貴方だったならば
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「相変わらず暇してるんだな。何か趣味でも見つけねぇと長生き出来ねぇぞ」
背後から唐突に声をかけられる。黄色の彼の匂いが数メートル前から感じ取れていたため焦ることは無かった。しかし、気配を消して来られるのは予想外。
私は大して驚かなかった事を伝えるために努めて平常に言葉を返す。
「あら、余計なお世話よ。私は長生きするつもり無いし、そもそも出来ると思ってないもの」
彼は定位置の隣に立つ。そして私の言葉に苦笑いをうかべた。もしかしたら素の笑顔かもしれない。そう思うほど優しい目をしていた。
「その種族だからか?」
ご名答。しかしそれを素直にそうと答えるのは癪に障るものがある。
しぃ族として産まれ育ってなんど自身を呪ったか分からない。しかし私は良しぃとして産まれてこられただけまだ幸せなのかもしれない。
この世界では良しぃとアフォしぃの二種類に分けられる。基本的にはしぃ族自体全て野生猫同然の生活を強いられることが多い。良しぃは素行が全良で性格も普通の人間と変わらない。運が良ければ誰かの家に飼われることだってある。そして最も重要なのは虐殺の被害者にはほぼならないということ。
反対にアフォしぃは素行が悪く知能指数が恐ろしい程に低い。ある意味徹底した自己中心的思考の塊とも言える。その姿に嫌悪感を抱く人間が多い。結果的にアフォしぃは虐殺され、政府にも見放され生き物扱いされないというのが事実。
姿かたちはしぃ族も他の種族も変わらないのだけれどね。劣等種である私たちしぃ族を排他したくなる気持ちも分かる気もするわ。
「残念。元々長生きするのは性にあわないだけよ」
「そりゃあ残念だな」
特にガッカリしたような素振りを見せずに、いつもの淡々とした口調で肩だけをすくめさせた。
長生きをするメリットが何一つとして無い。あぁ、でも。この時間が無くなるのはもったいないかも。
黄色の彼が私のことをすっかり忘れて、ここに来なくなったらその時は死んでもいいかなぁ。自殺なんて大それたことは出来ないから同じモララー族に殺してもらおうかしら。うん。それ良いかも。
口を両手で抑えて少しばかり微笑んだ。そんな私を横目で見て、彼は鼻で笑う。何を考えてるかなんか聞かないのね。聞いてくれないのね。でも聞かなくていいわよ。私の存在が貴方の重石になってしまうならいつ死んでも構わないもの。アクセサリーと一緒なの。飽きたり忘れられたらそこで私の人生はお終い。
「もしも」
そこまで言って言葉を止める。中途半端に投げかけたもしの言葉。彼はこちらを見つめた。お互いの目が合うのがどうしてか恥ずかしような気まずいような感じがしてしまい、私は目を逸らす。それでも視界の端に彼を入れる。
聞いてもどうにもならない事を聞こうとしている。それが無意識下に出た言葉だとしても。
「もしも? 」
黄色の彼が私の言葉をオウム返しする。要するに早く続きを、という意味だろう。
居心地悪さを感じ左右に目を泳がせる。しかし、上を見上げれば立ったままの彼が首を傾げて私を見下ろしていた。
「も、もしも、私が明日死んだなら、貴方はどうするのかしら? 」
こんなこと聞くだけ無駄だ。何にもならない。むしろめんどくさい部類に入ってしまう。そんな事は言う前からちゃんとわかっていたじゃないの。どうして声なんて出してしまったんだろう。どうして一人で死ぬ覚悟が揺らいでしまったんだろう。
彼は顎に手を当てて考える素振りをする。数秒の後彼はしゃがみこみ、座っている私と目を合わせた。
「箱入りが死んじまったら? 」
「ちょ、ちょっと。待って、箱入りって誰よ? 」
彼の口からするりと出た単語。箱入り。もしかして私のあだ名的なものなのだろうか。
「いっつも箱に入ってるだろ? だから箱入り」
「あぁ……そうなの……」
