂起に拘ったのですから。

 相当王家は恨まれていた。

 というか蜂起は止められなかったのでしょうね。

 ……あれ?


「ちょっと待ってください。今はいつなんですか?」

「アンジェラ君が人柱になった日から三ヶ月経過しているよ」

「三ヶ月も?」

「ボクはこの世界担当の神なんだけど、しばらく出張していて目を離していた。その間に人民を守ろうとした、ボクから見れば功労者である君が焼かれてしまって。燃え残りから君を再生するのに時間がかかったんだ」


 さすがは神様です。

 燃え残りからわたしの身体を再生するなんて。


「……でも何のためにわたしを再生したのです?」


 もうわたしの出番なんかないような気がするのですが。


「ターツヴィル王国を治めてくれ。アンジェラ君が一番いい」

「えっ……蜂起の首領はどうしたのです? 最も支配者に近いのでは?」

「アンジェラ王女は自ら犠牲になったんだ、間違いなく本物だという証言があとからたくさん出てきてね。一人も逃げられなかったはずの王族からアンジェラ君が出てこなかったこともあって、蜂起を起こした連中、特に急進派はウソ吐きで信用できないと支持を失った」

「あらまあ」

「というかせっかく雨が降ってこれから農作業だって時に、感情に任せて挙兵だろう? 反乱軍の実働部隊は貧しい農民が多いんだ。急進派の首脳は食うことを考えてないじゃないか、王家よりバカだってことになった」


 なるほど、すると?


「今ターツヴィル王国はどうなっているのですか?」

「王都で最高の武力を握っているのは、蜂起した中でも比較的支持のある穏健派だよ。けれども騎士団や憲兵、宮廷魔道士なんかは当然従わなくて様子見してる。アンジェラ君の人死にを少なくしろっていう遺訓が効いてるんだ。あえて動かず存在感を誇示している」


 きっとクリフや爺が説得してくれたのですね。


「支持層のはずの平民から疑いの目で見られているというのが、反乱軍のツラいところでさ。動くに動けない」

「王都は膠着状態ですね? 地方はいかがですか?」

「王宮の陥落が早かったことが災いしている。真っ先に動くと王家を救わず何してる。さては蜂起の一味とグルだなと見られるだろう? 王家派から袋叩きに遭うかもしれないから、こちらも皆領に閉じこもってるんだ」


 何をやっているのです!

 一刻も早く農作業に取りかからないと、食料が足りなくなります。

 冬を越せませんよ!


「ターツヴィル王国全体で見れば食料はギリギリ足りるよ」

「よかったです」

「ああ。でもこのまま流通が滞ってちゃ餓死者が出るね」

「大変です!」

「そこでアンジェラ君の出番だ」

「でも……」


 わたしは戸籍上死人ですよ?

 何ができるのやら。


「今アンジェラ君は殉死した聖女扱いなんだ。非常に市民人気が高い」

「そうなのですね?」

「ああ。ボクが直接下界に干渉することは、神のルールでできない。しかし代わりにアンジェラ君に加護をつける」

「加護、ですか……」

「神の恩寵を得て生き返ったと人に信じさせることができるくらいには、カリスマ性がアップするはず。あと市井の知識についてインストールする」

「それは?」

「平民がどう考えてどう動くかということがわかっちゃうってことさ。これらがあればアンジェラ君は、新王として君臨できるんじゃないか?」


 カリスマ性が本当なら、王家と国に付属する機関や組織はわたしに従うはず。

 それをもってわたしが即位したことを諸侯に通達すれば、軍を率いて王都に駆けつけるでしょう。

 状況をコントロールし、反乱軍を焦らせておいて寛大に接すれば、わたしに屈するのでは。


「できます! やります!」

「よし、よく言った。頼むね」

 

