お前出世したなぁ
夕暮れ時の駅前、少し肌寒い風が吹いていた。人通りの少ない路地を歩いていた隆は、ふと懐かしい顔に気づいた。
「……健一?」
男が振り返る。「ああ、隆か。久しぶりだな」
「まさか、こんなとこで会うとはな。元気にしてたか?」
「まあな。お前、出世したなあ。噂は聞いてるよ、課長になったって?」
「なんとかやってるよ。お前こそ、何してんだ? どこに勤めてんの?」
健一は少し笑って言った。「俺? ……もう死んだよ」
隆は一瞬、冗談かと思って笑いかけた。しかしその顔に、何かがおかしいと気づく。よく見ると、健一の頬に小さな蛆が蠢いていた。
「おい、顔……どうしたんだよ、それ」
「気づいちまったか。まあ、時間の問題だったけどな」
「まさか、本当に……?」
「三年前さ。冬の夜、凍った川に落ちてな。見つけてもらえたのは春だった」
隆は言葉を失った。目の前にいるのは、確かに健一だ。だが、その姿は少しずつ薄くなっている。
「でも、こうして会えてよかったよ。お前に会いに来たんだ。なんか、ちゃんと挨拶しないといけない気がしてな」
「俺に?」
「生きてる頃、俺、結構ひねくれてただろ? お前にはいろいろ迷惑かけた。謝りたかったんだ」
「……健一」
「じゃあな、隆。出世、おめでとう。お前は変わらず真っ直ぐで、安心したよ」
次の瞬間、健一の姿は風に溶けるように消えていた。隆は立ち尽くし、風の音だけが静かに耳に残っていた。