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私は嘘つきである

私は嘘つきである


 真っ黒な空から透明な雨粒がしとしとと降り続ける。

 屋根のある場所までなんとかこれたは良いものの、段ボールはぐしょぐしょに濡れてしまった。晴れたらまた段ボール探しをせねばならない。

 私は深いため息をついた。物を探すのは面倒だが、それよりも何よりもうろつくという事は、それだけ危険に出会う事が多いということ。私としてはなるべく穏便に物事を済ませたいし、虐殺されるのは勘弁して欲しい。我慢出来ることと嫌なことはまた違うものなのよ。

「よぉ」

 段ボール捜索時の危険性について思案をしていると、意識の外から声をかけられる。想像もしていなかった事に思わず身体を強ばらせる。

 「ぷっ……くっくっ……」

 左手で顔を覆い笑いをこらえる。その姿に羞恥心を覚えた。

 「な、なによ。しばらく顔を見ないと思ったら急に来て……もうすっかり飽きたものかと思ってたわ」

 「ふ……ふっ……。だ、だってお前、しっぽも耳も……ピーンと立てて……ぷっ」

 「う、うるさいわね。急に話しかけられたら驚くのが当たり前じゃない」

 ははは、と左手を顔から離し、子供のようなあどけなさを残した表情で笑う。それがなんだか可愛くて皮肉らしい皮肉も言えなかった。というよりなんだか拗ねてるみたいになってしまった。失敗したわ……。

 彼はビニール傘を折りたたみ屋根の下に入ると深く息を吐いた。そして少し落ち着きを取り戻すと、いつものニヤケ顔に戻る。

 私は彼が時折見せる素の表情に焦がれている部分もあるのだろう。いつも私に見せるような種族特有の表情になられると、なんだか物悲しくなってしまう。きっと表通りの世界ではもっと子供みたいに純粋に生きているのだろう。

 「貴方も物好きよねぇ、こんなしぃ族に会いに来るなんて」

「……まぁな」

 「……」

 眉を下げて何処か悲しそうにニヤける。何か気に触ることを言ってしまったのかもしれない。それと同時に私の言葉で機嫌が変わることが嬉しかった。

 そもそも私はコミュニケーションが苦手なタイプなのだ。子供の時からトゲのあるような、または悪意を込めたような物言いになってしまう。はるか昔に殺された母にも怒られたことがあったな。もう顔も声も思い出せないけれど。

 「機嫌を損ねてしまったかしら」

 そう言うと分厚い耳がこちらを向く。それに少しばかり遅れて彼がこちらに顔を向けた。

 「いや。別にそんな事はないさ。ただ思うところが少しばかりあってな」

 「……そう。悩みが無さそうな顔してるわりにはいろいろ考えることもあるのね」

 「ふっ。人生のスケールは思ったよりでかいからな」

 頬を緩ませ息をこぼすように小さく笑った。良かった。言葉に出さずに心の中で彼に応える。こんなこと告げたらきっともう二度と来てくれないだろうから。

 やはり彼は私と違い、綺麗な景色も汚い景色も見ている世界にいるんだ。だからこそ、私が思うよりも彼の人生は幸せと不幸の両方を同じくらい味わうんだろう。それが羨ましくもある。

 「まぁ……ないものねだりよねぇ」

 「ん?」

 聞こえ無かったのか、聞こえないふりをしたのか、彼は私から目をそらす。この言葉は口に出してはいけなかった。そう自省する。ないものねだりって言葉だけで不幸を肯定されるのは誰だっていい気持ちにはならない。

 あぁ、もう。余計なことしか言わないこの口どうにかならないのかしら。

 「なぁ、箱入り。今日は特にそうだが、お前って自分に正直な奴だよな」

 「私何かしたかしら?」

 「いやさ、さっきまで暗い顔してうんうん悩んだ挙句、今度は難しい顔してるもんだからさ」

 「なっ、」

 頬が熱くなるのが分かる。耳の先から顎まで。私の一挙一動を見られていたのだ。ニタニタと意地の悪い笑顔から逃げるように俯く。こんな顔見せられない。

 「自分に正直なのは大切な事だと思うけれど?」

 数秒の沈黙。あぁ、また地雷を踏んでしまったのかしら。

 「俺は嘘つきの偽善者だからな」

 上目遣いに彼の表情を確認する。それはどこか寂しそうな笑顔だった。傷ついた訳ではなさそうだ。ただ少しだけ、彼の本質に触れてしまったのだろう。そんな顔をさせたくて問いかけた言葉では無かったのに。

 「でもまぁ、お前が思うよりも正直に生きてるからな」

 「えっ?」

 「お前が思うより俺は素直な奴なんだよ」

 いつものニヤケ顔。いや、違う。それは何かに焦がれるような、嬉しそうな笑顔だった。これも彼の本当の表情?それともこれは演技?虚勢を張ってる?

 「俺は話したい奴と話すし、居たい所に居るんだ。そんなの当たり前だろ?」

 それは自惚れていいのだろうか。

 彼は両手を腰にあてて意地悪そうに笑う。ケラケラと声を出して私を嘯く。勘違いしてしまったら困るのはお互いじゃない。その言葉を飲み込んでいつものように軽口を叩いた。

 「貴方って本当に嘘つきで正直なのね」

 「おいおい、それじゃあ言葉として正しくねぇぞ」

 「お生憎様あなた方と違ってまともな教育なんぞうけてないのよね」

 彼はしまった、というような顔を見せる。今日の彼はいつもよりも表情が読みやすい。そういう気分なのだろうか。

 なんだかそれが嬉しくて仕方がなくて、もっと困らせてしまいたくなる。

 「正しい言葉を教えてくれますかね?」

 「は、はは。今日は悔しいがお前の方が一枚上手だな」

 左手で頬をかく。私の言葉一つでこんなにも困ってしまうなんて。今日は雨も降っているし、段ボールも濡れるしで最悪だったけれど、それは違ったみたい。彼が来た瞬間からずっと幸せになってしまってる。

 「それはな、自己言及のパラドックスって言うんだ」

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