 ――――――――――さらに三ヶ月後、壊れかけの王宮にて。


「あーん」

「あーん」


 ようやく一段落です。

 ターツヴィルの仕置きについても、目の前の勉強についても。

 クリフとイチャイチャする時間ができました。


 いや、この身体すごいんですけど。

 オーラが溢れていて、神様に愛されているということが一目でわかるのですって。

 わたしが戻ったらすぐに信用されてへへーって平伏されて。

 加護はとんでもないですね。

 と言いますか神様やり過ぎ。


 予定通り騎士団、憲兵、宮廷魔道士、官僚組織をまず掌握。

 教会や商工組合など市井の有力組織を味方につけていき、わたしがターツヴィルの新たなる王となることを宣言しました。

 市民から絶大な支持を受けると、この時点で反乱軍が降ってきたのです。

 反乱軍首脳をわたしのブレーンとして採用するとともに反乱軍を解体、急ぎ農作業に当たらせました。

 反乱軍の主力は王都近郊の農民ですから。


 蜂起した者達を罰することがなかったのは意外に思われたようですね。

 王族を滅したのは反乱軍ですので。

 でも反乱軍の中でも急進派は既に排除されてしまっていますから、これ以上責任を問うことはしなくていいと考えました。

 むしろ下手に動かず王都の治安を維持してくれたと考えれば、褒めてもいいくらい。


 タイミングよく降参してくれたこともポイント高いです。

 ムダな犠牲者が出ませんでしたからね。

 鷹揚に許したら、反乱軍解体で畑に戻った農民兵達がアンジェラ様は天使だと勝手に触れ回っているのです。

 支持率がグングン上がって実にやりやすかったです。


 地方の領主貴族達も次々に駆けつけ、新王陛下万歳と祝福してくださいました。

 わたしを一目見て崇めてくださる。

 神様の加護は本当にすごいです。

 三ヶ月経ってようやく状況は落ち着きました。


 クリフがしみじみ言います。


「しかしアンジェラ様が御無事で本当によかった」

「無事じゃないのよ。燃え残りから再生したって神様が言ってたもの」

「神様の庇護を受けられたということ自体が素晴らしいです。以前の王家は……言うも憚ることながら、尊敬されていませんでしたから」

「そうね」


 支持されることは統治に大事だなと思い知らされました。

 わたしなんか帝王学を学んだわけでもないのに、聖女の評判と神様の加護持ちであることで何とかうまくいきましたからね。

 動き始めれば組織は既存のものがあります。

 改革なんか今はいいので、とりあえず安定と平穏が必要なのです。


 王宮の修理を後回しにして統治組織の復旧と農作物生産に力を振り向けたため、体面を重んじる保守派からわたしは『壊れかけの零底王』と嘆かれるようになりました。

 零底王結構。

 わたしには神様の加護も人民の支持もあります。

 底から這い上がって繁栄を導いてみせますよ。


「隣にクリフがいてくれて嬉しいわ」

「光栄の極み」


 愛するクリフと婚約しました。

 とても嬉しいです。

 本来身分違いなのですけれど、わたしの最も信頼する者が将来の王配たるべきだという論が、当たり前のようにまかり通っているのです。

 返す返すも神様の加護すごい。

 何でもありになってしまいます。


「アンジェラ様」

「あ……」

「アンジェラ様が火炙りになった伝説の日の三日前、あの時のお返しでございます」


 クリフに抱きしめられました。

 そう、人柱直前にわたしがクリフを抱きしめた時がありましたね。

 あの時は今生の別れかと思ったものですが。

 幸せですねえ。


「さて、休憩は終わりよ」

「はい、アンジェラ様」


 わたしが王であるために、クリフが王配であるために、経験が足りないのは仕方ないのです。

 ただし知識や努力が足りないのは許されません。

 ターツヴィルの民を率いる立場でありますから、一生懸命学ぶのです。


 先生が言います。


「もっとハグしていてもよろしいのですぞ。わしも潤いますでの」

「まあ、先生ったら」

「俺達には足りないものが多いですから。アンジェラ様とともに頑張ります」

「ホッホッ、忙しない愛ですのう」


 忙しない愛、そうかもしれません。

 クリフと視線が合い、互いにニッコリしました。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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