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入学式の再会

始めて書いた小説です。

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 桜の花びらが、春風に揺られて大学のキャンパスを舞っていた。

 4月、新たな門出を祝う入学式の日。講堂は新入生たちの期待と緊張に満ち、華やかな笑い声とざわめきが響き合っていた。


 梨花はそんな喧騒の中、講堂の片隅に立ち尽くしていた。彼女の手には、ゼミの名簿が握られていたが、その視線は一つの名前に釘付けになっていた。


「え、うそ…涼太?」


 声が漏れた瞬間、梨花の心臓の鼓動が早まる。


 名簿に並ぶ「佐藤涼太」の文字。


 見間違いじゃない。確かに彼の名前だ。

 彼女の元カレ。つい数週間前、3月14日のあの日に別れたばかりの、かつては心の全てだった人。


 梨花の視線が、講堂の反対側へと自然に動いた。そこには、紛れもなく涼太がいた。少し伸びた黒髪、細身のシルエット、どこか落ち着いた雰囲気の彼。

 高校生の頃と変わらない、でもどこか遠い存在に感じられるその姿。


 涼太は梨花に気づくと、一瞬目が合った。でも、彼はすぐに視線を逸らし、軽く会釈しただけだった。その冷たい態度に、梨花の胸がチクリと痛んだ。


「なんで、こんなタイミングで…。」


 梨花は唇を噛み、名簿を握り潰しそうになる。同じ大学ならまだしも、同じゼミだなんて。運命のいたずらとしか思えない。

 彼女の心は、喜びと苛立ち、懐かしさと苦しみが混ざり合った複雑な感情で渦巻いていた。


 梨花と涼太の物語は、遡ること中学3年の3月13日から始まった。

 あの日、教室の窓から見える桜の木がまだつぼみの頃、梨花は勇気を振り絞って涼太に告白した。

 放課後の教室、夕陽がカーテンをオレンジに染める中、梨花は震える声で言った。


「涼太、ずっと好きだった。私のこと、彼女にしてくれますか?」


 その言葉は、梨花にとって人生最大の賭けだった。胸の鼓動が耳元で響き、時間が止まったように感じられた。

 涼太は一瞬驚いた表情を浮かべ、頬を軽く赤らめながら、照れくさそうに笑った。


「俺も、梨花のこと好きだよ。…こちらこそ彼氏としてよろしくね。」


 その瞬間、梨花の心は花開いた。涼太の言葉は、彼女の長年の想いを肯定してくれる魔法のようだった。

 梨花にとって涼太は、ただの初恋ではなかった。彼は、梨花の人生で最も暗い時期を照らしてくれた光だった。


 小学生の頃、梨花は最愛の母親を病気で亡くした。突然の喪失は、幼い梨花の心に大きな穴を開けた。

 父親は仕事に追われ、親戚は遠く、梨花は孤独の中で泣き暮らす日々が続いた。そんな時、隣の席にいたのが涼太だった。


 当時の涼太は、クラスの人気者というわけではなかった。少し無口で、でも誰かが困っていると放っておけない性格。


 梨花が給食を残して俯いていると、涼太はさりげなく自分のデザートを分けてくれた。梨花が教室の隅で泣いていると、涼太は黙ってハンカチを差し出した。


 ある日、梨花が母親のことをぽつりと話すと、涼太は真剣な目でこう言った。


「梨花、つらいときは俺に言えよ。一人で抱え込むな。俺、いつもそばにいるから。」


 その言葉は、梨花の凍てついた心を溶かした。涼太の優しさは、梨花にとって救いだった。彼の笑顔、彼の不器用な励ましが、梨花に生きる力をくれた。

 それからというもの、梨花の心には涼太への想いが芽生え、ゆっくりと、でも確実に育っていった。


 中学に上がっても二人は同じクラスで、梨花は涼太のそばにいるだけで安心できた。彼の何気ない一言や、ふとした笑顔が、梨花の日常を彩った。


 そして中学3年の卒業間近、3月13日。梨花は自分の気持ちを抑えきれなくなった。涼太を失うかもしれない恐怖と、彼への愛を伝えたいという衝動が、彼女を突き動かした。


 告白したあの瞬間、涼太の「俺も、梨花のこと好きだよ。」という言葉は、梨花の全てだった。涼太は梨花にとって、ただの恋人ではなかった。彼女を孤独から救い、笑顔を取り戻させてくれたヒーローだった。


 毎年3月13日は、二人の記念日として特別な日になった。桜の下で手を繋ぎ、ケーキを分け合い、夜には星空を見上げながら未来を語り合った。そんな幸せな時間が、永遠に続くと思っていた。


 なのに、今年の3月13日、その約束は脆くも崩れた。あの日、涼太は梨花を待つ公園に現れなかった。そして翌日3月14日、涼太の口から出たのは信じられない言葉だった。


「別れたほうがいいのかも、僕たち。」


 あの日の涼太の冷たい目は、梨花の心に突き刺さった。怒りと悲しみで、梨花は涼太の頬を叩いて走り去った。


 あれから数週間、梨花は涼太のことを考えるたびに胸が締め付けられた。

 彼はなぜあんなことを言ったのか。

 なぜ、あんな目で梨花を見たのか。答えのない問いに、梨花の心は苛まれ続けた。


 入学式の講堂で、梨花は再び涼太を見つめた。彼は友人たちと話しながら、時折笑顔を見せている。

 でも、その笑顔はどこか空虚で、梨花が知っているあの温かい光はなかった。梨花は名簿を握りしめ、深呼吸した。


「涼太、私…まだ、君のこと諦められないよ。」


 心の中で呟いたその言葉は、桜の花びらと一緒に風に舞った。梨花は知らなかった。


 この再会が、涼太の心に隠された深い傷と、二人を再び繋ぐ新しい物語の始まりになることを。

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