分断の村、閉ざされた心
第五十三章:東の村へ
東の村へ向かう朝、私は町の人々に見送られて旅立った。
エリオとモコも一緒だ。新たな地で、また誰かの心を癒すために。
「東の村は、かつて魔物の集落と隣接していたが、その関係は最悪に近い状態だと聞いています」
エリオがそう言いながら、少し険しい表情を見せた。
「近いからこそ摩擦も多いのかもね……でも、きっとわかり合えるよ」
私はそう言って微笑んだが、胸の奥では静かな不安が揺れていた。
数日かけてたどり着いた東の村は、堅牢な柵と重々しい門で囲まれていた。かつて見たことのないほど、警戒心がむき出しになっている。
門の前に立つと、番人たちが槍を構えた。
「お前たちは何者だ?」
「癒しの妖精・りめると申します。村の者から招かれてまいりました」
私が丁寧に頭を下げると、背後から先日出会った旅の者たちが駆け寄ってきた。
「大丈夫です!この方こそ、私たちが言っていた癒しの力を持つ方です!」
ようやく門が開かれ、私たちは村の中へと通された。
だが、村の中に漂う空気は重かった。
人々の目は冷たく、よそ者に向けられる警戒心は言葉よりも鋭く突き刺さってくる。
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第五十四章:沈黙の村
「昔は……この村にも、魔物たちと手を取り合おうとした人々がいたんです」
案内してくれた旅の女性――サラは、そう言って沈んだ目をした。
「でも、十年前、魔物の一団が暴走して村の外れを焼いたことがあって……その時、信じていた人たちの多くが命を落としたんです」
「それで……?」
「“共存”という言葉自体が、禁句のようになってしまったんです。村人たちは癒しや希望よりも、生き残るための手段として、憎しみを選んだ」
私はその話を聞きながら、胸の奥が痛んだ。
誰もが最初から憎しみを抱いていたわけじゃない。何かを失い、信じることに裏切られて、それでも心が壊れないようにするために、強くならなきゃいけなかったんだ。
サラの案内で、私は村の広場に立たせてもらい、挨拶をすることになった。
「初めまして。私はりめると申します。遠くの町で、人と魔物が共に生きる道を築こうとしています。どうか、皆さんのお話を聞かせてください」
しかし、人々は一斉に背を向けた。無言。沈黙。目をそらすか、険しい目で睨むだけ。
一人の老人が、憤るように声をあげた。
「魔物と手を取り合う?ふざけるな。あいつらは、人を焼いた。子を、孫を殺した。今さら何を信じろというんだ!」
その声が引き金になったように、周囲からも同様の怒声が飛ぶ。
「帰れ!幻想を振りかざすな!」
「癒しだと?過去を帳消しにできるとでも!?」
私は、黙ってそれを受け止めた。逃げ出したくなる気持ちを押し殺して、ひとつひとつの言葉を心に刻む。
エリオが隣で拳を握っていたが、私に目配せされると、彼も静かに頷いた。
この怒りも、悲しみも、誰かを愛した証なんだ。
ならば私は、その心を無視したくない。
「皆さんの言葉、すべて受け止めます。私の癒しは、忘れさせる力じゃありません。痛みごと、寄り添っていく力です」
しかし、広場には再び沈黙が落ちた。
希望を伝えるには、まだ早すぎる。
それでも私は諦めない。
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第五十五章:種を蒔く場所
その日の夕方、私は村の片隅にある古びた診療所を訪れた。
そこには、動かなくなった足を持つ少年が一人、窓の外を見つめていた。
「こんにちは。お名前、聞いてもいい?」
「……リュカ」
「リュカくん、ここで何してるの?」
「……見てる。外の森を。……魔物、こないかなって思って」
私は少し驚いて、彼の隣に座った。
「どうして魔物を?」
「昔ね、僕を森で助けてくれた魔物がいたんだ。僕が崖から落ちそうになったとき、体を投げ出して、僕を支えてくれた。でも、村の人が来て……そいつ、やられちゃった」
リュカの目は揺れていた。悔しさも、悲しさも、ちゃんとそこにあった。
「僕は、あの魔物と友達になりたかったんだよ。だから……“全部が敵”じゃないって、僕、信じてる」
私はそっと、リュカの手を握った。
「ありがとう、リュカくん。君の想いが、私にとってはとても大きな光だよ」
この村には、まだ希望の芽がある。
私はそれを、どうしても咲かせたい。
そしてその夜、私はエリオに言った。
「この村で、もう一度“癒し”を始めよう」
「……ああ。りめる、君とならできる。たとえ明日も拒絶されても、僕たちはこの地に種をまくんだ」
静かに、風が窓を揺らしていた。
希望は、まだ小さいけれど、確かにここにある。