テンションの問題
麗人は今日も購買へと足を運んだ。
昨日みたいに、遅刻しそうでコンビニに寄る暇がなかったわけではない。目的はここのカレーパンだ。
昨日、ここのカレーパンを食べて、思いのほか辛かった。
辛い物好きの心乃実が好きそうな辛さだったので、今日はここのカレーパンを差し入れしようというわけである。
というのは口実で、実は、いつも一人で食べてる心乃実の様子を伺うというのが本当の目的だ。
お昼を一緒に過ごしたいのだが、なんて誘えばいいのかわからない彼が精一杯生み出した口実。
カレーパンが売り切れないかソワソワしつつ列に並ぶ。
そんな彼の後ろに音もなく並んだ女子生徒。
彼女はおもむろにスカートのポケットからサイコロを取り出し、左手に持ったお椀の中に軽く投げる。
カランコロン。
それをもう一回。
カランコロン。
そしてさらにもう一回。
カランコロン。
(ん? この音……)
麗人はすぐ後ろから聞こえる音に物凄い聞き覚えがあった。
振り返ってみれば、案の定、そこに立っていたのは──サイコロを持ち歩く系女子こと、三三三希だった。
「昨日ぶりだね。今日もそれで何のパン食べるか決めてたの?」
「うん! 今日は奇数だった!」
「奇数だと何食べるの?」
彼女は、選択肢が二択の場合、奇数ならこれ、偶数ならこっち、と決めてサイコロを三回振る。
今日は出た目の合計が奇数だったみたいだ。
「奇数はカレーパンだよ」
「あのカレーパンけっこう辛いよ」
「私、辛いの好きだから。でも、それと同じくらい甘いのも好きだからクリームパンと迷ったんだよね」
「辛いの平気って凄いね。最近、ハバネロ激辛パフェっていうのを食べて舌がヒリヒリしてやれなかった」
「あ、それ私も食べたよ! 確かにあれは辛かったな〜。でも、意外と美味しくて、また食べに行こうかなって思ってる」
「まじか……俺は辛すぎて、というか痛すぎて味がわからなかったからな」
(ハバネロ激辛パフェって辛いもの好きからしたらハマる味なのか……? 心乃実も美味しいって言ってたし)
それから、順番が回ってきた。
その頃にはもうカレーパンは残り一個になっていた。
(え、残り一個……昨日は全然あったのに……俺の知らないところで激辛ブームでもきてる?)
麗人は残り一個のカレーパンを凝視する。
どうして彼は残り一個のカレーパンを見て、ラッキーまだ残ってると思わないのか。
それは、後ろに三希がいるからだ。
彼女は、サイコロを振って決めたことを必ず実行しないと、何かしら想像を絶するほどの不幸がやって来ると思っている。
だから、残り一個のカレーパンは諦めるしかなかった。
別に今日じゃなくてもいい。明日、明後日もカレーパンは置いてある。
麗人はカレーパンの隣のクリームパンを手に取り、キャッシュレスで会計を済ませる。
「じゃあまたね」
三希にそう言って教室へと戻っていく。
⭐︎
翌日、麗人はまた購買にやって来た。
いつものように列に並んでいると、突然、後ろから声をかけられる。
「れい」
そうやって麗人のことを『れい』と愛称で呼ぶのは一人しかいない。
麗人はすぐに心乃実だと気づき、振り返った。
心乃実は片手を軽く上げて「奇遇だな!」とニッコリ笑ってみせる。
その彼女の笑みを見るだけで、麗人はお腹いっぱいになった。
「奇遇だね! 今日はお弁当じゃないんだね」
「寝坊したからな。弁当作ってる暇がなかった」
「寝坊したの? 間に合った?」
「寝坊って言っても、いつも起きてる時間より少し遅めに起きただけだからな。学校には余裕で間に合う。ただ、弁当作ってる暇がなかっただけだ」
タイマーをセットしたつもりだったんだけどな、と言って不思議そうに首を傾げる心乃実。
「弁当、自分で作ってるんだね」
「作ってるぞ。料理は好きだからな! 前日に仕込んで作る時もあるぞ」
「へー、料理好きなんだ……」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
(心乃実の手作り弁当……めっちゃ食べたい……けど、そしたら俺の分まで作らないといけないからその分手間が増える。だから気軽に食べたいなんて言えないな)
そう思って麗人は、心の中で思うだけに留めた。
「そうそう、ここのカレーパン結構辛いよ。たぶん気にいると思う」
「れいは辛いの弱いからな」
「確かに辛さ耐性はないけど、かなり辛かったよ。スパイス系の辛さで、舌がヒリヒリした」
「興味深いな。そこまで言うならカレーパンにしてみるか」
顎に手を当て、カレーパンを凝視する心乃実に麗人は探りを入れる。
「もし良かったらさ、お昼一緒に食べない? あ、でも、誰かと食べる約束してるならそっちを優先してもらっていいからね」
「約束は誰ともしてない。そもそもする相手がいないからな。だから私は構わないが、そっちはどうなんだ?」
「俺も、お昼は誰とも」
友達がいないわけではないが、皆んな食堂なので、コンビニか購買で済ませる麗人とは一緒になることがない。
「お前、友達居ないのか?」
心乃実は心配そうに眉を顰めて麗人を見つめる。
「そんな悲しそうな顔しないで! 友達はいるからね! そ、そう言う心乃実は、友達、いるの……?」
「友達? そんなもの必要ない」
そう言った後、少し考えてから心乃実は言う。
「苦手なんだ。他人に話しかけるのが」
「で、でも、俺に男子トイレで待つって手紙くれたよね? それに、男子トイレで告白させるために呼んだって。それって、他人に話しかけるよりもずっと凄いことじゃない?」
凄いと言うより、奇想天外だが。
「あれは、普通じゃない、奇抜なことだろ? 俺はそういうことをするとテンションが上がるんだ。でも、友達を作るために話しかけるって普通だろ? 普通なことをするのはテンションが下がる」
「て、テンションの問題なんだね……」
「れいもそうだろ? 気分が乗らないものはしたくないだろ? 例えば体育とか」
「体育はむしろ俺はテンション上がるけど、でも、保健体育とかだとちょっとテンション下がるね」
(心乃実の考えを全て理解することはできないけど、気分が乗らないことはする気になれないのは俺も同じだ。心乃実にとってそれが、普通のことをする、という行為に表れるだけで、俺の場合、宿題を出されてやる気になれないのと一緒。でも……)
一つだけ確かめておきたいことがあった。
「心乃実はさ、友達作りたいって思ってる?」
麗人のその問いに、心乃実は少し考える素振りを見せた後、答える。
「今は別に作りたいとは思ってないな。友達って色々と面倒だし。どこからどこまでを友達とするのか曖昧だ。それに、俺にはお前がいるしな!」
「それってまさか友達として、じゃないよね?」
「何言ってるんだ? 俺とお前は恋人同士だろ?」
「そ、そうだよね、良かった良かった」
(まだ付き合ってそんなに日が経ってないし、恋人らしいことはあのハバネロ激辛パフェを食べに行ったくらい。だから、恋人というか、友達として認識されてるかと……でも、ハッキリ恋人同士って言ってくれた。それだけで今は十分だ)
それから二人は購買でパンを買った後、中庭へと向かった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
拙い文章ではありますが、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。




