旅立ちの風、新たな祈り
第六十六章:次なる呼び声
穏やかな朝だった。
村の広場では、魔物と人間が並んで畑を耕し、子どもたちの笑い声が空に響いていた。かつては敵同士だった者たちが、今では同じ道具を持ち、同じ食卓を囲んでいる。
「……信じられないくらい、変わったね」
私は、癒し処の窓辺からその光景を見下ろしながら呟いた。
エリオが頷く。
「癒しは、確かに届いた。簡単な道のりじゃなかったけど、諦めずに歩いてきたからこそ……だよな」
「うん。みんなが、変わろうとしてくれたから」
少しして、モコが机の上に飛び乗り、ふわっと丸まった。その背に、どこか旅の気配を感じる風が吹いた気がした。
——その時だった。
「りめる様、手紙が届いております」
村の青年が封筒を手に走ってきた。受け取ったそれには、見覚えのある印が押されていた。
「これは……南の峡谷地帯の紋章?」
封を切ると、簡素ながら丁寧な筆致で、こう綴られていた。
“我々の地にも、癒しの力が必要だと考えるようになりました。
しかし、我が里は長きにわたり、魔物との対話を拒み続けてきました。
癒しの妖精、りめる殿。どうか、お力を貸してはいただけないでしょうか”
私は手紙を見つめたまま、静かに頷いた。
「……次の場所が、呼んでる」
エリオは、当然のように笑った。
「行こう。俺たちの癒しは、まだここで終わりじゃない」
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第六十七章:見送りの朝
出発の日、村の入口には多くの人が集まっていた。
「本当に、行ってしまうのですか?」
サラが、少し寂しそうに問いかけてくる。
「うん。でも、私はまた来るよ。約束する」
リュカはモコに抱きついてから、私に向かって笑った。
「りめるお姉ちゃん、次に会うときは、僕がもっと立派になってるから!」
「ふふ、楽しみにしてるね」
ユランもまた、無言で立っていたが、最後に一歩前に出て、小さな袋を私に手渡した。
「……あんたの旅路が、穏やかであることを祈ってる。中には、村の薬草を少し入れておいた。役に立てばいいがな」
「……ありがとう。大切に使うね」
エリオと私は、ゆっくりと村をあとにした。
後ろを振り返ると、人と魔物が肩を並べて手を振っていた。
その姿は、私の中に確かな光を灯してくれた。
「きっと、大丈夫だね。この村は、もう癒しを知ったから」
「うん。だからこそ、次の場所にもそれを届けに行こう」
私はモコを抱き上げ、エリオと並んで歩き出す。
空は青く、風は優しく、どこか祝福のように頬を撫でていた。
癒しの力は、まだまだ世界に必要とされている。
私たちの旅は続く。
祈りと希望を抱えて、次なる地へ。
——そしてそこでもまた、“癒し”という名の光が、静かに誰かの心に届きますように。