癒しの力を信じる者たち
第三十五章:迫る嵐の予感
森から町へ戻る道すがら、私は何度もあの声のことを考えていた。
——癒しなど、偽りに過ぎぬ。
——世界は痛みによってのみ変わる。
あの声はただの脅しではなかった。確かに、魔物の奥深くにまで染み込んだ闇を感じた。あれは、心を壊す“声”だった。
でも、私は負けるわけにはいかない。
「モコ……私は間違ってないよね?」
肩の上でモコがふわりと鳴き、私の頬に顔を寄せる。
——うん、ありがとう。
背中を押してくれる存在がいること、それだけで私は前を向ける気がした。
町の門が見えてきた頃、門番たちが駆け寄ってきた。
「りめる様! 無事で……本当に良かった!」
「魔物たちは……?」
「争いにはならなかったよ。むしろ、あの時よりずっと深刻な“敵”がいることがわかったの」
私はそう告げると、表情を引き締めた。
「町の長に会わせて。話し合わなきゃいけないことがあるの」
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第三十六章:希望の灯火
町の長に報告を終えたあと、私は彼と一緒に町の青年たちに向き合った。広場には、あの日私を助けてくれた青年や、武器を手にした若者たちが集まっていた。
彼らは不安そうに、けれど真剣な目で私を見つめている。
「みんな、ありがとう。今日、私は森で“この世界を壊そうとしている本当の敵”と出会いました」
私はできるだけ静かに、けれどはっきりと声に出した。
「彼は争いを望んでいます。人と魔物が互いに殺し合い、癒しや信頼なんて無意味だと証明しようとしてる」
町の人々が息を呑む。
「でも私は、信じたいんです。人も魔物も、誰かを想う気持ちはきっと変わらないって。癒しの力が、痛みよりも強いって証明したいんです」
私は拳をぎゅっと握りしめて、言葉を続けた。
「それには、私ひとりじゃ足りない。みんなの力が必要なんです」
沈黙が数秒続いた。
——その時、青年が一歩前へ出た。
「……俺は、りめる様と一緒に戦いたい」
その声が、空気を切り開いた。
「俺もです!」「おれも!」
次々に手が上がり、広場が一斉に熱を帯びる。
「誰かを癒すって、簡単なことじゃない。だけど……誰かを信じることから始まるんですよね」
私は思わず、涙が込み上げそうになるのをこらえながら、彼らに微笑んだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
町の長が一歩前に出て、力強く言った。
「この町は、お前の癒しを守る。争いに流されるのではなく、自ら未来を選ぶ町になる」
その言葉に、広場は大きな拍手に包まれた。
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第三十七章:癒しの光、再び
それからの数日は、町中が忙しなく動き始めた。
魔物との接触に備えて見張りを強化しつつも、町人たちは新たな訓練を始めていた。武器を振るう者もいれば、傷ついた仲間の手当ての仕方を学ぶ者もいる。
私は、傷の癒しだけでなく、心のケアにも力を注いだ。
「大丈夫。怖い気持ちは、ちゃんと話してもいいんだよ」
「泣いてもいいよ。涙が出るってことは、心がちゃんと感じているってことだから」
配信では、よくこういう言葉を投げかけていた。でも、こうして面と向かって伝えると、ひとつひとつが本当に重く、温かい。
——癒しって、きっと“寄り添うこと”なんだ。
ある日、小さな子どもが私の手をぎゅっと握りながら言った。
「りめるおねえちゃん、ありがとう。ぼく、お母さんのこと思い出せた」
「……うん、よかったね」
笑顔を見せたその子を抱きしめながら、私はまた一つ、この世界に居場所をもらった気がした。
でも、私はまだ“本当の敵”と向き合っていない。
近づいている気配は確かにある。嵐のように、大きな何かが。
そのときが来たら、私は逃げない。町のみんなと、モコと、信じてくれる仲間たちと一緒に立ち向かう。
——癒しの力が、世界を変えるその日まで。