ネーミングセンスがきっと壊滅的なのだろう。ダサいというかもう少し良いあだ名は無かったのだろうか。
などと心の中で悪態をついていたが、気持ちの方面はそれはもう踊り出してしまいそうだ。名前を付けてくれた彼はやっぱり優しくて、私なんかにも幸せになれるかもしれないって期待を持たされてしまう。
「そんなわけで、俺は箱入りが死んでもここに来るぞ」
「えっ? 」
予想外の解答に思わず声が漏れる。
ケラケラと子供のように無邪気に笑うが、彼は腹の底が読めない表情のまま子供を象っていた。外の世界ではこんなにも自身の感情を隠さなければならないのだろうか。
「俺さ、この路地裏結構好きなんだ。まぁいつもの暇つぶし程度に花ぐらいは置いてってやるよ」
「……」
嬉しい。そんな言葉が口から飛び出しそうになる。しかし間違っても言ってはいけない。どんなに気を許しても、喜んではいけない。好き好んで来てるのは路地裏だけ。でも私のために来てくれてるのかも。
そんな淡い期待を抱くのと同時に、否定の感情が溢れだしてくる。気まぐれやの彼だもの。嘘つきの種族だもの。もしかしたらどこかに仲間がいて私を八つ裂きにするのを待っているのかも。
「花の一輪ぐらいでも送られたらさすがに喜ぶだろ」
「いらないお世話よ」
「そう思ってくれてるなら結構。大歓迎だね」
彼は種族特有の胡散臭い笑みを浮かべた。他の子達ならば恐怖や嫌悪を抱くのだろう。しかし私は彼のそんな偽悪的な笑顔に好意すら感じている。私はきっと彼のことを。
「幾分か暖かくなった気がしてたけど、夕方はさすがに冷え込んでくるな」
「そうね。でもこの寒さならまだ問題ないわ」
突然ダンボールの中に何かを投げ込まれる。少し驚いて体がビクリと跳ねた。
「何ビビってんだよ」
いたずらっ子の様な笑顔を向ける。
私の足元には白くシワのないカイロが一つ。手に取ってみるとちょうど良く暖まっていた。
「使おうと思ったけどもう帰るだけだし要らねえ」
なんて言いながらも寒さのせいか頬が少し赤くなっている。そんなことされたら期待しちゃうじゃない。希望があるかと思うじゃない。
「私によこされてもねぇ……」
「まぁ捨てるなんなりしてくれよな。俺はゴミを家に持って帰るの嫌だしな」
左手をひらひらと揺らし、さもめんどくさいと言うような態度をとる。嫌味ったらしいニヤケ顔の奥底に優しさが垣間見える。
こっちをチラリとも見ない彼の横顔から視線を外す。
「私は優しいからゴミでも拾ってあげましょうかね」
「おー、おー、好きに持ってけ。俺には至極どうでもいい事だしな」
にやけてしまう口元をカイロで隠す。両手から染み渡る暖かさは、私たちしぃ族が貰っていいものでは無いことなど百も承知していたのに。私たちは蔑ろにされて、世間から放棄されるので良いのに。
また私が思案をすると彼は何も言わないまま、遠くを眺め始める。こんな汚い路地裏で、建物だらけのちょっとかび臭い場所に好んで来る人なんて彼くらいだわ。あとはそうね、私たちのようなしぃ族を殺すためだけに来る人ね。
「おーい」
「ひゃあ!」
突如眼前に彼の顔が現れる。フサフサの柔らかそうな毛並みに丸く黒い瞳。口をへの字に曲げて私の顔を覗き込んでいた。
「俺もう行くからな」
「あ、あぁ、そうなの」
有り得ることなど無い可能性を一縷でも感じてしまった。そんな事期待するだけ無駄。それにその可能性はあってはいけない。何がどう転んでもそれだけは叶ってはいけない事なのだ。
「また気が向いたら来てやるよ。暇人」
小さく笑いながら私に背を向けて歩き出した。
彼はこんな所に一人で来て変な輩に絡まれることは無いのだろうか。もしかしたら私が知らないだけで、彼も皆と同じなのかもしれない。それならば話をするのも、いつか私を残忍に殺すための準備なのかもしれない。
でもまぁ。
「貴方にだったら、私は残忍に、残酷に、残虐に殺されても……それはそれでとても幸せなんでしょうね」