表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/39

揺れる心、重なる願い

第五十六章:小さな癒しのはじまり


翌朝、私は村の片隅――使われなくなった倉庫の前に立っていた。埃まみれだったその空間に、村の古い椅子とテーブルを運び入れ、小さな看板を掲げる。


「りめるの癒し処」


——誰も来なくてもいい。

まずはここに、癒しの場所があることを伝えることから始めよう。


エリオは隣で掃除を終え、布巾で汗をぬぐいながら笑った。


「こういうの、少し懐かしい感じがするね。昔、自分で小さな診療所を夢見てたことがあった」


私は手を止めて彼を見つめた。


「エリオ……」


「その頃は、自分がこんな風に人と肩を並べて何かを作ってるなんて、想像もできなかったよ。でも今は、少し誇らしい」


私は笑みを返した。


「それは、あなたが誰よりも“痛み”を知ってるからだよ。だからこそ、誰かを癒す力になれるんだと思う」


そんな私たちのもとに、最初にやってきたのは、昨日の少年・リュカだった。


「……あの、来てもいい?」


「もちろん!」


私はすぐに席を整え、リュカを迎え入れる。


「今日はね、魔物の話じゃなくてもいいんだよ。好きなことを話して、ゆっくりしていってね」


リュカは少し照れくさそうに笑いながら、「うん」と頷いた。


こうして、“誰かの心が少しだけやわらぐ場所”が、村に生まれた。



第五十七章:拒絶と希望の間で


しかしその動きに、当然ながら反発の声も上がった。


「癒し処だと?そんなもの、何の意味がある!」


「癒す前に、あの時の傷をどうするんだ!」


町の広場では、何人かの村人が私たちの行動を厳しく非難していた。とくに強く声を上げていたのは、あの老人――ユランだった。


「私の娘と孫は、あの夜、魔物に焼かれて死んだ。なぜ私が、今さら癒されなければならんのだ?」


彼の言葉は、あまりにも重かった。


私には、その痛みに言い返す言葉がなかった。


「……あなたの悲しみは、私には到底量れません。でも、もし癒しが罪を許すことだと思っているなら、それは違います」


私はゆっくりと彼に向き直った。


「癒しとは、痛みを忘れることじゃなくて、痛みを抱えたままでも、もう一歩前に進むためのものなんです」


「偽善だ!」


彼の声が怒気を帯びたその時、ふいにリュカの声が響いた。


「でも、僕は癒されたよ」


広場に沈黙が訪れる。


「僕、ずっと誰にも言えなかったんだ。魔物が友達だったこと。でも、りめるさんに話して、初めて“信じてくれてうれしい”って思った」


リュカの瞳は真っ直ぐだった。


「僕は、その魔物のことをずっと忘れたくなかったんだ。だから、今は癒されてると思う。たとえ誰にも認められなくても、もう寂しくないから」


誰も、すぐには言葉を返さなかった。


でも、その“沈黙”は、怒りによるものではなく、心の奥に何かが届いた証だった。



第五十八章:癒しの灯が灯る時


その日の夜、私は癒し処の明かりをつけたまま、静かにキャンドルの灯を見つめていた。


エリオが、静かに言った。


「……今日のリュカの言葉、きっと誰かの心に残ったね」


私は頷いた。


「癒すことは、難しいね。でも、誰かの言葉が、誰かの心に届く。そういう“連鎖”が、世界を変えるんだと思う」


「僕も、変わったよ。りめるのおかげでね」


「それは、エリオ自身が変わろうとしてくれたからだよ」


私たちは静かに笑い合った。


窓の外では、星が瞬いていた。

その星のひとつが、ひときわ輝いて見えた。


——もしかしたら、あれはミレアが見ている星かもしれない。


「明日もまた、誰かの心に光が届きますように」


私はそう願いながら、キャンドルの灯を見守り続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