忍び寄る闇と謎の来訪者
第十六章:遠くからの視線
町での癒しの日々は続いた。人々が笑顔になるたびに私の心は満たされ、力も徐々に増していくようだった。
しかし、最近は妙な視線を感じることが増えた。
最初は気のせいかと思ったけれど、癒しの力を使うたびに、どこかから冷たい視線が私を捉えているような気がする。あの時の黒いフードの人物かもしれない……そう考えると、不安で胸が締めつけられた。
ある日の夕暮れ、私は町の広場で人々の治療を終え、宿に戻ろうとしていた。空は燃えるような赤に染まり、風がひんやりと肌を撫でる。
その時だった。
「待って、りめる様!」
振り返ると、町の長の孫娘、リリアが息を切らせて走ってきた。彼女はもうすっかり元気で、愛らしい笑顔が私を癒してくれる。
「どうしたの、リリアちゃん?」
「りめる様にお客さんだって。おじいちゃんが呼んでるの」
「お客さん……?」
心当たりはないけれど、私はリリアの小さな手を取り、町の長の屋敷へと向かった。
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第十七章:謎の訪問者
屋敷の扉を開けると、中には町の長が険しい表情で立っていた。そして彼の前には、見知らぬ二人の男性が静かに佇んでいた。
一人は長身で、顔を覆うようなフードを目深に被っている。もう一人は若く、透き通るような青い瞳でこちらをまっすぐ見つめていた。
「りめる、急にすまないな。この者たちが、どうしてもお前に会いたいと」
町の長の声には、不安が滲んでいる。
「初めまして、癒しの妖精様」
若い男が静かに口を開いた。その声は柔らかくも、どこか冷たさが混じっていた。
「……あなたたちは?」
「我々は、隣国アストリアから参りました。あなたの噂を聞きつけましてね」
男は微笑みを浮かべながらも、その目は鋭く私を捉えて離さない。
「アストリア……?」
私が戸惑いを隠せずにいると、町の長が静かに言葉を継いだ。
「アストリアは、この国とは関係が良くない。何を企んでいる?」
若い男は肩をすくめると、穏やかに笑ってみせた。
「企むだなんて……ただ、この方の癒しの力を見てみたいと思っただけですよ」
フードの男は沈黙したままだが、その気配は冷たく、ただならぬ雰囲気を漂わせている。
若い男は私に近づき、囁くように告げた。
「りめる様、あなたの力はこの町だけに留まるようなものではないでしょう? 我々はあなたを迎え入れたい」
「迎え入れる……?」
男は静かに頷いた。
「癒しの力を持つあなたは、この世界の新たな希望だ。私たちと共に来れば、もっと多くの命を救える」
——でも、この人たちの言葉には何か隠されている気がする。
町の長は険しい顔で私を見ている。まるで、「彼らを信用するな」と無言で告げるように。
私はゆっくりと首を横に振った。
「ごめんなさい。私は、この町でまだやることがあります」
若い男の目がわずかに細められたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
「そうですか……それならば、仕方ありませんね」
彼は穏やかな笑みを保ちながら、一歩下がった。
「ですが、気が変わったらいつでも声をかけてください。私たちはいつでもあなたを歓迎します」
そう言い残すと、二人の男は静かに部屋を出ていった。
彼らが去った後、町の長が低く呟いた。
「注意しろ、りめる。お前の力を狙う者は今後も現れるだろう」
「……はい」
私は唇を噛んだ。
私の力は、多くの人を救える。でも同時に、望まない争いを生むことにもなるのかもしれない。
モコが私の足元で小さく鳴いた。その温もりに少しだけ勇気をもらいながら、私は静かに誓った。
——どんな誘惑や困難が待っていても、私はこの癒しの力を正しく使うために進み続ける。
しかし、この出会いは私に新たな不安をもたらした。
この世界で生きていくということは、私が思っていたよりもずっと複雑で難しいことなのかもしれない——。