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第8話 隣国の若き王と、真実の光

アークライト王国が絶望の渦に飲み込まれている頃、わたくしはミストラルの村で、リアムさんと共に穏やかな時間を過ごしていました。


彼の口から、彼の正体と、わたくしの力の真実について告げられた衝撃は、まだ胸の中にありました。

彼が、隣国エルドリアの若き国王、リアム・エルド・エルドリアであること。

そして、わたくしが7歳の時に出会った、あの思い出の少年であったこと。


「ずっと、君を探していた」


そう言って、わたくしの手を取り、腕輪にそっと口づけた彼の紫の瞳は、あの日のまま、優しさに満ちていました。


「セレスティア。アークライト王国で起きている災厄は、君という国の調律者がいなくなったことによる、魔力の暴走だ。このままでは、国そのものが崩壊しかねない」


彼の言葉に、胸が痛みました。

たとえどれだけ酷い仕打ちを受けたとしても、生まれ育った国が滅びることを望んでいるわけではありません。


「君の【言霊】の力は、あまりにも強大で、そして繊細だ。君自身が幸せで、満たされた心でいる時、その力は周囲を浄化し、豊穣をもたらす。だが、君が悲しみ、虐げられれば、その力は無意識に内に籠り、結果として世界の均衡を崩してしまう」


「では、わたくしが国に戻れば…」


「駄目だ」


リアムさんは、きっぱりと首を横に振りました。


「君の価値を理解せず、ただ利用しようとするだけの場所に戻ってはいけない。君のその類まれなる力は、君を心から愛し、理解する者の側で、人々のために使われるべきだ。…セレスティア、どうか、俺の国へ来てはくれないだろうか」


彼はわたくしの前に跪くと、真っ直ぐにわたくしの目を見つめました。


「俺の妃として、エルドリアの王妃として、君を迎えたい。俺の全てを懸けて、君を生涯守り、幸せにすると誓う。そして、その力を、共に我々の民のために使ってほしい」


それは、世界で一番、甘く、真摯な求婚の言葉でした。

涙が、頬を伝います。

虐げられ、『無能』と罵られ続けたわたくしを、世界で一番価値のある存在だと言ってくれる人が、ここにいる。


わたくしが、こくりと頷こうとした、その時でした。

宿屋の外がにわかに騒がしくなり、息を切らしたエルザさんが部屋に飛び込んできたのです。


「セレスティア! 大変だよ! アークライト王国から、あんたを迎えに、偉そうなお貴族様が…!」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、そこに立っていたのは、見る影もなく憔悴しきった父――ヴァレンシュタイン公爵、その人でした。


彼は、わたくしの姿を認めると、まるで救いを求める罪人のように、みっともなく駆け寄ってきました。


「セレスティア! おお、セレスティア! 生きていてくれたか!」

「…お父様」


「頼む、帰ってきてくれ! 国が、我々が間違っていた! お前こそが、本物の奇跡だったのだ! どうか、その力で、国を救ってくれ! 戻ってきてくれさえすれば、お前を再び王太子妃に…!」


その必死の形相は、哀れですらありました。

けれど、わたくしの心は、氷のように冷え切っていました。

この人は、わたくしを心配しているのではない。わたくしの『力』だけを求めているのだ。


わたくしは静かに立ち上がると、リアムさんの隣に寄り添い、毅然として父に告げました。


「お断りいたします」


「なっ…!?」


「わたくしは、もう二度と、あなた方の元へは戻りません。わたくしのこの力も、この心も、すべてはわたくしを信じ、愛してくれる、この方のためにあります」


わたくしは、リアムさんの手を、ぎゅっと握りしめました。

彼は、優しく握り返してくれます。


ヴァレンシュタイン公爵は、わたくしと、その隣に立つリアムさんの纏う王者の風格を見て、ようやくすべてを悟ったのでしょう。顔が絶望に染まり、がくりと膝から崩れ落ちました。


自分たちが捨てた至宝が、今、ライバル国の王の手に渡り、その国の繁栄のために使われようとしている。

自分たちの愚かな行いが、自国を滅ぼし、敵国を利するという、これ以上ない皮肉な結末を招いたのです。


「そんな…そんなことが…」


父の絶望に満ちた呻き声を背に、わたくしはリアムさんと共に、部屋を後にしました。

外には、エルドリア国王の来訪を知った村人たちが、驚きと興奮の表情で集まっています。


リアムさんは、皆の前で高らかに宣言しました。


「皆に紹介しよう! このセレスティアこそが、我がエルドリア王国が新たにお迎えする、未来の王妃である!」


わあっと、歓声が上がります。

村人たちは、わたくしを祝福し、その門出を喜んでくれました。


遠くで、父の嗚咽が聞こえたような気がしましたが、わたくしはもう、二度と振り返りませんでした。

失ったものの大きさを知り、これから永遠に続く後悔と絶望の中で生きていくであろう彼らに、かける言葉など、何一つなかったのですから。

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