第3話 ナイトメア襲来
夜の街が、ゆっくりと色を失っていく。
街灯が消え、ビルの窓も黒く沈む。
それはまるで、世界が呼吸をやめたような静けさだった。
「……なんだ、これ。停電か?」
村井――いや、“今の彼女”が窓を覗くと、
黒い靄のような影が街を這っていた。
霧の中から、何かが這い出てくる。
『……ヒトの夢、甘い……。もっと、寄越せ……。』
――それは、ナイトメア。
かつて夢を持っていた人間の心の残滓が、
絶望と共に変異した存在。
「うわっ! なんだあれ、キモっ!?」
「説明してる暇ない! 逃げるよ、おっさん!」
「いやもう、逃げるってどうやって!? スカート短すぎて走れねぇ!」
「だからそれ、ボクのせいじゃないから!」
ピロポンは慌てて腕を広げ、
体の中から光の輪を放つ。
「魔力干渉フィールド展開! おっさん、今のうちに構えて!」
「構えるって、どうすりゃ……って、おおおっ!?」
手の中に現れたのは、ルージュの杖。
口紅の先端が宝石のように光り、
彼の――いや、彼女の心拍に合わせて脈打つ。
ピロポンが叫ぶ。
「唱えるんだ、“ルージュ・リボーン!”って!」
「いやいや恥ずかしっ……!」
「早くしろ! 死にたくなかったら!」
「ル、ルージュ・リボーン!!!」
光が爆ぜた。
ピンクの残光が空気を切り裂き、
彼女の姿が一瞬、純白の輝きに包まれる。
魔力の粒が周囲に舞い、
ナイトメアの黒い霧が弾き飛ばされた。
「……な、なんだこれ……身体が、勝手に動く……!」
「それが魔法だよ、おっさん!」
「名前呼ぶな!」
ピロポンは跳ねるように宙に浮き、両手を掲げる。
「敵の核を狙え! あの胸の光の中心だ!」
「了解っ!」
身体が軽い。
年齢も、重ねた疲れも、
全部どこかに置いてきたようだった。
彼女――村井は、杖を振り抜いた。
「ドリーム・クラッシュ!」
轟音。
夜の闇が一瞬にして晴れ、
ナイトメアが悲鳴を上げて霧散する。
残ったのは静寂と、ピロポンの呟き。
「……やっぱり、適性あるな。」
「適性?」
「おっさん、あんた……昔、本気で魔法少女になりたかったんだろ?」
沈黙。
ピロポンの目が、鋭くも優しく光っていた。
「……ま、まさかバレてたか。」
「そりゃバレるよ。
夢は、消えたふりしても、心の奥でずっと光ってるからね。」
「……お前、意外といいこと言うじゃねぇか。」
「フン。ボクを誰だと思ってんの。希望のマスコットだぞ?」
そう言って笑うピロポンの背中のジッパーが、
ほんの少しだけ――カチリと音を立てた。
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