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偽りの術師、再び

陽が傾きかけた頃、峡谷の見張り塔から警鐘が鳴った。

岩肌に反響する金属音が、里の空気を瞬時に張りつめさせる。


「来訪者? いや、騒ぎ方が違う」


長老カムナは苛立つように杖を鳴らした。

私とエリオが駆け寄ると、番人が蒼ざめた顔で報告する。


「東の山道から、一団が進軍中! 先頭に“癒し”を名乗った術師と、護衛の傭兵がいます!」


エリオの表情が強張った。


「……偽りの“癒し人”」


かつてラティナの声を奪い、里の信を潰した張本人――

その噂だけが残っていた術師が、再びこの地に現れようとしている。



第七十八章:再会の嘲笑


夕闇に染まりかけた門前。

埃を巻き上げて進む一団の前に出たのは、黒衣を纏った壮年の男だった。

金の刺繍が施された外套、杖の頭には赤い宝石――場違いなほど派手な装い。


「おやおや、石眼の里は相変わらず荒んでいる。苦悩と恐怖が満ちているな――治療のしがいがある」


唇の端に浮かぶのは、癒しとはほど遠い嗜虐の笑み。


長老が一歩踏み出す。


「貴様を招いた覚えはない。立ち去れ」


「それは残念」

男は肩をすくめ、大げさに嘆いてみせた。


「私は“癒し”を施してやると言っているだけだ。声を失った歌い手も――まだ健在のようだな?」


ラティナの家の方向を指し示すその仕草に、人々がざわめく。

私は一歩進み出て、男の行く手を塞いだ。


「ラティナはもうあなたを必要としていない。それに――あなたの術は癒しではなく、魂を裂くだけの毒」


男は私を見下ろし、興味深げに眉を上げた。


「ほう。小さな妖精が大きな口を利く。ならば、私の“慈悲”をお前にも授けてやろうか?」


杖の宝石が妖しく輝き、赤黒い霧が滲む。

私は即座に癒しの光で対抗するが、魔力の質が違う。

闇は痛覚を奪う代わりに組織を腐蝕させる――中身を空にする毒だ。


エリオが前へ躍り出て光壁を展開。

「りめる、後ろへ!」


だが闇の霧は壁を溶かし、エリオの肩に黒い痕を残す。

抑え込んでいた過去の痛みが、彼の瞳に浮かんだ。


「懐かしい傷だろう?」

男は嗤う。

「君は私の“施術”を受けた元患者と聞く。再調整が必要だな」



第七十九章:声なき歌、響く


その瞬間――

鋭い風が渦を切り裂き、赤黒い霧を吹き払った。


崖の家から飛び出してきた小柄な影。

ラティナだ。


震える膝で立ち、両手で喉を押さえながら、開かない声を――必死に、空へ放つ。


「ッ…………ッ!」


かすかな空気の震え。

けれど峡谷の岩壁が応えるように共鳴し、低いハミングが里中に流れた。


私は胸を衝かれる。

声にならない歌――それでも確かに“歌”だった。


エリオが痛みをこらえて光を増幅し、ラティナの無音の波を包む。

私も癒しの旋律を重ねる。


三つの光が絡み合い、澄んだ共鳴が赤黒い霧を切り裂いた。

術師の外套がはためき、杖の宝石が軋む。


「バカな……!」


闇は後退し、ラティナの足元に淡い蒼光が咲く。

その中心で、ちぎれた羽飾りが舞い上がり、彼女の髪に留まった――まるで失われた歌声の羽根が帰って来たように。


術師の顔から余裕が失われる。


「まだ終わらん……! 痛みこそが癒しなのだ!」


彼が再び杖を振り上げたその時、里の岩壁が轟音を放って揺れた。

突風とともに、石眼の戦士たちと魔物たちが肩を並べて門を突破する。


「ここは――もうお前の実験場じゃない!」


ユランが槍を構え、サラが弓を番える。

モコたち魔物も唸り声をあげて術師を囲む。


私はラティナの手を握り、静かに頷いた。


「あなたの歌は、もう奪わせない。みんなで守るから」


ラティナは涙をこぼしながらも、喉に両手を当て、もう一度――無音の歌を放った。


岩壁が澄んだ光を反射し、峡谷に大合唱のような共鳴を呼び起こす。

それは、癒しの讃歌。


闇の霧は砕け、術師の杖がぱきりと折れた。


「なぜだぁぁ――!」


彼の叫びは、風と共鳴音に掻き消されていった。


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