第9話 堕ちた者たちの鎮魂歌
わたくし、セレスティアがリアム様の妃として隣国エルドリアへ向かった後。
アークライト王国に残された者たちを待っていたのは、当然のことながら、救いのない無慈悲な現実でした。
国を救う最後の希望であったわたくしに、目の前で拒絶されたヴァレンシュタイン公爵は、まるで魂が抜け落ちた抜け殻のようになって王都へ戻ったと聞きます。
彼が持ち帰った絶望的な報告は、すでに混乱の極みにあった王宮に、とどめの一撃を刺しました。
民衆の怒りは、もはや誰にも止められませんでした。
「偽りの聖女に国を惑わせた罪!」
「王太子としての責務を放棄し、国を危機に陥れた罪!」
「私利私欲のために真実を隠蔽し、国宝を追放した罪!」
エドワード王太子、偽聖女イザベラ、そしてヴァレンシュタイン公爵家に対する糾弾の声は、燎原の火のごとく国中に燃え広がります。
国王は、自らの保身と、暴動寸前の民を鎮めるため、苦渋の決断を下さざるを得ませんでした。
まず、イザベラ。
彼女は『聖女』を騙った国事犯として捕らえられ、その美しかった桜色の髪は無残に切り落とされ、北方の凍てつく修道院へと幽閉されることになりました。かつて彼女が奪い、弄んだ魔力はとうに枯渇し、今はただの小狡い平民の娘でしかありません。食事も満足に与えられず、凍える寒さの中で、失われた栄光を夢見ては涙する毎日を送っているそうですわ。彼女がこれから一生をかけて捧げる祈りが、神に届くことは、おそらく二度とないでしょう。
次に、エドワード元王太子。
彼は王位継承権を剥奪され、すべての地位と名誉を失いました。そして、スタンピードによって最も被害の大きかった国境地帯へ、一兵卒として送られることになったそうです。美しい顔には傷が刻まれ、貴族としての柔らかな手は、剣ダコと泥で無様に汚れきっているとか。
彼はそこで、来る日も来る日も魔物の討伐に明け暮れながら、自分が捨てたものの本当の価値を、骨身に染みて思い知らされるのです。空に輝く月を見るたびに、わたくしの銀色の髪を思い出し、後悔に身を苛まれる。その苦しみこそが、彼に与えられた永遠の罰なのでしょう。
そして、わたくしを虐げ続けた、父と妹。
ヴァレンシュタイン公爵家は、国を欺いた大罪人として、爵位も領地も財産も、そのすべてを没収されました。
父はすべての責任を負う形で自害した、と風の噂で聞きました。最後まで、わたくしへの謝罪の言葉はなかったそうです。
妹のクラウディアは、平民に身を落とし、路地裏の酒場で薄汚れた男たちの酌婦として働いていると聞きます。自慢だった美貌も、苦しい生活の中であっという間に色褪せ、今は誰も彼女が元公爵令嬢であったことなど信じないでしょう。彼女は毎夜、酔客に卑しい言葉を投げかけられながら、わたくしが手に入れた幸せを呪い、自分の惨めな境遇を嘆き続けているそうですわ。
彼らが迎えた末路を、可哀想だとは思いません。
それは、彼ら自身が蒔いた種。自らの愚かな選択が招いた、当然の報いですわ。
わたくしはただ、遠いエルドリアの地から、彼らの魂にかすかな安らぎがあらんことを、ほんの少しだけ祈るのでした。
一方、災厄の源を失ったアークライト王国は、どうにか滅亡だけは免れたものの、多くのものを失いました。
大地は痩せ、川は淀み、かつての繁栄は見る影もありません。国力は大きく衰え、今や隣国エルドリアの支援なくしては立ち行かない属国のような状態にまで成り下がってしまったのです。
皮肉なものですわね。
彼らが『無能』と蔑み、捨てたわたくしという存在が、いかにこの国の繁栄の礎であったか。
その真実を、彼らはこれから長い時間をかけて、その身をもって理解し続けることになるのでしょう。




